映画の脇役のような気分

 お酒を入れて身体がぽかぽかに温まり気分も良くなってきたところで、魔法少女達の活躍が沢山流れているテレビの方へと顔をしっかりと向ける。

 先程まで魔法少女達がどんなことをして人類を守ってきたかが解説していたその番組は、一通り話し終えたのか、今は魔法少女達が『ワンダラー』と戦っている映像へと移り変わっていた。

 こういった戦闘姿も、今となってはネットで探せば似たようなものはいくつかは確認できるので新鮮味自体はそこまでないが、しっかり編集をされていてかつ綺麗な部分を抜き取った、厳選されたモンタージュのような映像群は、ただ見ているだけでも思わず楽しくなってきてしまう。

 画面が何度か切り替わると、今度は見知った魔法少女の戦闘風景が映る。


「サファイアの戦闘姿って見たことないけど、やっぱり映像は結構あるね」

「あれだけ働いてれば、当然皆にも目撃されてるし知られてもいるはずっきゅ」

「そりゃそうか。初めは気づかなかったけど、魔法少女新聞にも前々から載ってたくらいだもんね」


 最初にサファイアと出会ったときは、いきなり詰問されたせいで他の事をあまり考える余裕がなかったが、よくよく見てみたら新聞や映像等で結構見たことがある子だったのだ。

 その時は、もしかしたら魔法的要素でジャミングが掛かっていたせいで気づかなかったのかもしれないが、最初の目撃情報から考えると日本の魔法少女の中では間違いなく最古参に近い子だろう。

 まぁそうでなくとも、昼夜問わずにあれだけ動いていれば自ずと人々の目に留まる存在ではあるだろうが。


「そういえば、どの映像も武器を使ってるようにも見えないけど、サファイアって武器なしで魔法使ってるのかな?それとも己の肉体が武器とかそういうタイプなのかな?」

「どういうイメージしてるっきゅ・・・。実際に見ないと正確なところは分からないけど、多分アクセサリーが武器になってるタイプだと思うっきゅ」

「ふーん。ああやって素手から魔法が出てるように見えるのもいいね。それに、サファイアの戦い方はなんていうか、お手本って感じがするねー」


 画面の中のサファイアは、『ワンダラー』を一切自由にさせず、一つ一つ相手の動きを潰しながら丁寧に戦っているのが分かる。

 最初に浄化の魔法を使って悪意を消し、動きを制限させながらまず相手の動きを見る。主な攻撃方法である触腕は、伸ばす度にひとつ残らず魔法の刃によって切り落とし、着実に悪意を削っていく。そして、悪意を大きく撒き散らそうとする瞬間に、浄化の魔法を強化つつ攻撃魔法を加えることで、『ワンダラー』は何もすることができず、それを何度か繰り返し最後には消滅することになる。

 使用している魔法は、初めに貰った教科書に載っている簡単なものしか使っていないはずなのだが、適切な対処法を組み合わせて使う事によってまるで作業の用に徹底的に全てを潰し、危うげない勝利をどれも飾っている。


「浄化して防いで、反撃して削り切る。周囲の安全にも気を配ってるし、まさに教科書通りの動きっきゅ。魔法少女達がみんなこれくらいできれば、真化してない『ワンダラー』なんてそのうち脅威じゃなくなるっきゅ」

「僕はもうちょっと派手な方が好きだなー。こう、魔法でバーンッて」

「好みで魔法や動きを選べるのなんてローズくらいっきゅ。普通は適正を重視するか、サファイアのように誰でも使えるような簡単な魔法を使うものっきゅ」

「そういうものかー。まぁでも、サファイアの戦う姿だけを見てたら、『ワンダラー』なんて大したことないって思ってしまいそうだよね」


 なにせ、本当に何もさせずに討伐をしているのだから、これでは近づくと気分の悪くなる木偶の坊でしかないだろう。

 一般の人だけじゃなく魔法少女達だって、この姿だけを見たら自分でも出来そうだと勘違いしてしまいそうだ。


「クォーツが、初めて『ワンダラー』を見たときは怖くて何もできなかったっていってたけど、こんな簡単に倒してる姿を見てたらそれも仕方なく思えるよね。理想の姿と現実との乖離が酷すぎるね」

「言うは易く行うは難しっきゅ。簡単そうに見えても、目を逸らさない度胸もとっさの判断力も必要になる技術っきゅ。お手本ではあるけど、誰でも真似できるようなものじゃないっきゅ」


 『ワンダラー』の放つ悪意による恐怖や、戦闘という経験も乗り越えなければいけないのに、ここまでのレベルを少女達に求めることは酷でしかないだろう。

 魔法少女委員会という組織のトップに位置するだけあって、腕の方も折り紙付きということだろう。まぁ、彼女が委員長たるゆえんの一番の理由は、強さよりも真面目さが勝っていそうだが。


「うーん、恰好いいね!姿勢もいいし凛としてるし。ただ、普通のカメラとかだとモザイクがかっちゃうのが勿体ないよねー」

「変身姿はそういう仕様だから仕方ないっきゅ。もきゅのカメラなら関係なく撮れるけど、サファイアの戦ってる姿を見たことないからリストにないっきゅ」

「残念だなー。やっぱり映像作品としては表情も欲しいよねー」

「多分、いつもみたいに眉に皺を寄せてるっきゅ。ローズ相手と一緒っきゅ」

「僕は『ワンダラー』と同等かい・・・」


 最近はそこまで渋い顔をされていないので、そんなことはないと信じたい。とはいえ、第一印象は最悪だったろうから、心情的には味方というよりは敵寄りになってる可能性もある。


「まぁまぁ。対立するヒーロー同士が和解して協力するのも、ヒーロー物の醍醐味ってとこはあるよね」

「いつも避けてるような気がするけど、本当に仲良くなる気があるっきゅ?」

「あるあるー。そんなことより、見てよほら。クォーツの活躍が映ってるよ!」


 映像が何度か切り替わった後、今度はデパートで『ワンダラー』と戦闘を行うクォーツの姿が映っていた。

 ヒーローになる為の応援を求めていた少女が、恐怖を乗り越え、一歩踏み出したあの日の映像だ。

 あの時はローズとして出会ってしまったせいで避難せざるを得なかったし、彼女を援護する為に近場で見ることは叶わなかったので、この映像自体は非常に助かるのだが。


「映像ぶれぶれだねー・・・」


 『ワンダラー』と対峙するクォーツの戦う姿は、まさしく人々を守るヒーローとして輝きを放っていたのだが、その雄姿は『ワンダラー』が真化した途端に乱れだした。

 地が揺れ、響き、こちらまで伝わるような恐怖に耐えきれなかったのだろう。

 ピントがしっかり合わず、クォーツの姿が中央に定まらないその映像は、怪物の恐ろしさをこれでもかと表現しているだろう。


「個人で撮影したものだし、ただでさえ悪意のせいで気分が悪くなっている上に、物理的被害を出す『ワンダラー』なんてまともに撮影してられないっきゅ。程々に見れるだけマシっきゅ」

「まぁ、本来なら避難してて欲しいところだから映像なんか撮ってる場合じゃないしねー。でも、そうなると映像として残らないのも悲しいからジレンマだねー」

「どうせパニックが収まらない限り屋上から逃げれない人も大勢いたっきゅ。でも、どうせならもきゅだけ残って撮影してくればよかったっきゅ」

「今更いってももう遅いけどね。それに、こういうのも臨場感があっていいと思うよ。魔法少女達の頑張りも、『ワンダラー』の危険性も伝わりやすいだろうし」


 サファイアの映像だけだと危険性はまったく感じることができないが、他の魔法少女達の映像はそんな簡単に怪物を倒していることはなく、クォーツに至っては誰がどう見ても危険と分かる。

 インパクトもあるし、人類に改めて強く警鐘を促すものとなるだろう。

 それはそれとして、圧倒的な力で人々を守るサファイアも格好いいが、こうして人々の前に立ち全力を尽くすクォーツも格好いい。


「羨ましいなー。僕の映像はまだかな!」


 沢山の魔法少女の映像が流れているのだから、ブラックローズの戦闘シーンが流れていてもおかしくないはずだ。いや、確実にあるに違いない。

 お酒を片手にいまかいまかと待ち侘びていると、もきゅから無慈悲な真実が告げられる。


「さっきちらっと映ってたっきゅ。やっぱり見逃してたっきゅ」

「えっ!?なんで教えてくれなかったのさ!!」

「気づかなかった方が悪いっきゅ。それに、ほんとうに短い時間だったっきゅ。ブラックローズの戦闘時間はあっという間だし、そもそも委員会の魔法少女じゃないから無暗に目立たせたくないんだと思うっきゅ」

「酷い!!野良差別!!僕だってヒーローとして活躍してるはずなのに!ひーどーいーひーどーいー!!」

「国の制御下にない魔法少女を目立たせないのは当然すぎる結果だと思うっきゅ。それに、目立ちたくないかもという配慮かもしれないっきゅよ?」

「そんな配慮いらないよ!!訴えてやる!!」


 手に持つグラスいっぱいに入るお酒を一気に飲み干す。さすがにアルコールを一気に入れると喉が熱くなるが、それよりも心の方が燃える思いだ。いまなら何でもできる気がする、そんな力が湧いてくる。


「訴えるって何するつもりっきゅ」

「委員会に直接殴り込みにいってやる!!粗末な扱いを受けたヒーローからの叛逆だ!」

「馬鹿馬鹿やめるっきゅ!そんなことしたってどうにもならないっきゅ!むしろ新たな敵性存在としてニュースになるだけっきゅ!」

「だって!僕だってもっと活躍したいよ!」

「じゃあ、野良の魔法少女辞めるっきゅ?委員会に入ればもっと活躍できるっきゅよ?」

「・・・・・・辞めない」


 どちらかを天秤に掛けるとすれば、僕は自由を選ぶのだが。これが自由を選んだ者の代償ということだろうか。


「飲まないとやってられないぜー!」

「すっかり酔ってるっきゅ・・・。酔いを醒ますときは魔法力をちゃんと使うっきゅ」


 空っぽになってしまったボトルを放り出して、2本目のブルーサファイアを注文して封を切る。

 ほのかに香るアルコールが嫌な事を吹き飛ばしてくれるので、頭の中が空っぽになるまで飲み続ける。

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