第4話 treat


「名字はなんて言うんですか」

「下の名前で呼んで欲しいから教えなーい」

「えぇ…」

下の名前を教えない人っていうのはたまにいるけど、名字を教えない人は初めて見た。

明らかに私より年上だから、下の名前で呼ぶのは少し躊躇いがあるんだけど、まあ本人がそうしてと言ってるのなら、別にいいか。

「なら、咲さんって呼ばせてもらいます」

「じゃあ、私は優ちゃんって呼ばせてもらうわね」

お互いの呼び方が決まったところで、私は自分の部屋へと向かおうとした。

善は急げ。早速私は外に出る支度を始めようとしたんだけど──

「え!?もう行くの?積極的なのは嬉しいけど、もうちょっとゆっくりして行きましょうよ。まだ時間はあるんだし」

咲さんは今から行くのは予想外だったらしく、そんな私を引き止めてきた。

「でも…私、早く仲直りしたいです。せっかく咲さんが教えてくれたことなので」

だから早く行きましょう、と咲さんを急かした。

ソワソワしている私に対して、咲さんはすごく落ち着いていた。

「まあまあ、急がば回れとも言うわ。今からお菓子を作ってあげるから、ちょっと深呼吸でもして落ち着きなさい。ね?」

落ち着け、か。確かになんて謝るのかとか全然考えてなかったし、少し休憩するべきかもしれない。朝起きてからまだ何も食べてないし。

「…分かりました」

そう言って私は、さっきまで座っていた椅子へと戻った。

お菓子を作ってあげると言った咲さんは、私の許可無しに冷蔵庫を漁り、小麦粉とかチョコとか、お菓子に使えそうな材料を私の許可無しに取り出していた。何をする。

「あ、それ後で食べようと思ってたチョコ…」

「もっと美味しいお菓子にしてあげるから許してね」

末尾にハートマークがつきそうなくらいに可愛らしく、ウインクをして詫びられた。

そんな感じに咲さんがお菓子を作ってくれてる間、私はなんてあずさに謝ろうかを考えていた。

あの時、寄り添ってあげられなくてごめんなさい。

今まで謝れなくてごめんなさい。

私が謝らないといけないことを、頭の中で簡潔にまとめあげた。

これであずさが許してくれて仲直りできるのなら、私は今すぐにでもあずさの元に行って謝りたいのだけれど。

私はキッチンの方へと目をやった。

そこには、お菓子作りに夢中になっている咲さんがいた。

とりあえず、お菓子を食べるまでは咲さんが言ったように落ち着いていよう。

そして、ほどなくして。

「はい!できたわよ~。ハロウィンといえばお菓子よね!」

机にドン!と、お菓子の盛られたお皿が置かれた。美味しそうだけど、見たことのないお菓子だった。

「これ、なんていうお菓子なんですか?」

「これは私が考案した特製クッキーよ。めんどくさいから名前なんて付けてないわ」

あ、これクッキーなんだ。見た目が派手すぎて分からなかった。

咲さん考案ってことは、世には出回っていないお菓子と言うことか…。一体どんな味がするのだろう。

私はクッキーを1つ手に取り、口に運んだ。

何度か咀嚼していたら、予想を遥かに上回る美味しさが口の中にと広がった!

「…!え、うま!え……うま!」

語彙力が壊滅的になるくらいには美味しかった。割とまじめに、今まで食べたお菓子の中で1番美味しいかもしれない。

「でしょー!?私の自信作なんだから!」

咲さんは、腕を組んでしたり顔を浮かべていた。その態度も納得の美味しさだ。

「これ、どうやって作るんですか!?教えてください咲さん!」

「別にいいけど…あずさのとこに行くんじゃなかったの?」

「このお菓子を作れるようになって、仲直りしたあずさと一緒に食べたいんです!」

「…そう、それはあずさも驚くと思うわ。じゃあ、キッチンに行きましょうか」

こうして急遽、咲さんからこの特製クッキーの作り方を教わる事になった。料理とかはあまり得意ではないんだけど。

あずさも驚くと思う、か。私、あずさの前でお菓子なんて作った事ないから、確かに驚いてくれるかな。

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