第7話 信用
せっかく咲さんがチャンスをくれたのに。
私のために、何時間も街中を探し回ってくれているのに。
結局仲直りできずに、私の家まで戻ってきてしまった。
多分、あずさはもう私のことなんてなんとも思っていない。
だって、あんなに笑ってるあずさなんて初めて見た。
私と一緒にいる時は、もっと大人しめの笑顔だったのに。きっと、私といる時よりもずっと楽しいんだ。
咲さんが戻ってきたら、あずさに謝れなかった事を伝え、一緒に探してくれたことと、仲直りさせようとしてくれたその優しさに対して感謝をしたら、もうここで咲さんとはお別れしよう。
そして、18時になってほどなくして。
「ごめんなさい、待たせちゃったかしら?」
咲さんが戻ってきた。
相変わらず穏やかな笑顔を浮かべていて、年の差が大きいせいか、母のような安らぎや包容力を感じる。
その咲さんの胸に飛び込めば、あらゆる苦悩や傷心が癒される気がする。
だから私は、気が付けば咲さんに抱きついていた。
同時に、自分が泣いている事にも気付いた。
「咲さん…ごめんなさい。私、謝れませんでした…」
「え、えぇ…?どうしたの優ちゃん?何があったの?」
表情は見えないけど、咲さんの困惑している顔が安易に想像できる。もっとも、困惑させている張本人は私なんだけど。
私は抱きつくのをやめて、さっきあった事全てを咲さんに話した。
あずさが他の友達と一緒にいて、私といる時よりもずっと楽しそうであったこと。
だからもうあずさは私を必要としてくれていないんだと思って、ショックを受けてそのまま帰ってきてしまったこと。
咲さんは途中で質問をしてくるわけでもなく、ただただ黙って私の話を聞いてくれた。
全てを話し終えると、咲さんは開口一番に、
「私のこと、信用できない?」
と言った。意外な返答で少し戸惑い、どういう意味なのかも理解できなかった。
「私、優ちゃんの家にいる時にも言ったわよ?あずさは優ちゃんのことをまだ想っているって。私はあずさとはすごく長いこと一緒にいるから分かるの。占わなくてもね。あずさが優ちゃんのことを必要としていないだなんて、そんなわけないって私には分かるわ。きっと、いえ、絶対優ちゃんの早とちりよ。」
私が大丈夫だと言ってるのに、それを信用できないのか、ということらしい。
確かに3年前にあずさと出会った私よりも、咲さんの言うことの方が信憑性は高いのだろうけど。
さっき見たあずさの笑顔が頭から離れない。
私には見せたことの無い、とびきりの笑顔が。
咲さんのことを信じないわけじゃないけど、やっぱりどうしても、あずさは私といるよりあっちの方が居心地が良いのではないかと思ってしまう。
私は返す言葉が見つからずに黙りこくっていると、咲さんは人差し指で私の涙を拭き取り、
「ほら、早く泣き止んで。可愛い顔が台無しよ?もう1回、あずさの所に行きましょう」
と、自分の後ろを指さしてそう促してきた。
「本当に、大丈夫でしょうか…」
「絶対大丈夫」
未来を知っているのかと思わせるくらい自信に溢れた返事が即答で来た。だから、なんだか私も少しだけ自信がついた気がした。
しかし、依然として不安はある。
私は咲さんの顔を見上げた。
優しさや愛情を感じる微笑みが夕日に照らされていて、影が出来ている。
あずさもよく、そういった笑顔を私に向けてくれていたのを思い出した。
親友に戻れなくてもいい。ただの友達としてでもいいから、仲直りがしたい。
2人でまた笑い合いたい。
その想いが一層強くなり、私は「あなたの言うことを心から信じます」という旨を込めて、咲さんの手を握る。
「私、行きます。あずさの家に」
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