第8話 同じ気持ち
ほぼ日が沈んだ頃に、あずさの家の前についた。咲さんも着いてきてくれている。
玄関扉を叩いてみたけど、反応はなかった。まだ帰ってきていないらしい。
だから私は、あずさの家の前で待つことにした。下手に探しに行くより確実だからだ。
あずさと2人きりにさせるためにと、咲さんは私の横にはいない。少し離れた曲がり角に隠れて、私を見守ってくれている。
少し右を向けば、曲がり角から顔をひょこっと出している咲さんがいた。
目が合うと、咲さんは手を振りながら笑いかけてくれた。
私は手を振り返すことはせず、代わりに笑い返す。
さっきまでオレンジ色だった空も、今は夜闇に包まれようとしている。
西を向けばかろうじてまだ夕焼け空が見えるけど、もはや影すら作れないほど弱い光となっている。
ハロウィンゆえにこの世に舞い戻ってきた死者の魂も、完全に日が沈みきった夜を迎えたら、天へ還るという。
そんなどうでもいいことを思いながら、空を見上げて星屑を眺めていた。
決して明るくはないけど、イルミネーションよりも美しく感じる。
そんな感じで緊張する自分を落ち着かせていたら、屋台のいい香りをのせた空気が風となり、私の肌をなぞった。
ただ、感じた空気はもう1つあった。
「──」
どこか、懐かしい空気。
「え…ゆ、優…?」
あずさだった。
こうして向かい合ったのは、すごく久しぶり。
「あずさ…」
あずさは呆気にとられたような、初めて手品でも見たかのようなくらい驚いた顔をしていた。
「ごめんなさい!」
私はあずさの顔を見るや否や、すぐに頭を深く下げて謝った。
「あずさのお母さんが亡くなって、それですごく落ち込んでるあずさに何もしてやれなくて…。そのことを今の今までずっと謝れなくて、ほんとにごめんなさい…」
私は謝った。心の底から謝った。
仲直りしたいという理由だけで謝ったのではない。
あずさと向かい合って、改めて自分のした事の愚かさを身に染みて感じ、本当に申し訳なくなったから謝った。謝らずにはいられなかった。
仲直りしたいからというよりは、許して欲しいから謝った。
とはいえ、もちろん仲直りはしたい。元はと言えば、それが動機だから。
私が謝り終えて、少しの、ほんの少しの沈黙が流れたあと。
何か包み込まれるかのような感覚を味わった。
同時に身体に少し衝撃が走ったが、決して痛いとかそういうのはなかった。むしろ、心地良さすら感じた。
あずさが、私に抱きついていた。
「ありがとう…」
密着してようやく聞こえるくらい、か弱く小さな声であずさがそう呟いた。
「ありがとう…また私と話してくれて…。もう一生、優と話せないかと思ってた…」
その声は、今にも消えてしまいそうな、ほんの些細な音でもかき消されてしまいそうなほどに小さく、しかしはっきりと聞き取れる声だった。
私は抱きついているあずさを優しく引き離し、顔を見つめ合える状況にした。
あずさは涙を流していた。さっきの私みたいに、泣いていた。
「あずさ…許してくれる…?」
「許すも何も、優が謝ることなんてないわ。私があんな態度とってたのが悪いんだから…。私の方こそ、ごめんなさい」
「そんなこと…」
「私もずっと優に謝りたかったんだけど、愛想尽かされてたらと思うと怖くて…」
あずさも、私と同じ気持ちだったんだ。
そんなことなら私がもっと早く勇気を出しておけばよかった、なんて思ったけど、そんなことは後悔しても無意味なので考えるのをやめる。
「私こそ、今まで謝れなくてごめんね…。じゃあ私…あずさの友達に、また戻れるかな…」
「もちろん!」
少しかすれた声で、即答してくれた。
それが私にとってどれだけ嬉しかったことか。
咲さんの言うことを信じて、本当に良かったと思った。きっかけを作ってくれたのも咲さんだし、感謝してもしきれない。
私は嬉しさのあまり、あずさを思いっきり抱きしめた。
少し間を置いてから、あずさも抱きしめ返してくれた。数年ぶりに再会した恋人のように、私たちは強く抱き合った。
あずさの匂い、体温全てが懐かしく、本当に仲直り出来たのだと改めて実感できる。
臆病ゆえにか、被害妄想の激しかった数十分ほど前の私は、今はもういない。今はただ、喜びを噛みしめている。
しばらくして、抱きつくのをやめたあと。
「ねぇ、あずさ。今から私の家で遊ばない?仲直りの証としてさ」
あずさが遊ぼうと提案してきてくれた。
あずさも、仲直り出来たことを本当に喜んでくれているんだと感じられて、私もさらに嬉しくなった。
「うん!遊びたい!」
私は二つ返事で答え、意味もなく2人で笑い合った。
こんな他愛のない時間が1番幸せなんだなということ、そして、このような時間を私は1番求めていたんだということに気付く。
2人で少しの間笑い合ったあと、
「にしてもあずさ…見ないうちに、随分と表情が豊かになったのね」
私は、さっき友達と笑い合っているあずさのことを思い出していた。
見たことないくらい楽しそうに笑ってたから、てっきり私といるよりも楽しいんだ、私のことはもうどうでもいいんだ、なんて思っちゃったけど。
あれは一体なんだったのだろう。
とはいえ、いきなり「なんであんな笑顔だったの?」と聞くのはなんか違う気がするから、遠回しに言ってみる。
「…?」
あずさは「何言ってんだこいつ」みたいな顔をしてきた。少し遠回しに言い過ぎちゃったか。だから、少し説明を付け加える。
「あずさが焼きそばの屋台で2人の友達らしき人と一緒にいるのを見たの。見たことないくらいの笑顔をしてたから、びっくりしちゃった」
「あぁ、それはね…」
何故か少し苦笑いを浮かべたあずさ。
「優がいなくなって…私にはもう、友達はあの2人しかいなくなったの。それで、その2人にも愛想尽かされるのだけは嫌で…友達がいなくなるのが怖くて…」
ぽつりぽつりと、あずさは心なしか少し恥ずかしそうに話した。
勘がいい方とは言えない私でも、あずさの言いたいことはなんとなく分かった気がする。
「…つまり、その友達と別れて独りになりたくないから、作り笑顔とかして愛想良くしていたってこと?」
「…」
こくりと、あずさは無言で頷いた。
私はなんとも言えない気持ちになった。
そんな理由だったんだと安心した気持ちや、そんな思いをさせてしまって申し訳ないという気持ちが頭の中でごちゃごちゃになったから。
ただ、一つだけはっきりと思ったことは。
もう二度と、あずさにそんな思いはさせたくない。
見たことの無かったあの笑顔は、作り笑顔。
私と一緒の時には行くのを拒んだ焼きそば屋さんにあの時いたのは、多分皆にノリを合わせるため。
どれも、これ以上友達を失いたくないからという理由でやったこと。
そんなことをしていて、あずさは楽しいわけがない。むしろ、つらいに決まっている。
そうさせたのは私なんだけど…。
だからこそ、もうそんな思いはしてほしくない。
そのために、私はこれからは一生あずさの親友でいようと誓った。
この誓いの事は、私は生涯あずさに言うことはないだろう。何故かって、言うのは照れくさいし、それに。
言わずともあずさになら伝わるだろうし。
「そ、そんなことより、ほら!早く私の家に入ろ?」
あずさは話題を変えて、私を急かした。
「あ、でもその前に一つ。ちょっとこっち来て!」
「え?」
私はあずさの手を引っ張り、走り出した。
咲さんのいる曲がり角に向かって。
私達が仲直り出来たという事を、改めて咲さんに面と向かって伝えたい。
言う必要はないかもしれないけど、咲さんが私をたくさん助けてくれたってことを、あずさにも言っておきたい。
そして何より、咲さんに感謝の言葉を伝えたい。
ほんの数秒で曲がり角に着いた。
そして、咲さんの名前を呼ぼうとしたのだけれど。
「…あれ?」
さっきまで確かにここにいた咲さんが、いなくなっていた。
私の視界には、まるで最初から誰もいなかったかのように静かで薄暗い道が続いていた。
数分前は、咲さんはここから私に笑顔で手を振ってくれていたのに、いつの間にいなくなったんだろう…。
「この道がどうかしたの?」
あずさにとっては、いきなりこの道を見せられたようなものだから、疑問に思うのも当然だろう。
私は、少し考えた。
「…」
きっと咲さんは、せっかく仲直り出来たんだから、私には構わないで2人きりの時間を過ごしなさい。と言いたいのだろう。だからこの場を立ち去ったのだろう。
やっぱり咲さんは、優しい。
「ううん、ごめん。何でもないよ」
「…?そう?」
だから私は、咲さんのことは何も言わないことにした。
そして私は回れ右をして、あずさの家を指さし、あずさに行こうと促した。
曲がり角からあずさの家までの、ほんの僅かな道のりを2人で歩いている時、
「もうハロウィンも終わりだね」
と、あずさがぼそりと呟いた。
それが独り言なのか、私に向けた言葉なのかは分からなかったから、とりあえず、
「そうだね」
とだけ返事した。
私は西の空を眺めた。
さっきまでは僅かにオレンジ色だった西の空も、今はすっかり暗くなっている。
ハロウィン。それは死者の魂がこの世に舞い戻って来る日。
日が沈み、夜を迎えれば、死者も天へと還り往く。
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