悪意に打ち勝つ

「お酒っておいしいねー。今度から気分が落ち込んだ時は飲もっかなー」

「やめとくっきゅ。まだマシな方だけど、それでも確実に酔いが回ってるっきゅ」


 もきゅが半分呆れて、半分心配してこちらを覗き込んでくる。

 とはいえ、別段自分が何をしてるかすら分からない状態というわけでもなく、意識だってはっきりしている。

 ただただ、気分に逆らわずに動いているだけだ。


「大丈夫大丈夫。ちゃんと自覚してるからー。それに、治そうと思ったら簡単に治るんでしょー?」

「しっかりと意識すれば、魔法力を使って治すことは簡単っきゅ。まぁ、怪我を治したり、力を込める時とあんまり変わらないっきゅ」

「なら問題ないねー。別に泥酔してるわけじゃないしー」

「酔ってる人は酔ってないって言うってよく聞くから、全然信用ならないっきゅ」


 疑いの眼差しを向けられるが、別段嘘を言っているわけじゃない。

 もちろん、気分が浮ついている事は事実なので否定しないのだが、間違いを犯すようなくらい脳内が真っ白になっているわけじゃないので、まったく問題ないはずだ。お酒サイコー。


 ブラックローズの雄姿が全く映らない映像に愚痴を零しながらも、なんだかんだ言いながらヒーロー達の活躍の数々をもきゅと共に楽しんでいると、ピピピッとマジフォンのアラームが鳴り出す。こんなめでたい日でも『ワンダラー』は年中無休なのだろう。

 迷惑な上に仕事熱心だなんて、人間社会じゃ生きていけないぞ。


「ヒーロー達のお披露目という日に、間が悪い奴だなぁ。この僕が天誅を下してやろう」

「自分が目立たなかった気分転換に弱い者いじめっきゅ?」

「これこれ、もきゅ君。人聞きが悪いな。僕はヒーローだよ?悪を退治するのは当然じゃないか」

「どうみても八つ当たりにしか思えないっきゅ」

「八つ当たりだろうがなんだろうが、この世界に現れる方が悪いのさ」


 録画の設定が問題ない事を確認し、テレビの電源を落とす。名残惜しくはあるが、続きは後のお楽しみだ。


「録画は全部できてるはずだから、今度ゆっくり鑑賞会でもしようか」

「っきゅ。楽しみは少しずつ消化することにするっきゅ」


 さぁ待ってろ、空気の読めない『ワンダラー』。

 ヒーローが不届きものに正義の鉄槌を下しにいくぞ。






 座標に合わせてワープして跳んだ先は、僕も知ってるA区の寂れた公園だった。

 子供の少なくなってしまった西区では最早ほとんど使われることはなく、たまに人がいても休憩中の社会人しか見掛けないその公園は、日が落ちて暗くなっただけでは説明が付かない程の闇に包まれていた。

 『ワンダラー』の出現によって悪意が満ち、淀んだ空気に浸食されて空気が重くなる。

 異形の怪物がもたらす基本的な災害でありながら、その時は普段よりも更に強く、その害を撒き散らしていた。


「ねぇ、もきゅ。『ワンダラー』って同時に出てくることってあるの?僕が酔ってるわけじゃなければ、2匹いるように見えるんだけど」

「もきゅが知ってる中だと初めてのケースだけど、実際に目の前にいるってことはそういうことっきゅ。それと、君が酔ってるという事実は間違いないっきゅ」


 目の前にいる異形は、小型に分類される『ワンダラー』だった。

 最早「いつもの」とも言えるくらいには見慣れた敵ではあるのだが、それが2体同時ともなれば、流石に驚かざるを得なかった。

 まぁ、1体制限があるなんて誰も言ってないし、そんな人類に都合がよくはないだろうが、それにしたってどんな確率だよと言いたくもなる。

 もしかしたら物理的な攻撃手段を手に入れた『ワンダラー』のように、仲間を呼ぶという新たな攻撃手段を手に入れた可能性もあるが、そんなことを考えるよりもまずは目の前の敵を屠ることが優先すべきだろう。

 2匹が同時に出現していることによってより濃密になった悪意は、人体にとって更なる悪影響を与えることは想像に難くない。

 まずはその悪意を断ち切るのが、この場では一番人々の助けになるだろう。

 懐から魔法の剣を取り出し、銀のメダルを嵌めた後に地に深く刺して魔法を唱える。


「ホーリーケージ!」


 言葉に合わせて輝きを増した魔法の剣が、定義に従い魔法を放つ。

 地に刺さった剣を中央に四方へと線が伸び、頂点同士が結ばれ正方形の光の檻が出来上がる。

 浄化魔法『ホーリーケージ』は、指定した範囲を外と完全に区切り、防衛ラインを敷くことの出来る魔法だ。

 浄化魔法なので当然、悪意に対しての効果は有効で、いくら2匹いようがこの檻から出ることは容易ではないはずだ。

 僕の予想は裏切られることもなく、『ワンダラー』が放っていた悪意はその檻から一切漏れることがなく、また、怪物自身もどこか具合が悪そうに身体を身じろぎしている。

 怪物は、自らの障害となる檻を壊そうと触腕を伸ばしてぶつけるが、先端が檻に触れた瞬間に、まるでアルコールのように瞬時に蒸発する。

 苦悶に唸る『ワンダラー』は、この状況を作った僕にようやくと敵意を向け歪な腕を伸ばしてくるが、伸ばし始めた中ほどで、それを遮るように光の檻が新たに作られ一瞬で悪意を霧散させる。


「らくしょーらくしょー」

「まぁ、この程度なら酔ってても関係ないっきゅね」

「酔っ払いじゃないよー」


 学習能力が低いのか、もしくは自らの力に一切の疑いを持たないのか、『ワンダラー』は触腕を何度も振り回して檻へとぶつけるが、その程度で揺らぐ程甘いものではなく、攻撃の度に悪意が削れていき、徐々に身体を小さくしていく。

 真化した『ワンダラー』であれば、この状況でももしかしたら抜けてくる可能性もあるが、もはや触腕の再生すらままならない状態とあっては、そういった懸念は無用だろう。

 このまま放置していても勝手に自滅をしてくれそうだが、せっかくなので少し実験をすることにする。


「っと。2匹いるし、1匹は必要ないかな」


 数が必要なわけではないので、片方には残念だがすぐに消えて貰おう。

 どうせ早いか遅いかの違いでしかないので、てきとーにやってしまおう。

 剣を抜いて特に何も考えずに構え、『ワンダラーA(仮)』に向かい外さないようにだけ気を付けながらしっかりと縦に振り下ろす。


「喰らえ、縦切り!」


 特に魔法要素はないただの縦切りだが、正常な『ワンダラー』にすら通用した攻撃が、弱体化した『ワンダラーA』に効かない道理はなく、すっぱりと縦に瓦割りの如く真っ二つになる。

 半分になった『ワンダラーA』は次第に塵のように舞っていき、魔石だけ残して完全に消滅する。

 仲間意識があるのかは知らないが、隣で味方が消滅したことに動揺したのか、『ワンダラーB』は硬直して身動きを取らない。

 動かないのなら、これからする実験には非常に都合がよい。

 今からする実験は、悪意がどれだけ凶悪かを確かめるものだ。

 ただ存在するだけで、人々に様々な悪影響を及ぼす『ワンダラー』の悪意だが、魔法少女だって強い悪意に触れてしまえばそれに苦しむことになる。

 身近な例だと、クォーツがその悪意によって一時的に魔法少女を辞めることになり、自分自身を否定するもう一人の自分にいつも心を壊されていたという。クォーツだけでなく、沢山の魔法少女が『ワンダラー』に触れたことで悪意に苛まれることになったと聞くが、当然それは僕にも降りかかるものと考えた方がいいだろう。

 自分自身を否定されたくらいじゃ僕がヒーローを辞める理由にはならないが、それでも、余裕のあるうちに体験しておいた方がいいと思ったので決行することにした。


「ローズの場合、浄化魔法を使っていれば悪意に飲まれる可能性はほとんどないんだから、あまり気にする必要はないと思うっきゅ」

「いやいや。こういうのは後からやっておけばって後悔するもんだよ。僕は詳しいんだから」

「何の根拠も理論もない予測っきゅ・・・」

「それじゃ、ちょいとお身体に触りますよー」

「せめて酔いだけでも醒ますっきゅ。おーい」


 まるでヘドロのようにドロドロの身体に触れるのは、生理的嫌悪で顔が苦々しくなるが、男ならばここで退く訳にはいかない。

 剣をしまってから拳を握りしめ、深呼吸を一つした後、力を込めて思いっきり殴りつける。プロボクサーもびっくりの速度で振り抜かれた拳は、鈍い風切り音を放ちながら真っ直ぐに目標を貫く。

 「べちゃっ」とも「ぐちゃっ」とも表現できるような、気色悪い感覚が皮膚に伝わった瞬間、拳から放たれるエネルギーに耐えきれなかった『ワンダラー』が、体内で火薬に火を付けられたかのように爆散する。

 目の前で上がる汚い花火に目を引かれる間もなく、突然の強い不快感と立ち眩みに襲われ膝を付く。まるで世界がぐるぐると回っているような感覚が続き眩暈や吐き気が収まらず、ただただ深く呼吸をするしかできなくなった。


「はぁ、はぁ・・・。これが、悪意に襲われるって感覚なんだね・・・」

「悪意で酔いが悪化しただけっきゅ・・・。さっさと治すっきゅ・・・」

「いや、これを乗り越えてこそ、真のヒーローになれるんだ!」

「自分から症状を重くしてどうするっきゅ・・・」


 しばらく呼吸を繰り返すことで体調不良がある程度収まり、なんとか地に足を付けて立ち上がれるようになる。いまだ世界が少し回っている気もするが、これくらいならまったく問題はない。

 『ワンダラー』に触れた瞬間は不快感に襲われ、まるで世界全てが敵になったかのような、正に悪意を向けられたように感じた。

 きっとあの状態が続くことで、意識を失うことになったり、心に傷を負い病んでしまう子達が出てしまうのだろう。幼い子達に向けられるものとしては、あまりにも刺激が強すぎる。

 しかし、あの程度であれば、何度悪意に飲まれようが対処は可能だと思う。それが分かったのは、これから先いざというときに躊躇わずに済むので、大きな収穫だ。


「ふぅ。なんとか落ち着いたよ」

「意識して魔法力を使おうとすれば、不調も怪我くらいなら簡単に治せるって言ったはずっきゅ。アルコールだって同じで、毒だと思えばしっかり治すことが出来るっきゅ。わざわざ酔ったまま突っ込んだ上に我慢するなんて、そういう趣味でもあるっきゅ?」

「どんな趣味さ。やっぱヒーローなら、パンチやキックで敵を倒すものじゃん?だから、いざそういう時の為に備えて、今の内にどんな感じか試しておこうと思っただけだよ。それと、アルコールは毒じゃないよ、お薬だよ」

「中毒者みたいな事言わないで欲しいっきゅ・・・」


 ロマンの分からない奴め。

 パンチやキックはヒーローの基本だというのに、魔法が使えるからといってそれを疎かにしていい理由にはならないだろう。

 『ワンダラー』に触れるのは危険だという先入観のせいで、いままでそういった戦い方をしてこなかったが、次回からはもっとヒーローとして活躍することが出来るだろう。まぁ、あの不快感はあるだろうが。

 魔法があるのだからそれを使えというもきゅに、ヒーローとはなんたるかを説明していると、公園に向かってくる気配が2つする。


「ん。サファイアとクォーツが来たみたい。こんな日でも働くなんて、真面目ちゃんだねー」

「見てないのによく分かるっきゅね」

「段々とこの身体にも慣れてきたせいか、魔法力っていうのが感じられるようになってきたし、五感も鋭くなってきたんだよね」

「まるで悪役みたいな台詞っきゅ。これ以上強くなってどうするつもりっきゅ・・・」


 そんなこと言われたって、勝手に身体が強くなるのだから仕方ないだろう。

 魔法力はなんとなく感じられる程度なのだが、サファイアとクォーツの気配はもう覚えたので間違いないはずだ。

 別段用があるわけではないが、挨拶くらいはしておこう。

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