終末旅行

 ――ロンドン橋落ちる。落ちる。落ちる。


『ロンドン橋落ちた』を唄い終えたお母さんが僕のおでこにキスをしてくれた。おやすみと一言添えてお母さんは部屋を後にした。部屋の照明がパチンと消され、光のない暗闇の世界が訪れる。恐らく他の人にとってはなんてことないであろう眠りにつく前の、ちょっとしたこの時間が僕は苦手だった。


 小さなタオルケットを握りしめていないと何だか気持ちが落ち着かなくて、上手く眠りにつくことができないのだ。


 どうしてそうなのか。いつからそうだったのか。それは僕にも分からない。多分、夢の中で頻繁に経験している高いビルの上から落っこちるような奇妙な感覚が恐ろしいからなのだと思う。


 何かを掴んでいないと、ついそわそわしてしまうのはきっとそのためなんだろう。僕は眠るのが怖かった。眠ることをぐずって母さんから厳しく言われることはしょっちゅうだった。


 タオルケットを触っている間だけは少しだけ僕は心穏やかでいられるような気がした。


 薄暗い橙色の明かりが照らされた子供部屋のベッドの上で横になって僕はヒーローのイラストがプリントされた柔らかなメッシュ生地のタオルをぐしぐしと暫く手で弄んだ。しばらくは寝付けそうにない。


 お仕事で長い間、家を空けていたお父さんが今日、帰ってきたせいもあるのかもしれない。そして明日、久しぶりに家族3人で旅行に行くことになった。


 唐突だったし、ちょっと面食らってしまったけれども旅行の計画はトントン拍子で進んだ。どうやらお父さんの頭の中には事前に旅行の計画が練られていたみたいで、僕とお母さんはその上に乗っかっただけの形だ。


 お父さんの提案した5泊6日の旅行の計画はこれ以上無く素晴らしいものに思えた。僕らが異論を挟む余地なんてどこにもなかった。


 降って湧いたような話だからなのか明日の旅行が楽しみというよりは、正直、困惑の気持ちの方が強かった。だってお父さんが家族に相談することなく、こんな大きなイベントを推し進めることなんて今まで無かったから。


 僕は、ふぅと小さくため息をついて寝返りを打って、それから何となく窓を眺めた。閉め切られたカーテンの僅かな隙間から漏れ出る月の冷え冷えとした白い光が床に敷かれているカーペットの上に落ち、生暖かい風を孕んだカーテンが大きく膨らむ。


 おかしいな。窓は閉め切っているはずだから風が吹き込んでくるはずがないのに。

 

 僕は大きく目を見開いてパチクリさせていると、カーテンの隙間から黒いシルクハットに黒いステッキ、黒い外套に黒い手袋をして白いひげを蓄えた老紳士が現れた。

 

 まるで最初からずっとそこにいたかのように違和感の無い謎の人物の登場に僕は驚きの声を上げることさえ忘れ、ただただ呆気に取られる。


 奇妙なことに彼の容姿は、つい先ほど寝る前に家族と一緒にリビングで見ていたマジック番組に出演していたベテランマジシャンそのままの姿をしていた。


 老紳士は人差し指を口元に当てて僕にウインクをしてくる。

 

 大きな声を出さないようにというお願いだと瞬時に僕は感づいた。僕は彼の言う通りに使用と思った。口元を両手でしっかりと押させて首をぶんぶんと勢いよく上下に何度も振って頷きイエスの意思表示をする。


 タキシード服を着た怪しげな老紳士は僕のその様子がおかしかったのかクツクツと目を細めながら小さく笑って、そして手に持っていたステッキで床をトントンと2度鳴らした。カーペット越しに床の鳴る音がしたかと思えば、どういうわけか静かな湖畔に軽石を投げ落とした時の水面のように僕の部屋がぐにゃりと歪曲し、揺れ動いた。


 そして再び老紳士がステッキで床を鳴らすといつの間にか僕は広大な湿地の中に立っていた。


「ここは君の住んでいる街からうんと離れた場所。君のお父さんがお仕事をしていた場所だよ」


 老紳士の口から飛び出てきたのは僕のお父さんの事。どうして彼が僕のお父さんのことを知っているんだろうか。


「どうしてあなたは僕のお父さんのことを?」


 そこまで言葉を続けて僕は慌てて口を押えた。黙っているようにという彼からの約束を無下にしてしまったと思い、冷や汗が首筋から雫となって垂れ落ちていく。


「あぁ。もう話しても大丈夫だよ。ここは君の夢の中の世界。私は君の夢を介して直接君に語り掛ける、云わば悪魔みたいな存在だよ。」


「おじいちゃんは悪魔なの?」


「厳密に言うと違うけどね。人智の及ばない超越的な存在であることには違いないね。死神だったり神様だったり魔物だったり、好きなように呼んでもらって構わないよ。君からは私がどう見えるかね?」


「マジックのとても上手なおじいちゃん!」


 僕は瞬時に答えた。


「ほうマジシャンかね。ふーむ、なかなか珍しい。どうやら君はとっても純粋な子のようだ。悪魔や死神は怖くないのかい?」


「ぜんぜん怖くない。だって会ったことないんだもん。おじいちゃんが悪魔や死神だって言うんだったらなおさら怖くないよ」


「なるほど。じゃあ君はどういうものに対して恐ろしいと感じるのかね?」


「うーん。やっぱり寝る前かな……。真っ暗だとどういうわけか眠れないんだよね。だからいつもほんの少しだけ明かりをつけて寝てるんだ。」


 落ちていく感覚については話さなかった。

 きっと分かってもらえないだろうし、変な子供だと思われたくなかったからだ。

 

 マジシャンの恰好のまま真夜中の僕の部屋に入り込んできた彼の方がよっぽど変な人間には違いないのだけど僕は良識ある1人の子供として彼の前では振る舞うよう努めた。


 僕の返事に対し、彼はなるほどなるほどと1人、頷きながら白く染まった自分の髭を右手で触っている。


「君はもしかして死が怖いんじゃないかい?就寝時の暗闇が怖いということは、寝るという行為そのものに君は恐怖しているのではないかと私は推測したが、どうかね?次に目が覚める時、果たして自分は翌日の朝を迎えているのだろうか?一生、目が覚めることなくずっとこのまま闇の中で1人。などということは考えたことは無いかね?」


 心臓が早鐘を打った。ドクドクと五月蠅く鳴り響いて脈動する。僕が死ぬのを恐れているだって?僕がどうして死ぬことを?


 だって僕が死ぬのはずっと未来のはずだ。もしかすると寝入る前に落下する感覚がするのは僕が死ぬことを潜在的に恐れているからだと彼は言いたいのだろうか。


 いいや違う。彼の言っていることを僕が真面目に受け取り過ぎているだけだ。きっと。


「確かに死ぬことは怖いけど。それはみんな同じはずだよ。きっと誰もが死を恐れている」


「だけど見ないふりをしているだろ?みんな目の前のことに一生懸命で死を意識する暇がないんだよ。それに対して君には時間がいくらでもある。死を思う時間がね。」


「でも僕は死ぬことなんて普段考えてないよ。僕もみんなと一緒さ」


「なら今、考えたまえ。手遅れになる前にね。いいかい。今日と同じ明日が来るとは限らないんだ。明日にでも大地震が来て死ぬかもしれないし、道端で後ろから暴漢に刺されて死ぬかもしれない。クレーンで釣り上げられた建築物が落下して、圧死するかもしれないし、橋から落っこちて死んでしまうかもしれない。君たちは普段意識していないだろうけど死は案外凄く身近にあるものなんだよ」


 その時、僕は全身の毛がさか立つほどぞっとする感覚に陥った。例えるとするならそれは心臓を冷たい手で直接触られているような感じだった。


 彼は今、僕の命そのものに直接触れているんだと思った。そこで初めて僕は彼が自らのことを死神や悪魔の類だと形容したことを骨身に染みて思い知らされた。


「僕を殺しにきたの?」


 生唾を飲みこみながら僕は彼に恐る恐る質問した。


「まさか。私は君を殺したりなんかしないよ。君を殺したところで私に何のメリットもないからね。君は誰からも殺されたりはしない。君自身が死に近づいてしまうんだ」


「それは、僕らが今いるこの場所と何か関係があるの?」


 僕は広大な湿地帯を見渡した。

 

 背後の方で何かが噴き出たような音遠くの方から聞こえてきた。

 

 僕は音の聞こえた方角に振り返る。地上から天高く噴き出している噴水が見えた。吹き上がった水蒸気と熱水は大空を舞って弧を描き、そこには虹が浮かび上がっていた。


「間欠泉だよ。ここの地下深くにはね巨大なマグマ溜まりがあるんだ。ここで働いてた君のお父さんはね、凄く大きな噴火が起きてしまうことを突き止めてしまったんだ。そしてそれはもういつ起きてもおかしくない。少なくとも今年中には必ず起きるという解を君のお父さんが所属していた研究チームのコンピューターは導き出した。だから君のお父さんは家に帰ってきたんだよ。」


「でも僕の住む町からはずっと離れている場所のことなんでしょ?だったら……」


「何万年度に1度の大きな噴火なんだ。それが起きてしまうとこの国に住んでいる大半の人間は死んでしまうんだよ。仮に生き延びることができたとしてもそれはただの死ぬまでの猶予が僅かに与えられるだけなんだ。そうなるともっと悲惨だよ。火山灰の影響で地球は長い寒冷期を迎え、農作物もインフラも全部駄目になって略奪を名目にした醜い殺し合いが始まるんだ。まぁ、それすらも徒労に終わるんだけどね。どう転んだとしても結局、君たち人間は滅びる運命にあるんだよ。でもそれは仕方のないことなんだ。生あるものはいずれ滅びるようにできているんだからね」


「おじいちゃんの力で何とかならないの?」


「私の仕事は梯子を掛けることだけなんだ。あとは子供達の夢の中に現れ、最後に悔いのない生き方をさせることだけ。それくらいのことしか君たちにしてあげることはできない」


「悔いのない生き方……」


「そうだよ。君たち子供は純真無垢で想像力が逞しい。だからこうして私も夢の中で現れることができるんだ。君には私のことがマジシャンのように見えているらしいけど、普通は鎌を持った骸骨だったり、牙のあるドラキュラのように見えるみたいで、なかなか人間の子供たちとお話することが難しいんだ。話し相手になってくれて今日はどうもありがとうね。とても楽しかった。お礼に安らかに眠りにつくことができるようとっておきのおまじないを君にかけてあげるよ」



 そこで僕は目が覚めた。昨晩のマジックショーを見たせいでまさかこんな変な夢を見ることになるなんて。

 

 寝汗でびしょびしょになったパジャマがヒルのように肌に吸い付き気持ち悪い。シャワーで汗を洗い流そうと思い、ベッドから身体を起き上がらせた時、子供部屋のドアが小さな音を立てながら開いた。お父さんだった。


「起きてたのか」


 ◆◆◆◆


 安らかに眠っている息子の顔を最後に見納めておきたいと思い、俺は子供部屋の扉をなるべく音を立てないよう細心の注意を払って開けた。


 昨日は一睡もできなかった。

 

 自分の選択が本当に正しいとは思えなかったからだ。これから自分が為そうとしていることがどれだけ罪深いことなのか、その罪の重さに俺は今にも窒息しそうだった。


 子供部屋に入るとベッドの上に腰掛けて、きょとんとした顔つきで俺のことを見つめている息子の姿があった。


 母親に似て大きくつぶらな青色の瞳に見つめられるだけで俺の覚悟は揺らぎそうになる。シミュレーションの結果が出てから、俺は何度も何度も何度も考えた。どう家族と最期の時を過ごすか考え抜いた。


 全てを洗いざらい家族に打ち明け、互いに身を寄せ合ってその瞬間が訪れるのを震えて待つのか。それとも俺だけ秘密を抱えていつもの日常を過ごすのか。それとも苦しむことのないようにいっそこの手を汚して……


 居ても立っても居られなくなった俺は思わず息子を強く抱きしめた。これから俺は目の前にいる愛しい我が子と生涯を掛けて愛すると誓った我が妻を死に追いやらねばならないのだ。


「ごめんな。久しぶりにお前と母さんに逢えたことが父さん嬉しくてな。つい……」


 子供のように激しく泣きじゃくりながらも息子が納得がいく涙の言い訳を死に物狂いで探した。感情の荒波は留まることを知らず絶えず胸の内を掻き乱していく。


 コンピューターが導き出した解がいつも正しいとは限らない。しょっちゅう間違いを起こす欠陥だらけの人間が産み出した機械が完璧なはずがないのだ。予測は外れて噴火は起きず、俺たち家族も人類も何事もなく平穏にこのまま何年も……。


「お父さん震えてる。怖いことがあったの?大丈夫だよ……。怖いことなんて何にもないんだ。僕も最近ようやく分かったんだ。眠るのは怖くなんかないって。だからお父さんもきっと大丈夫だよ。」


 眠る。そうだ。眠るだけなんだ。人類はもう間もなく深い眠りにつく。ただそれだけのことなんだ。息子の言葉には悪魔めいた力があると思った。


 子供には大人にはない不思議な力が宿っている。それは最早、ほとんど霊的と言っても過言ではないだろう。純粋な子供の瞳は時に大人よりも物事の本質を見抜きやすく、恐ろしいほどの聡明さを魅せる瞬間がある。


 息子の幼く、まだどこか舌っ足らずな声は俺に一時の安息をもたしてくれた。奇跡なんて起きない。思えば奇跡という名のまやかしに惑わされ、振り回された先人達の末路はどれも壮絶な物ばかりだ。冷静さを取り戻した俺は静かに重たい口を開いた。


「今日の旅行はな。実は家族みんなで深い眠りにつくための旅なんだ。いつ目が覚めるかは分からない。でもきっといつか、また家族全員で過ごせる日が来る。少なくとも俺はそう信じている。もしかしたら今日、お前には少し怖い思いをさせてしまうかもしれない。でもどうかお父さんのことを信じて欲しい」


「……うん。」


 ごめんな。お前に未来を与えてやることができなくて。ごめんな。本当に悔しいよ。何をやってもダメだったんだ。無理なんだよ。もうどうしようもないんだ。何度シミュレートしても、どんなに条件を変えてみてもディスプレイ上には同じ結果がはじき出されてしまう。


 これから俺が成す行動を許してくれとは言わない。ただ信じて欲しかった。お前たち家族のことを俺は本当に愛していた。


 最期までそれは変わらないということだけはどうか信じて欲しい。最期の瞬間をお前たちと過ごすことができた俺の人生は決して無駄じゃなかったよ。


 ◆◆◆◆


 おじいちゃんのおまじないのお陰のせいだろうか。もうすぐ死ぬというのに全くと言っていいほど恐怖を感じていない自分に僕は少し驚く。


 この世界に産まれて、そして死ぬ。


 有機物、無機物関係なく形あるものは滅ぶべく運命にあり、このサイクルは僕が産まれてくるずっとずっと昔から幾度となく繰り返されてきたことじゃないか。


 僕の心は今、死を前にしても凪いでいた。どこか心地よさを感じるほどだった。きっと僕は緩慢な死を迎えることができることができるだろう。


 父さんは今から無理心中するつもりなのだと思う。僕ら家族が死に近づく理由は恐らくそうだ。父さんは噴火で万が一、僕らが生き残ってしまった場合のことを考えているんだろう。


 生き残ってしまった人間が待ち受けているものは文字通りの地獄だ。皮膚は焼け爛れ、肺には大量の火山灰が入り込み、真綿を締めるように嬲り殺されるだろうとお父さんは言っていた。


 奇跡的に火山灰からの猛威から逃れることができたとしても絶えず降り続ける火山灰によって食料は枯渇し、インフラは崩壊し、太陽の光を遮られた地球は長い寒冷期を迎えて、人類は滅びていく。


 今、僕はお父さんが運転する車の後部座席に座って、部屋から持ち出してきたメッシュ生地のタオルケットを握りしめながら窓の外を眺めている。横に流れていく街の光景の1つ1つに目を通し、最後の光景を瞳に焼き付けようと僕は躍起になっていた。


 スーツ姿で出勤していくサラリーマン。

 犬を連れて散歩する貴婦人。

 手を繋いで横並びに歩いている若いカップル。


 みんなが思い思いに毎日を一生懸命生きている。


『みんな目の前のことに一生懸命で死を意識する暇がないんだよ。』


 夢の中で彼はそう言っていた。

 

 これから彼の仕事は恐らく多忙を極めるだろう。噴火が実際に起きてしまう日は多分、神様にだって分からない。明日かもしれないし数か月後になるのかもしれないがそう遠くない未来に”それ”が起きることは確定している。


 現世とあの世に梯子を掛ける仕事がどれだけ忙しいことなのか僕には計り知ることはできない。何しろ彼は人智を越えた存在なのだからそもそも凡百な僕のような人間に理解し得る存在ではないのだ。


 僕は彼の気紛れに一方的に付き合わされただけの単なる暇つぶしの相手だったに過ぎない。そういう面は紛れもなく実に悪魔らしい振る舞いのように僕には思えた。



 あまりはしゃいでいると酔うわよと助手席に座る母さんがこちらに振り向いて僕を注意する。僕が身を乗り出して窓の外に広がる光景を眺めていたからだ。


 母さんが僕を注意してくれるのもこれで最期かと思うと僕は少し悲しい気持ちになった。


『私の仕事は梯子を掛けることだけだよ。あとは子供達の夢の中に現れ、最後に悔いのない生き方をさせることだけかな』


 彼の言葉がまた頭の中でリフレインした。


 悔いの無い生き方を。

 悔いのない最期を。


「お父さん。お母さん。僕を産んでくれてありがとうね。」


「何なのよ。突然。」


 お母さんはまるで小鳥が鳴くように小さく笑った。

 

 お父さんは何も言わずハンドルを握っていた。だけどその肩は小さく震えているように見えた。


 これまでの人生を全て無駄だったとは僕は思わない。決して納得のいく終わり方ではなかったけども。


 少しの間でもこの世界に生まれて、自然や人に触れ、見て、感じることができたことを僕は幸福に思う。


 そしてその機会を与えてくれたお父さんとお母さんに対して僕は深く感謝する。ありがとう。最期まで僕のお父さんとお母さんでいてくれて。僕は2人の子供として生まれてとっても幸せだった。


 もし奇跡が起きて、再び生を授かることができるのならば。僕は、またお父さんとお母さんの子供として生まれたい。


 贅沢過ぎるだろうか?でも願いというのは贅沢過ぎるくらいがきっとちょうどいいのだと思う。


 河川にかかった鉄橋に車が差し掛かるとお父さんがハンドルを思いっきり左に切った。けたたましいタイヤの擦れる音がして橋の縁に乗り上げた時の激しい揺れに見舞われる。


 母さんの泣き叫ぶ声が鼓膜を貫いた。僕は手に持っていたタオルケットを一層強く握りしめた。シートから腰が離れ、僕らの身体はふわりと宙に浮かぶ。


 川の水面が目の前に近づいてきた。


 ――ロンドン橋落ちる。落ちる。落ちる。


 僕は目を閉じた。

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時間系SF短編集 七里田発泡 @hockey

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