第5話 のっぴきならない傘

「あーあ、毎日雨模様だぁ」


 クラスの窓際の席に座る鳩子は、窓の向こうに広がってる青空、、を見ながら気だるげに、そうボヤいたのだった。


「なーにが雨模様よ。晴れてんじゃない!言いたいだけでしょ」

「あう。わかった?――おはよう。広見ひろみちゃん」

「おはよう」


 鳩子の前の席が鳩子の友達、広見ちゃんの席だ。広見ちゃんは教科書やノートを丁寧に机の上に置いてくと、鳩子の方を振り返って話をふったのだった。


「まだ引きずってるの?吹雪くんと別のクラスになって、もう半年は経つわよ?」

「ん?それって、はーちゃんの誕生日までとどっちが長いの?」

「あーもう!何のための学校なんだか!鳩子の頭、誰かちょちょいっと改造してよ」


 広見ちゃん、ことたに広見ひろみは、誰にでも世話を焼いていく、とても頭のいい子だった。

 最初は人見知りであまり新しいクラスに馴染めてなかった鳩子に、初めて声をかけたのも、思えばこの広見ちゃんだった。誰にでも物をハッキリと言えてしまう、そんな人柄がすでに定着しており、周囲からの評判もよかった。


「広見ちゃんはよく平気だね。吹雪くんのこと、好きなんでしょう?」

「そうだけど、ほら、近くの商店街でよくお話もするから、私は大丈夫なの」

「羨ましい~、いいなぁ」


 ◇


 ザ――ッ。

 下校時になって、なぜか雨がざざぶりだった。

 生徒たちは、下駄箱前で家族のむかえを待ったり、雨の中を走ってつっきったりと様々だった。

 そして鳩子はといえば広見ちゃんとかけ足で、校舎の階段をくだっている最中だった。しかし、広見ちゃんが何かに気づいて止まったため、鳩子はそれに合わせるようにして足止めをくらった。


「鳩子、吹雪くんよ」

「え?あ、本当だ」

「ほら、私の折りたたみ傘、貸してあげるから、一緒に帰りなよ」

「そ!――んなこと、出来ないってば。通学路、違うし」

「私は≪こどもポッチ≫で父ちゃん呼ぶから!いいから、行け!」


 ドンッ――広見ちゃんに背中を押された鳩子。

 鳩子は雨に困ってる吹雪くんに、近づきつつ何歩もたじろぎ、ようやく声をかけたのだった。


「吹雪くん。あの」

「え?鳩ちゃん、、、?久しぶりだ」

「こ、これ、傘」

「あ、傘?ありがとう――でも母さんが車でむかえに来るから、ボクはいいよ」


 どうしよう。これは広見ちゃんのだ。自分が断られるのとは、訳が違う。えぇい。普段のふんぞり返ってる鳩子を思い出すのだ!と、鳩子は心の中で言い聞かせた。


「借りてって!これには、のっぴきならない事情があるの!お願い!」

「え、えぇっ?――のっぴき?傘に何かあるの?」

「えっいや、その傘、ひろ、いや、何も!うわぁ、はーちゃんのバカァ!この場合、何が正解なの⁉とにかく何でもない~っ!これ持ってさっさと行ってぇ!」

「そ、そう?」


 結局、鳩子は「広見ちゃんの傘だ」ということを、広見ちゃんへの配慮なのか吹雪くんへの配慮なのか、わからないまま言い出せなかった。

 後ろでは、広見ちゃんが「あちゃぁ~」と頭を抱えていたが、吹雪くんは苦笑いしつつ鳩子から傘を受けとって、帰って行ったのだった。


 ◇


 翌日。

 なんと隣のクラスの吹雪くんが、わざわざ鳩子と広見ちゃんの二人を呼び出すので、鳩子のいるクラスは大騒ぎとなった。


「あの、傘を貸してくれてありが」

「広見ちゃ――――んッ!生きててよかったね!」

「鳩子――――ッ!そうね、そうね!」

「あ、あの、聞いてる?」


 その後、「何もかも察してくれていた吹雪くんはやはりカッコいい!」と、鳩子と広見ちゃんの二人は盛り上がりっぱなしで、その声の大きさは、隣のクラスの吹雪くんを赤面させるほどだったとか何とか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る