しかし、囲まれてしまった

 『ワンダラー』の消滅を確認した後、勝利者であるメープルを讃えようと迎えにいくと、地面に身を投げ出して大の字で寝転んでいるメープルと、それを呆れたように見下ろすガーネットの姿があった。

 案の定、魔法力不足に陥ってしまい非常に重い疲労状態になってしまったようで、変身を維持し続けるのも危険なので解除させると、「歩けない動けない」と駄々を捏ねながら手を伸ばしてきたので仕方なくおぶっていた。

 魔法力が枯渇したことはないのでどの程度の疲労がのしかかっているのか体感したこともないが、あのサファイアですらドクターストップを喰らうくらいだ。襲い掛かっている疲労は並大抵のモノではないということは想像に難くない。

 それに、どうせ帰宅する為にワープを使うのだから、おぶっていた方が都合がいいという事もあった。

 カエデちゃんを背中に乗せてしっかりと抱えた後、ガーネットに別れを告げて、誰にも見られていない場所でワープをしようとしていたのだが、どうしてか現在、僕はガーネットとアベリアの乗ってきた委員会の車に押し込まれている。


「ねぇ、カエデちゃん。そろそろ離してくれないかな?」

「いーやーじゃー。どうせ離した途端に逃げる算段なんじゃろ?今日はワシとお泊りするって言ったのじゃー」

「そんなこと言った覚えはないよ。僕の発言を捏造しないでよ。後、おうちに帰ろうとしてるだけなんだから、逃げるとかそういう話じゃないでしょ」


 委員会は、どうやら魔法を使った後に疲労や怪我で動けなくなることも想定していたらしく、実際に動けなくなったカエデちゃんを引き取りに来たらしい。

 保護者の人とも話をつけており、しばらくは開発区の方で体調の様子見と、正式な魔法少女としての活動の為に色々と処理することがあるようだ。

 まぁ、そういうことならと別れを告げて、カエデちゃんを車へと押し込んだ後一人で秘密基地への帰還をしようとしたのに、先に入ったカエデちゃんにそのまま手を引かれて、変身解除をした魔法少女面々のいる車の中へと引きずり込まれたのだ。

 外に出ようにも後部座席の真ん中へと押し込まれてしまい、寝っ転がったカエデちゃんの頭が膝上へと乗せられる。そんな身動きが取れない訳の分からぬ状態のまま車を出され、そのまま紅姫の家まで向かうと言われたのだが、僕が同乗する必要がどこにあるのだろうか。第一僕は部外者だ。

 魔法少女の指示に基本的には従うように言われているだろう運転手のおじさんも、初めは言いあいをしている僕らに困ったような目をしてどうしようかと躊躇していたようなのだが、頼みの綱でもあるはずの紅姫まで悪ノリし始めてしまったせいで形勢は決まり、こうしてドナドナされている。


「今日は暇じゃとゆっとったじゃろ。なら、このまま紅姫の家でお泊り会でもいいじゃろうが」

「いや、僕にだって帰るおうちがあるんだよ?いきなりそんな事言われても、家族が心配しちゃうよ」

「むぅ・・・。ダメか・・・」


 僕の言葉を受けたカエデちゃんはしょんぼりとしてしまう。

 僕を待っている家族などもきゅしかないし、多分心配などする事はないだろうが、それでも普通の魔法少女らしく取り繕う事はしておく必要はあるだろう。


「いつも深夜から早朝に活動している奴が、今更何言ってんだ。どうせお前も昔のアタシみたいに家から抜け出してる口だろ、不良少女。それに、メープルんとこからここまで来るのにどんな魔法を使ったのかは知らねぇが、普通に考えて魔法力が枯渇してもおかしくねぇぞ?その上、さっきまで救助やメープルの保護に魔法を使い続けてんだ。大人しく今日は、ウチに泊ってけ」

「いやいや、僕は大丈夫だよ。あんな程度じゃなんともならないし」

「ガキが何遠慮してんだ。どうせメープルもアベリアも泊るんだから、今更一人増えたところでどうともならねぇぞ」

「そういう問題じゃないんだけど」


 紅姫自身が家から抜け出して放浪していた時期があるだけに、こういった話には敏感なのかもしれない。変身を解除した姿もなんだかサバサバしていて、姉御気質を感じる。

 とはいえ、僕は彼女の想像しているような不良行為に走っているわけではないのだが。


「あんまり無理を言ってはいけないよ紅姫。彼女にだって色々と事情があるのだろう?可愛い娘さんをこんな時間まで連れまわしては、いらぬ心配させてしまうよ」


 見かねた運転手のおじさんが、前方に注意しながらも助け船を出してくれる。いいぞ、おじさん。かっこいいぞ。


「親父はコイツの事知らねぇだろ?コイツは頼る仲間がいないからって、何でも一人でやろうとする阿呆だぞ。こうやって強引にでも誘うくらいがちょうどいいんだって」

「人を友達がいない奴みたいな紹介はしないで欲しいんだけど。ん、親父?」


 助手席に座る紅姫と運転手のおじさんを交互に見る。似てると言われれば似てるのかな?


「そこの冴えないおっさんはアタシの親父だ。どうだ、似てねぇだろ?」

「似てる似てないはともかく、僕の味方をしてくれるいいお父さんだと思うよ」

「ケッ。親父はブラックローズの味方すんのか。若い子にモテてよかったな、親父」

「い、いや。そんなつもりで言った訳じゃないんだよ?」

「可愛い娘さんだと口説いてたってお袋に言いつけてやる」

「ちょ、ちょっと?紅姫?話合えば分かるから、それはやめよう」


 僕の事について話をしていたはずなのに、どうしてか僕をほっぽり出して、親子で何やら言い争い?を始めてしまった。

 あの中に割り込むのもどうかと思い躊躇していると、ぐったりと頭を僕の膝に預けているカエデちゃんがカラカラと笑いながら膝を軽く叩いてくる。


「諦めるのも肝心じゃぞ?」

「はぁ・・・。しばらくは付き合うけど、そのうち帰るからね」

「仕方ないのぅ・・・」


 仕方ないというのは僕の台詞なのだが、敵ばかりしかいないここで言っても聞いて貰えないだろう。唯一の味方をしてくれそうだった人物は、娘への対応で忙しなく頼りにならなさそうだし。

 カエデちゃんの言う通り、諦めるのも肝心だという気持ちで心を落ち着かせ、代わりに、いままで現実逃避にも近い心情で視界から外していた、僕の敵か味方かも分からないもう一人の魔法少女に話し掛ける。


「えっと・・・メイちゃん、楽しい?」

「はいー!」

「そう・・・それはよかったよ・・・」

「はいー!」


 カエデちゃんとは逆の椅子にお人形のように大人しく座りながら、ニコニコと僕達の話を黙って聞いていたメイド服を着ている子へと話しかける。

 メイドの子、魔法少女アベリアは、特徴のあるメイド服のおかげで一度ローズの姿で会っただけにも関わらず印象強く覚えていたのだが、変身を解除した姿も、形や様式は違うもののメイド服を着こんでいた。日本人ではないだろう西洋風の容姿も相まって、こうして大人しく座っている姿は本当に等身大のお人形のようなのだが、出会ってから今の今まで、何故か僕の手をずっと握っている、

 ブラックローズとして会うのは初めてなので、車に引きずり込まれてから初めましての挨拶をしたのだが。


「えーっと、ブラックローズさん、ですよね?」

「そうだよ。君は誰かな?さっきまで色んな人達を助けてた子だよね?」

「はいー。わたくしは、魔法少女アベリアともうしますー。メイって呼んでくださいー。それで、あのー・・・。おねがいがあるんですけどー・・・」

「ん?なにかな?」

「あくしゅしてくれませんかー?」

「はい?」


 といったやりとりがあった。

 どうやら詳しく聞くと、前々から僕のファンだったらしく、握手して欲しいというのもそういった事からくるものらしい。

 まさか、僕のファンであるという人物がいるのも驚いたが、それが同じヒーローの口から出てくるなんてまさに目から鱗だった。

 期待に満ちた瞳でお願いをされしまっては、ヒーローたるもの、ファンサービスはすべきだろうと快諾したのだが、何が楽しいのかそのままずっと握り込まれてしまい、今に至る。

 僕のファンであると自称するからには味方であると思いたいのだが、こちらの話が終わるまで順番待ちのような体勢を取りながら、逃げられないようにこうして手を握り続けているあたり、かなり強かな性格をしていると言えよう。

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