第4話 どうかしてる

 ふすまの向こうで鏡くんは「たかが占いだろ。失敗しただけだ」と鳩子に言った。

 でも鳩子にとって、あの占いは現実だった。だが鳩子にはそれを言葉にするだけの気力もなければ思考力もなかった。

 鳩子は一人で寝室にこもって、ぼうっと寝そべっていた。そしてただただ、こめかみに流れていく涙を流れるままにした。


 あの瞬間――背に羽根がはえるあの直前、鳩子の脳裏には色んなものが入りこんできたのだった。

 あれはきっと、吹雪くんの心の声――本心に違いなかった。


 ――誰も信じられない。自分しか、頼れる人間はいない。

 ――何もかも、どうでもいい。


 ◇


ぽっぽ、、、。今日は自分で学校の支度したのか」

「うん。吹雪くんに近づくためにね、はーちゃん、これからは自分を頼ることにする、、、、、、、、、、んだ」

「えぇっはーちゃんってば自立?それはまだ早いかな~」


 生意気な鏡くんは、会話に割りこんできた鳩子パパの足を机の下で蹴とばした。

 しかしパパもパパで、メンタルも体も非常に丈夫に出来ていたため何ら問題はなかった。いや、虫眼鏡でのぞきこめば、パパのひたいには「かがみテメェ」という文字があったのだが、その小ささゆえに誰も気づかなかったのである。


「張り切るのはいいけど、今日は日曜日だよ~。学校の方がやる気ないかも」

「はっ!そっか!――い、いや、わかってるもん!し、知ってたんだから!」

「そうか。オレも出かける」

「え?どこに?」


 鳩子は結局、当然かのように黄色い帽子とランドセルを鏡くんに引っぺがしてもらい、二人して外に出かけることにしたのだった。


「目を閉じろ。開けるなよ」


 ◇


 二人してどこまで歩いただろうか。目を閉じてる鳩子が頼れるのは、どこまで行っても、つないでる鏡くんの手の感触だけだった。


 ザァーザァー。次第に、そんな音がし始めた。

 もうどこに来たのか、わかっていた。しかし、それでも鳩子はまぶたの力をゆるめてはりきませつつ、鏡くんの言いつけを懸命に守ったのだった。


「バカだな。もう開けろ、、、

「うん」


 鳩子が目を開けると、やっぱり、そこは海のそばだった。

 波のない、おとなしい海だった。


「今から、ちょっとわからないことを言うけど、おとなしく聞け」

「え!ヤダ!」

「いいから」


 鳩子はしばらく迷ったが、やがて小さくうなずいて、釣りをしているおじさんの横に座ったのだった。ぎょっとしたおじさんは、魚用のバケツをのけた。そして、そこに遠慮なく鏡くんが腰をおろしたので、とうとうおじさんは去って行ったのだった。釣りのおじさんは空気の読めるおじさんだった。


「吹雪と同じになってどうするんだ」

「だって、吹雪くん、とても寂しい感じだったから、その寂しさをわかろうと思って」

「無理だぞ。一生――あの父親がいて、寂しさなんて感じないだろ」

「うん」


 全くだった。いつも、バタンバタンしてて、穏やかで陽気で。ちょっとイカれてる。


「オレ、この景色はいいと思う。ぽっぽは」

「曇りの日の海……うーん、ふつう、、、?」

「おっ、その調子」

「え?」

「こうして、ふつうって言えるぽっぽのが、いい」

「?――あ、ありがとう?」


 同じ色でいないと、同じ色同士が惹かれ合うことはない。鳩子の幼心に芽生えていたのは、恐らくそんな気持ちだった。鏡くんはそのことに気づいたのだ。というか――こんなにわかりやすいのだ、気づかない方がどうかしてる。


 鳩子は、どうかしてる。

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