後方支援者

「こんばんわ、ガーネット。遅い到着だったね」


 こちらを見つけた瞬間に魔法を使い、建物の壁面をまるで駆け上がるようにして登ってきたガーネットに、取り合えずの挨拶をする。

 身長差もある為、見下ろすようにこちらに近づいてくる彼女には、相変わらず身長も高く美人さんだなぁといった感想が先に来る。

 あまり近づかれると見上げなきゃいけなくなってしまい首が痛いので程々の距離を開けて欲しいものだが、そんな些細な願いも叶う事なく、ほとんど密接に近い距離まで彼女は歩みを進めてきた。頭一個分くらいは身長差があるのだから、ちょっとは配慮して欲しいのだが。

 魔法少女学校以来の再会だろうし、親睦を深めるべきなのかしかし、どうやら目の前の少女は僕の挨拶が気に入らなかったようで口をへの字にしているのだが、そんなに睨みつけられても何も出ないぞ。遅いと言われたことに対して不満があるのかなとも思ったが、何も言わずにむすっとしているのでにっこりと笑顔で迎えてあげると、両手でいきなりほっぺを掴まれて引っ張られる。


「おい黒いの!!お前いつになったら委員会に入るんだよ!!この前会った時は入ったっていってたじゃねぇか!!嘘をついたのはこの口か!?」


 この前に魔法少女学校で出会った時の事を、今更蒸し返された。彼女の訴えたい思いが手からほっぺに伝わってくる。

 痛くない様に手加減はしているのだろう。上下左右へとほっぺをぐりぐりとされるが、強い言葉から伝わる圧とは裏腹に軽く抓まれている感触だけしか感じない。

 とはいえ、されるがままというのも面白くないので、いつまでも抓んで離す気のない彼女の手を振り払う。


「委員会に入ったなんて一言も言ってないよ。あくまで君の言葉に対して肯定も否定もせずに濁しただけだし、ガーネットが勝手に勘違いしただけでしょ」

「テメェ・・・。メープルみたいな屁理屈言いやがって・・・」


 舌打ち混じりに悪態をつかれたが、それでもメープルと一緒にされるのは心外だ。僕は彼女程突拍子もない発言や行動をした覚えはない。

 いまだ不満が燻っているようでぶつぶつと何か呟いているが、一回息を吐ききると気を取り直したのか、現在の状況について問いかけられる。


「そんで。テメェがここで呑気に突っ立ってるって事は、『ワンダラー』の討伐は終わったんだよな?その割には悪意がぽつぽつと感じられるが。それと、メープルの姿が見えねぇが、奴はどこいったんだ?」

「いや、まだ戦っているとこだよ?」

「はぁ!?」


 遠目に見える戦闘中のメープルを指さして場所を伝える。すると、それを確認したガーネットは大声を上げた後に僕の胸倉を掴んでくる。


「オマエが監督するって言う話じゃなかったのかよ!?」


 先ほどとは違い力を込めて肩を掴まれ、ガクガクと揺さぶられる。初心者を一人で戦わせていることにご立腹らしい。

 本当だったら傍についてあげた方がいいとは思うのだが、僕にだって言い分があるのだから話を聞く前に行動に移さないで欲しい。


「まぁ、落ち着いてよガーネット」

「落ち着けるか!!メープルが怪我をしたらどうするんだ!?アイツが怪我をしないようにするの為に頼んだんだろうが!オマエみたいに頑丈じゃないんだぞ!?」

「いや、僕だって悪意に対してはそんな頑丈じゃないよ。それに、きちんとメープルのことだって守ってるって」


 彼女の肩をタップして、もはや持ち上げている状態にまでエスカレートしている行動を鎮火させるために動く。

 それに気づいたのか揺さぶるのを辞めて降ろして貰えるが、僕の柔肌に跡が残ったらどうしてくれるんだ。


「君と最初に出会った時にもこんなことがあったような気がするなぁ・・・。僕が頑丈とはいえ、あんまり乱暴されると壊れちゃうよ?」

「うぐっ・・・。すまんかった・・・。だが、オマエだって悪いだろ。サファイアからは一応の話は聞いたから、オマエのやり方でやるって事も聞いてるが、それでもメープル一人に戦わせるなんてスパルタが過ぎるぞ。こんなところにいたんじゃ、いざという時にアイツを助けることだってできねぇだろ?」


 流石にバツが悪くなったのか、気まずそうに目をあちらこちらへ散らしながら謝ってくるが、それでも、視線を戻した後にはその深紅の瞳で真っ直ぐと見つめ、僕がメープルの傍にいないことの追求をしてくる。

 まるで僕がここでただ観戦していただけかの言いようには異議があるので、それを証明する為にも、片手で弄んでいる魔法の銃をちらつかせる。


「ここからなら視界だって取れるし、僕の魔法は即着で外れることがないから助けるのは造作もない事だよ。3フレーム?程度なら容易に反応できるし、問題ないよ」

「3フレーム?なんだそりゃ」


 僕もよく分かっていない単位だが、ゲームをしている人間なら一般的に使うとメープルが言っていたので使ってみたが、予想に反して首を傾げられてしまった。

 おのれメープル。まったく一般的な単位じゃないじゃないか。


「まぁ、一応ここから監視してるってことは分かった。だがよ、別に近くで助けたっていいじゃねぇか。なんでかってこんなとこにいやがるんだ」

「委員会の魔法少女だと思われるのは都合が悪いんだよ。こうして君と話してるのも、あんま見られたくないしね」

「相変わらず一匹狼気取りかよ・・・。どうしてそこまで野良でいたがるかねぇ・・・」


 一人でいるのが好きなんじゃなくて、一人の方が都合がいいからだ。

 それに、野良でいたからこそガーネットとメープルの争いに介入出来たし、普段から魔法を躊躇なく使えるとも言える。


「メープル一人に戦わせているのは確かだけど、僕が手出ししたら彼女の為にもならないよ。やろうと思えば、あのくらいの大きさの『ワンダラー』なら魔法一つで消滅させられるからね。メープルの実地研修だからって手加減しようにも、僕が弱らせた『ワンダラー』を相手に「はい、どうぞ」じゃ味気ないし、なんの訓練にもならないでしょ?」


 見学をするだけならばそれでもいいかもしれないが、今日の目的はメープルが『ワンダラー』と戦えることを証明する事だ。僕が出しゃばるのは最終手段でしかない。


「それに、これでも僕はさっきまで人助けをしてたんだからね?優秀なヒーロー達が沢山いるけど、それでも『ワンダラー』の近くまで接近するのは危険だし。頑張ったんだから」


 本当に頑張ったのだ。

 人体の扱いなんて知らないし、壊れ物を扱うように運ばなければいけず、そして迅速に事を進めなければいけなかった。ぶつけるのは恐ろしいなんてものじゃないし、風で凍えさせたら体調も悪化させるだろうし、患者を救急隊員に渡すのにも神経を使った。僕は基本的には自分から話しかけるようなタイプじゃないのだ。

 そんな状態でメープルの状況も確認し続けなければならなかったので、現時点で精神的にはどっぷりと疲労状態だ。精神も超人であって欲しかったと思ってしまう。


「悪かった、悪かった。そんじゃ、メープルは問題ないってことなんだな?」

「ご覧の通り、一度も『ワンダラー』に触れる事なくピンピンしてるよ。前々から考えてたんだろう作戦も嵌ってるし、魔法の扱いも上手だよね。このままなら危なげなく勝利できるんじゃないかな」

「よくまぁ、この距離でしっかりと確認できるな」

「ヒーローは超人だからね。って、あれ?」

「ん?どうした?」

「いや、『ワンダラー』が逃亡を始めたみたいだね」

「はぁ!?」


 我武者羅に突撃してくる『ワンダラー』に対して、カボチャと自身の立ち位置の交換する事で回避と攻撃を同時に行ったメープルだったが、その後何やら動きに精彩を欠いていた。

 どうしたのだろうと思った瞬間、『ワンダラー』が身の危険に耐えきれなかったのか逃げ出してしまった。

 とはいえ、背中を向ける敵を屠るのは難しい話ではなく、これで決着かと思ったのだが、メープルはどうやっても『ワンダラー』を捉えることが出来ず、必死で追いかける形となってしまった。


「ナイフの回収も出来てないみたいだし、魔法力不足になっちゃったのかな。結構余裕そうに見えたんだけど、ツメが甘いなぁ」

「ンな事言ってる場合か!!オマエが動かなくても、アタシは助けにいくからな!?」

「どこまで逃げようとも、ここからでも引き金一つで倒せるよっ・・・って。行っちゃったよ。人の話を最後まで聞かないんだから、もう・・・」


 言うが早いか、猛ダッシュで屋外を駆け下り、そのままメープルの元まで向かってしまった。

 焦る気持ちは分かるが、最早悪意も欠片しかない状態まで削られた『ワンダラー』など、ネズミみたいなものだ。触れたら危険なのは変わりないが、避難が済んでいる今、どれだけ逃げようが被害の拡大の心配はなく、檻の中でゆっくりと追い込めば済む話だ。


「まぁ、仲間のピンチに駆け付けるヒーローというシチュエーションは王道だし、これはこれでありかな」


 『ワンダラー』の逃げ道を塞ぐように赤い炎を建てた少女と、渾身の力で敵を打ち倒した魔女っ娘の姿を楽しみながら、ゆっくりとそちらへと向かう。

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