野良猫の手も借りたい

 とりあえず、彼女が電話をしている間にもきゅから貰った教科書を読み、魔法少女の基本的な魔法と戦術を復習する。

 正直、僕の戦い方なんてセオリーから外れた使い物にならないものでしかなく、それを彼女に教えたって無意味でしかないので、そういった意味で教導は最初から諦めている。あくまで僕がするのは彼女の支援と、無事の確保だ。

 じゃあ何で読んでいるのかと言われれば、単純な暇つぶしと、後はメープルがまともに『ワンダラー』に立ち向かえるかの判断基準として使えると思ったからだ。

 メープルは座学が終わっていると言っていたので、この教科書に書かれているような事項は頭には入っているだろうが、『ワンダラー』を目の前にしたら頭からすっぽ抜けることも考えられる。というか、僕も最初の戦闘の時は、がむしゃらに剣を振り回していた気がするので、座学と実戦はやはり違うものだ。そうなってしまった時に、僕がどのタイミングで介入するかを見極めなければいけない。

 仮に、彼女が『ワンダラー』を制することが出来ず、自身の力量不足によって心に傷を負ってしまうのは仕方ないにしても、手伝うと言ってしまった以上、『ワンダラー』によって害されるということは許すわけにはいかない。

 まぁ、委員会から許可が出なければ全くの無駄であり、そして許可の降りる可能性は極端に低いとも思っているので、こんな考えは杞憂に終わる可能性もあるのだが、転ばぬ先の杖という奴だ。


 テスト前の一夜漬けのような心境で教科書をパラパラとめくっていたのだが、メープルが電話に向かってからしばらくした後、僕のマジフォンにサファイアから着信が入る。彼女からの電話はあまり珍しいものではないが、このタイミングということはメープルに関連した話だろうか。それにしては早いな。

 あまりにも早い連絡に疑問を抱きながらも、受話器のキーを押す。


「はい、もしもし。可愛い可愛い世界一の美少女です」

「こんばんは、ブラックローズ。サファイアです。先程メープルから委員会に話がありました。『お友達』が手伝ってくれると言葉を濁していましたが、貴女の事ですよね?全て許可が降りましたので、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 電話を受けて早々、僕のボケをスルーしてサファイアが要点だけ簡潔に話す。

 いつも丁寧な彼女らしくなく口早に言葉を重ねてくるが、普段よりも焦っていることが電話越しに聞こえる呼気からも伺える。

 メープルには僕がここにいるのは内緒だと約束させてしまったので、はっきりと僕の名を告げる事を躊躇ってしまったようで、『お友達』と濁した言い方をしたらしい。僕が電話してくるように言ったのだし名前を出しても良かったのだが、まぁ約束を守れるのはいい事だ。


「いいのかい?こんなどこの馬の骨とも分からない奴に任せちゃって」

「問題ありません。貴女の事は信用していますし、何かあれば私が責任を取ります」

「そりゃまた、過分な評価だね」


 そこまで過大評価をされてしまうと、いざヘマをした時に顔向けできなくなるので、あまり期待はしないで欲しいのだが。

 そもそも、サファイアから僕への評価など、地べたを這いずっていてもおかしくなさそうなのだが。


「私の一方的な評価ですので、気にしないでください。それに、今は形振り構ってはいられない状況なんです。最近、『ワンダラー』の活動が非常に活発なのはご存じかと思いますが、本日だけでも4体、現在でも2体の同時出現が確認されています。これが異常事態なのか、それとも本格的に『ワンダラー』が活動し始めたのかは分かりませんが、正直この状況が続いてしまえば、経験不足の魔法少女でさえ一人で戦わせてしまう事にもなりかねません」

「結構悪い状況なんだね」


 改めてマジフォンを確認してみるとサファイアの言う通り、表示されている『ワンダラー』の赤点は開発区の南区と北区の2か所に付いている。先程はちらっと見ただけだったので気づかなかった。

 しかしながら、最近『ワンダラー』が増えているなぁとは思ったが、今日だけで4体出現などと確かに異常だろう。

 こんな状況でメープルを連れて行ってる場合じゃないとも思うが、彼女が言い出さなければ討伐に行く気すらなかったので今更ではある。

 それにサファイアの言う通りこれが平常となってしまえば、メープルは今以上に厳しい状況で戦わざるを得なくなるかもしれない。


「そうですね。私達が四六時中戦えればいいのですが、魔法力の回復すら追いつかない状態でして。恥ずかしながら私も動くことを止められています」

「回復が追いつかないって・・・。きちんと休んだ方がいいよ」


 いつ寝てるのかといつもながらに思っているが、当然あれだけ働けば魔法力だって枯渇してしまうだろう。そもそも彼女の場合、魔法や魔法力を無理やり使って動いてそうだし、まるで社畜戦士を見ているようで思わず顔が引きつってしまう。まぁ、ヒーローの労働条件なんてブラックそのものだろうが。


「分かってます。本来ならこんな時に休んでいる場合ではないのですが、今も委員会の方に目を付けられてしまって動けませんし、歯がゆいですが仕方ありません」

「本当に分かってるのかね・・・。僕にどうこう言う前に、君も誰かを頼ることを覚えた方がいいと思うよ」


 見守るしかない状況に焦れるのは分かるが、魔法力の枯渇した魔法少女など一般人と変わらないのだから、養生して欲しい。

 僕の言葉にぐうの音も出なかったのか、一度言葉を詰まらせた後に諦めたようにサファイアが言葉を吐く。


「そう、ですね。それでは、今回は貴女を頼ってしまっても、よろしいでしょうか?」

「メープルからもお願いされちゃったしね。まぁ、無理をしない程度にやらせてもらうよ」

「ありがとうございます。貴女がいつも、戦っている魔法少女を見かけた時のようにしていただければ、問題ありませんので。そうしましたら、北区に出現している『ワンダラー』をお願いできますか?ガーネットが今も向かっている所なのですが、彼女もまた、万全な状態とは言い難いので」

「いつもしているようにって、いつ僕の事を見てるのやら・・・。まぁ、いいや。それじゃ、急いで向かう事にするよ。君も、自分の身体を大事にね」

「気を付けます。ブラックローズ、魔法少女を、よろしくおねがいします」


 委員会からの許可は出たので電話を切り、現場へ向かう為に準備を始める。

 マジフォンで座標の確認をするが、北区の『ワンダラー』は徐々に移動をしているようで、まだ魔法少女が対応できていないのが分かる。

 普段なら、ちょっとくらい被害があった方が世間もヒーローの必要性を改めて感じるだろうし、喉元過ぎずに熱さを感じるくらいが調度良いといった邪な考えを持っていたりするので、全速力で向かうような事はしないのだが、頼まれた以上は全力を尽くすべきだろう。


「メープル!準備できたならいくよ!」

「いま向かうのじゃ!」


 部屋の外へ出て行ってしまったメープルを呼び戻すと、待ってましたとばかりに部屋中へと飛び込んでくる。

 嬉しそうな顔を見るに、保護者の方からの許可も降りたようだ。


「おじいちゃんにはちゃんと伝えた?」

「うむ。前々から魔法少女がどういう事をするかは伝えておったし、ワシがしたいことも分かっておるので、頑張れとだけ言われたわい」

「そう。それじゃ、『ワンダラー』討伐に向かうとしましょうかね。さっきも言ったかもしれないけど、君が戦えないと判断した時は、その時点で君の出番は終わり。僕でも手に負えない相手だった場合も、有無を言わさず逃げるから、そのつもりでいてね」

「わ、分かっとる・・・。死んだら、おしまいじゃからな・・・」

「分かってるならいいよ。それで、今から移動をする訳なんだけど、何をするかは企業秘密なので目を瞑ってね」


 メープルにそう伝えると、彼女は両手で目を覆って何も見えないようにしてくれるが、ワープで移動すると上空から登場するため両手は僕を掴んでいて欲しい。

 仕方ないのでお姫様抱っこの体勢を取って、彼女の顔を胸に押し付けるようにして周りを見させないようにする。


「わわわっ!?」

「はいはい、落ち着いて僕を掴んでね。ちゃんと大人しくしてないと、途中で置いてっちゃうかもよ?」

「わ、分かったのじゃ・・・」


 メープルが僕の服を掴みながら、丸まるように胸中に収まる。

 景色が突然変わるのもそうだが、ワープ直後に上空で暴れられるのも困るので、しっかりと抱えて落とさないように気を付けなくてはいけない。

 彼女がしっかりと密着しているのを確認してから、『ワンダラー』の元へとワープをする。

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