信用度勝負で少女に勝てるわけがないだろう

「誰から私の事を聞いたのかしら?アイリスという名前は、もう使ってないものなんだけど?」

「あー・・・。あんまり警戒しないで欲しいんだけど。取り合えず、銃から手を離さない?」

「私の質問に答えてからなら、考えてあげる」


 両手を挙げて、こちらは何もする気はないというアピールをするも、彼女は警戒を解く様子は見せず、銃に手を掛けながらこちらを睨みつける。流石に銃口を向けられたらこちらも対処せざるを得ないので、是非ともそのままの体制でいて欲しい。


「魔法少女連盟から、魔法少女アイリスを見かけたら保護するか、もしくは知らせるようにってお願いされてるんだよ」

「連盟?委員会とはまた違う所なのかしら?研究所の奴らじゃないでしょうね?」

「魔法少女連盟っていって、委員会の上に位置するって言えばいいのかな。日本の組織が委員会で、世界の組織が連盟だと考えればいいと思うよ。その連盟の盟主である魔法少女エンプレスから、君の事を一応頼まれたんだよ。研究所ってのは予想がつくけど、君の事情も聞いてるからそっちの心配は大丈夫だよ」

「そう・・・エンプレスから・・・」


 エンプレスの事を知っていたらしく、彼女の名前が僕の口から出たことで警戒を解く。銃から手を離した少女は、聞いた話を整理するためか腕を組んで考え込み始める。


「ニーナ・フローレンスの指名手配についても対処が終わったそうだから、気にせずに連盟まで亡命できるってさ」

「指名手配を?そんなことできるの?」

「まぁ、気になるなら後で確認してみるといいよ。それで、どうする?僕がエンプレスの元まで送っていくこともできるけど。まぁ、僕の言ってることが疑わしいなら、それを確認してからでもいいし」

「いえ、問題ないわ。元から、私は亡命という手段を使うつもりはないの。だから、おつかいをさせて悪いんだけど、エンプレスにそう伝えてくれる?」


 ある程度考えがまとまったのか腕組を辞めてこちらへ向き直ると、エンプレスの提案には乗らない意思をアイリスが伝えてくる。


「いいの?君の障害となるものは、全部取っ払ったみたいだけど」

「えぇ。私はまだやることがあるの。エンプレスの元だと、それは難しそうだからね」

「そっか。まぁ、それ以上は僕が何か言う事でもないだろうし、気が変わったら魔法少女学校に向かえばいいと思うよ。エンプレスに報告だけはしておくね」

「ありがとう。それを伝えてくれるだけで大助かりよ。それじゃ、夜も遅いし私は失礼するわ。また会えるといいわね」


 いうが早いか、彼女は別れの挨拶に手を振るジェスチャーを添えると、そのまま何処かへ走り去っていき、瞬く間に闇夜へと消えていった。

 連盟に亡命しないということは、このまま野良の魔法少女として生きていくのだろうか。新たなライバルの予感がするが、取り合えずこの件はエンプレスに投げ返せばいいだろう。

 悪意によって倒れていた人たちも正気を取り戻したようで、電話をして警察や救急車を呼ぶ人や、帰路につく人たちがちらほら見える。

 当初の目的であった『ワンダラー』がアイリスによって討伐されてしまった以上、ここにいる必要もないし、警察とかに見られても面倒なので、僕も家に帰ることにしよう。


「あの、ちょっといいかな?」

「ん?」


 誰にも見られない場所までアクセルで移動する為に、青いカードを袖から出そうとしたときに、声を掛けられる。

 目を向けると、そこには黒いスーツでぴっちりと身を包んだ、風貌的に日本人ではなさそうな、中年に差し掛かった年齢くらいの人がこちらへ寄ってきていた。


「何か用?」

「いや、お礼を言おうと思ってね。あの怪物に襲われたときはどうなるかと思ったけど、君たちのおかげで助かったよ。ありがとう」


 先ほどまで悪意に苦しんでいた人とは思えないくらい、早口でまくしたてられた。おしゃべりが好きなのかは分からないが、聞いてもいないことをペラペラと喋り出して圧倒されてしまう。世間話がしたいなら他所でやって欲しい。


「そうだ。さっきの少女はどこいったんだい?彼女にもお礼を言いたいんだけど」

「さぁ?わかんない」

「わからない?それじゃ、名前は?」

「それもわかんない」

「・・・仲間じゃないのかい?」

「さっき会ったばかりだし」


 アイリスはもう使ってないし、ニーナ・フローレンスという訳にもいかない。なんて呼ぶのが正解なんだろうか。


「そう、なのか。それじゃ、仕方ないね。そうだ、君の持っているその石。それに興味があるんだ。是非買い取らせてくれないかな?」


 男は、初めからちらちらと見ていた僕の手に持つ魔石を指しながら、まるで今気づいたかのように反応してまくしたてる。


「価値があるものというのは分かる。だが、お金ならあるんだ。ほら、この通り」


 男が手に持つ黒い鞄を開くと、そこには目一杯の札束が詰まっていた。なんでそんなもの持ち歩いてるんだ。


「日本円で1千万円渡す。これでその石と取引しよう。委員会に持って行っても200万円も届かない石がその5倍の値段だ。どうだ、お得だろう?」

「やだ」


 5倍の値段というならば確かにお得なんだろうが、お金には困っていないし、そもそも怪しすぎる。

 委員会の存在を知っているのは、まぁテレビで報道されているので100歩譲っても分かるとしても、魔石の存在やその相場を知っているのは、明らかにおかしい。

 そもそも、こんな場所で取引しようなんて持ちかけている時点で、怪しさは満点だろう。1000万円の取引なんて、税務署が黙ってないぞ。

 僕が魔石を渡さない意思を覆さないと分かったのか、男の形相が怒りを含む歪んだものになり、脅しかけてるように声を低くする。


「そうか。実は私は警察の人間でね。その石は非常に危険な代物だから、回収するように言われてるんだよ。君がそれを渡さないというのならば、危険物を所持している疑いで逮捕するしかなくなってしまうね。そうなったら、君は犯罪者だ。当然、魔法少女なんて続けられなくなるし、君のご家族も悲しむだろうね。今なら許してあげるから、その石を早く渡しなさい」


 お金での取引に失敗したら、今度は自分を警察だと名乗り脅迫に来たぞ。

 こちらを子供だと侮っているのだろうが、誰がそんなのに騙されるんだろうか。いや、子供なら力を持ってても怖いものは怖いか。

 しかし、大人の僕にとってはそんなもの茶番でしかなく、どんなに怒った顔をしようが『ワンダラー』に比べれば案山子でしかない。

 ここにいても、ただイラつかせられるだけだろうし、ギャーギャーと騒ぎ立てる男を無視してさっさと家に帰ろうとするのだが、鬼ごっこの鬼がとうとう追いついてきてしまった。


「ブラックローズ、何を騒いでいるのですか」

「サファイア、言いがかりは辞めてくれない?僕がどう騒いでいるというんだい?」


 男の後ろから、息を乱しているサファイアと、絶え絶えになっているクォーツが現れる。サファイアはまだ余裕がありそうだが、クォーツの方は休ませないと倒れそうになっている。

 開口一番に棘を刺してくるのはどういう了見だと言いたくなるが、しかしまぁ、丁度いいと言えば丁度いい。面倒なことは委員会に丸投げが一番いいだろう。いつも通りだ。


「サファイア。そのおっさんの事は後よろしく。僕は帰るから」

「待ってください!せめて状況を説明してください!」


 とは言われても、なんて説明すれば分かって貰えるんだろうか。

 魔石を欲しがる面倒なおっさんに絡まれたという状況なのだろうが、それを言っても理解できないだろう。

 一つ一つ説明するしかないかと諦めて、サファイアへ事情を話そうとしたとき、男が大声で喚き立て始める。


「この女が、俺の大事な車を壊したんだ!それに、助けてやったんだから金を寄越せって言い始めたんだ!お前ら魔法少女ってのは、一般人に向かってそういうことをするのか!!?力があれば、なにやってもいいっていうのか!!?」


 この場にいる誰もに聞こえるような大声で怒鳴り散らしながら、あることないこと――全部ないこと、を捏造し始める。

 周りの人々は、突然騒ぎ出した男の方を向き、何が起きたのかと男の話を聞き始める。


 この感覚は知っている。

 これは、明確な、悪意だろう。

 『ワンダラー』なんて存在よりも不快で、醜悪な、悪意を、その男は撒き散らし始めた。

 敵だ。こいつは、ヒーローの敵だ。


 話を聞いたサファイアは、いつものように眉をひそめて睨みながら、声色を堅くしながら問いかけてくる。


「本当に、そんなことをしたのですか?ブラックローズ」

「そんなわけあるかいな」


 そもそも魔法少女なら金に困るなんてことがないことは、魔法少女を知っている者だったらよく分かるだろう。

 もっと言えば、金が欲しいなら銀行強盗でもした方が効率がいい。誰にも気づかれず、どんな方法か悟られず、正に魔法のように金を奪い取るなんて簡単すぎて欠伸が出る。

 とはいえ、魔法少女をよく知らない人たちにとっては、魔法少女という力を突然持った存在がお金欲しさにその力を振るうという事が、ないとは言えないと考えるだろう。

 目の前の小物はヒーローの明確な敵であり、排除するのに躊躇う必要もない下劣な存在だが、衆目のある中で力を奮うのは印象が良くないだろう。

 最近では影のヒーローになってしまっている僕だが、表のヒーローとして活躍するには、できるだけ悪評という物は避けておきたい。

 まぁ、こういう時は目には目を、歯には歯を、だろう。

 出来る限り大きな声が出るようにお腹に力を入れて、目の前の愚物よりも響く声で泣き叫ぶように訴える。


「このおじさんが、お金あげるから服を脱げって!!!」

「はっ!?そんなこといってぐううぇっ」


 反論しようとした男のみぞおち辺りを、誰にも認知することの出来ない速度で蹴る。

 速度の割りに軽い力で蹴ったものの、その結果激痛が走ったであろう男は言い出そうとした言葉を続けることが出来ず、息を荒げて声にならないくぐもった悲鳴を上げる。

 男が息を整えている内に、反撃の機会を与えない為に間髪入れずに追撃の手を出す。


「裸になって、イイことしようって!!!わたしが、嫌だって言ったら、突然怒り出して!!!俺は警察だから、服を脱がないと、逮捕するって!!!」

「い、いっでない。ぞんなごどいっでない・・・!」


 お腹を押さえながらも必死に否定をする男だが、そんなか細い声じゃ聴いてくれる人は誰もいないぞ。腹から声だせ。

 初めは男の主張に物議をかもすようにざわついていた人達だが、可愛い美少女のいたいけな主張を聞いた途端に男に向けて殺気立ち、まるで汚物を見るかのような視線で針の筵とし始める。

 まぁ、こんな胡散臭い男と、見た目はまるで小学生の女の子を比べた時、どちらの味方をすべきなどと考えるまでもないだろう。

 とはいえ、僕の言葉は完全に後出しなので、それでもまだ疑う心を持つ方はいるだろう。ということで、とどめに男が持つ鞄を思いっきり蹴り上げる。

 男の腹を蹴った時よりもかなり強く蹴り上げたため、大量の札束が入った鞄は空高く舞い上がり、紙幣のシャワーが周囲へと流れ落ちる。

 持ち歩くにしては明らかに異常な量の紙幣が飛び散る光景を見た人達は、男への疑念を確信に変える。

 イメージというのはとても重要だろう。

 例えこれだけのお金を持ち歩く必要が本当にあったとしても、先ほどの僕の言葉を聞いた後だと印象が悪すぎる。

 真実がどうであれ、今ここにいる人たちにとっては、大金をチラつかせて小学生の身体を求めた上に、すげなく断られて逆切れする、人間社会の敵だ。

 彼の社会的な死は、決定された。

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