背中合わせにしてそうな依頼

 目の前に並べられた写真。

 少女の真剣な眼差し。

 痕跡を消せという依頼。

 ゴーストなんて大層な異名。

 こうして並べた今の状況を冷静に考えると、僕の立場は明確だろう。


「あの。僕は暗殺依頼とか受ける気ないよ?」

「誰が殺してくれと言ったのよ!」


 机をバンッと叩きながら、言葉を荒げて否定してくる。とうとう言葉遣いすら丁寧なものではなくなってしまった。

 そうは言われても、今の状況は13や47といった数字が似合う人物がやってそうなものだろう。


「こほんっ。失礼しました。少々言葉が乱れてしまいました」

「今更取り繕う必要もないと思うけどね」

「これでも連盟のトップなので、そういうところはしっかりすべきでしょう」

「僕みたいなちっちゃい子は、そういう堅苦しい雰囲気は苦手なんだよ?知ってた?」

「自分でそういうことをいいますか・・・。サファイアの言ってた通り、本当にへんてこな人ね、貴女」


 サファイアはエンプレスに一体なんて伝えたんだ。

 僕は自分のことをマトモだと評価はしていないが、それにしたって僕より変な魔法少女なんて沢山いるだろうに。

 というか、真面目過ぎるサファイアだって大概だぞ。


「まぁ、いいわ。建設的な話をしましょう。私が貴女に依頼をしたいのは、ニーナ・フローレンスという指名手配を受けている少女の、犯罪履歴を全て削除して欲しいということよ」

「ふむ?でも、アイリスが親殺しって呼ばれてたことは消えてるんだよね?そもそも犯罪履歴って、何か罪を犯したわけ?」

「そうね、経緯から話しましょうか」


 そういうと彼女は、棚の中からファイルを取り出して開き机の上に置く。

 ところどころ虫が喰ったように空白になっている部分があるそれは、魔法少女アイリスの経歴らしい。


「貴女は知っていたけど、アイリスは親殺しを始めとする誹謗中傷を受けてきたわ。その理由は『ワンダラー』が出現した時に逃げたせいで、守るべき人も親族も見捨てたからとされているけど、正確には違うの。結論から言うと、彼女は親にも、国にも売られて、人体実験の材料にされるところだったの。『ワンダラー』の被害を一度も受けていなかったその国は、一人の魔法少女を防衛の手段として扱うよりも、魔法という未知の概念を解析することに使いたかったのね。そこにたまたまか、もしくは実験による影響か分からないけど、突然『ワンダラー』が現れたことによって彼女は逃亡。逆上した国は率先してアイリスに汚名を被せたのだけど、それはゴーストである貴女が消したことによってなかったことになった。大体の流れはこんな感じね」

「人体実験・・・うへぇ。嫌なもん聞いちゃったよ。それに親からも国からも売られるってどうなってるんだか。悪意を削除してるときも、そんな感じの陰謀論染みたものも噂にはあったけど、一部はあながち間違いじゃなかったのか。魔法なんて使ってる僕達だってよく分からない物だし、そう簡単に解析できるとは思えないけどなぁ」


 というか、もきゅがそう言ってたのでまず間違いないだろう。

 人体実験なんて何するつもりだったかは知らないが、藪をつついて蛇を出すようなものだと思うんだが。


「できるかできないかは関係ないのよ。国にとってはやってみないと分からない事でもあるでしょうし、魔法の有用性を考えたら手を付けずにはいられなかったんでしょうね」


 そういうと、エンプレスは懐から携帯電話を取り出して机の上に置く。

 見た目はなんら変哲もないタッチタイプの物だが、ここで取り出すという事はきっと魔法の携帯電話なのだろう。


「例えばこのマジフォンだけど、電波じゃなく魔法力を使っていることによって場所を問わず使えるし、傍聴も不可能。ここから聞こえるアラームや会話だけじゃなく、映ってる画面も本人以外には知覚する事ができないし、秘匿回線なんて目じゃないわね。それに、この魔法を解析できれば、魔法力によるネットワークみたいなのも出来るかもしれないわね。この道具一つだけ見ても、軍事目的に利用出来たらと考える人間が現れるのは当然のことだと思わない?」


 多分マジックフォンを略しただけなんだろうけど、連盟ではマジフォンって呼んでいるのか。詳しい機能はまったくわかってないけど、とにかくすごいってことは分かる。というか、別の世界を繋ぐことの出来るゲートなんてものがある時点で、すごくないわけがない。


「そういうことがあって、アイリスは様々な罪を国から被せられてたの。アイリスに向けられた悪意の数々は、貴女によってほとんど根絶したといっても過言ではないけど、貴女が削除したのは魔法少女アイリスとしての情報だけ。変身前の姿であるニーナ・フローレンスの情報だけが残った結果、彼女は国を裏切った売国奴として指名手配されてるのよ」

「ふむ。それで、僕にそっちの情報も削除して欲しいってこと?」

「そういうことよ。中途半端にアイリスとしての情報が消されちゃったせいで、不当な扱いを受けてる魔法少女の保護という名目で連盟を大きく動かすこともできないし、保護したとしても、ニーナ・フローレンスという犯罪者を匿う組織なんて言われてしまって、連盟の大義名分が薄れてしまうのは望ましくないのよ。時間を掛けて一つづつ問題をクリアしていこうと思ったのだけど、ゴーストに依頼できるなら渡りに船ということで、今貴女にお願いしてるの」

「うーん・・・」


 悩ましい。目の前のエンプレスが嘘をついているとは思えないが、ニーナ・フローレンス=魔法少女アイリスという確証が取れない限り、あまり積極的に動きたくはない。

 僕は基本的に、悪意の削除は魔法少女に向けられたもの限定に行うことにしている。やろうと思えばそれ以外の人たちも対象にできるのだが、そんなことをしていたら際限がなくなるからだ。

 世の中を見渡せば、魔法少女以上に不当な扱いをされてる人間なんて山のようにいるだろうが、その人たちを全て救うなんてできないし、その為に身を削るなんてこともしたくないので、一応のラインとして線引きをしている。

 勿論、そんな厳格に縛っているわけでもないし、報酬があれば依頼を受けてもいいのだけど。


「僕がそれをやることによるメリットは?僕のせいで助けにくくなった、なんて八つ当たりみたいな理由じゃないよね?」

「勿論よ。望む金額をいってくれれば、いままでの悪評を削除していただいたお礼も兼ねて善処させていただくわ」

「いや、お金はいらないかなー・・・」


 昔ながらいざ知らず、今なんてもきゅに貰ったお金すらほとんど手つかずだし、欲しい物は大体ストアで好きなだけ買う事ができる。これ以上増えたとしても、服やアクセサリーを買い漁るくらいしか消費する先がない。

 しかし、ここで恩を売っておけば、これからの情報の供給源に困ることはないだろう。

 連盟のトップにパイプを繋ぐという意味でも、それを条件にして依頼を受けた方がお得かもしれない。


「じゃあ、定期的に連盟の方針だったり、世界情勢だったりの情報が欲しいのと、魔法少女学校に僕専用の部屋が欲しいかな。あとは、ブラックローズというヒーローに感謝でもしてくれればそれでいいよ」

「その程度でよろしいの?正直、そのくらいでしたら連盟に入っている子達とあまり変わらない扱いだと思うけれど」

「機密を寄越せとまでは言わないけど、ある程度まで深い情報は欲しいかなー。魔石の扱いがどうなってるとか、魔法少女と人類がどれくらい連携してるのとか、結構気になるし」

「分かりました。こちらからは、その条件で問題ないわ。でも、金銭は必要ないの?貨幣や紙幣が苦手なら、電子マネーで渡すことだって可能よ?貴女のお陰でたくさんの魔法少女達が悲しまずに済んでいるのは事実だし、貴女くらいの歳だとお金を受け取るのに抵抗があるのは分からないでもないけど、先立つ物は持っていた方がいいわよ?」

「いや、必要ないよ。僕に渡すくらいなら、他の魔法少女達の為に使ってあげてよ」

「そう・・・。高潔なのね、貴女。お言葉に甘えて、他の魔法少女達の為に使わせて貰うわ」


 高潔どころか欲塗れだが、まぁ、勝手に納得させておこう。

 依頼の条件もまとまったし、帰ったらもきゅと相談してニーナ・フローレンスに対しての悪意だけ集めないと。


「それと、途中で話が逸れてしまったけど、ニーナ・フローレンスを見かけたら連絡するか、もしくはここまで連れてきてくれると助かるわ。先程も言った通り、彼女は国から犯罪者として指定されてしまったせいでいまでも逃亡を続けている状態なの」


 そういえば、元はと言えばその話から派生したんだった。幽霊騒ぎのせいですっかり忘れていた。

 

「どこにいるかまったく分からないの?」

「日本にいるのは分かってるの。国から逃げるときにポータブルゲートを使った後、日本に繋がるゲートを通ったみたいだから。その時は連盟だったり委員会だったりの組織なんてものもなかったから、今とは違って自由に国を渡れたの」

「連盟や委員会が出来てないって、相当前の話だったんだね」

「その前身みたいなものはあったけど、明確な組織としては成り立っていなかったわね。まぁ、アイリスじゃないかっていう目撃情報もいくつかはあったから間違いないとは思うから、見かけたらでいいからお願いしたいの」

「頭の隅にでも覚えておくよ。それじゃ、僕は依頼でもこなしてくるね。お茶菓子おいしかったよ、ありがとう」


 残りの紅茶を飲み干してからカップを戻し、帰還する旨を伝える。

 

「どういたしまして。部屋の件は、この階にあるのなら好きなのを使っていいわよ。私以外に使ってないし、ここまで来る人もほとんどいないから。あと、方針等の資料はまとめておくから、後で取りに来て頂戴」

「おっけーい。それじゃ、てきとーに貰っちゃうねー。あ、それと。僕の事は秘密で頼むよー」


 エンプレスに手を振ってさよならしながら、部屋の外へと出る。

 外の明るさでは時間を計る事は出来ないが、結構話し込んでしまったのでもう夜に近づいているだろうから、今日の所はさっさと帰宅するとしよう。

 魔法少女学校を見て回るという当初の目的とは外れ、連盟のトップとの話し合いという結果になったが、収穫としては十分だ。これで連盟とは敵対する可能性もなくなるだろうし、委員会の方針も知ることが出来れば邪魔する事も、されることも少なくなるはずだ。

 廊下を歩いてどの部屋にするか物色した結果、人が一番来なさそうな奥の部屋に決める。

 部屋の中は、エンプレスと話していた部屋と同じような作りになっており、ベッド、棚、机、椅子と生活するには困らない程度の家具が設置されている。


「それじゃ、もきゅ。ここにゲートをよろしく」

「はいはい。そんなにそんなに秘密基地作ってどうするっきゅ」

「いや、秘密基地は何個あったっていいんだよ?それに、今度から用があるときはここに出ればいいから実用的でしょ?」

「もうちょっと計画性を持って行動して欲しいっきゅ。最終的に協力関係になったからいいものの、あまりにも行き当たりばったりすぎるっきゅ」

「終わりよければ大体いいんだよ。それに、たまにはこうやって深く考えずに冒険したくならない?」

「『たまに』ならいいっきゅ。『たまに』なら」

「たまにだよ、うん。それより、安請負しちゃったけどニーナ・フローレンスに向けた悪意だけを集めることってできる?」


 後になって『やっぱりできませんでした』なんてなったらあまりにもダサすぎる。

 魔法少女以外の悪意を集めることはできるのを確認できてるし、問題ないはずだ。はずだ。


「余裕すぎて欠伸が出るっきゅ。その程度なら写真1枚で出来ることっきゅ」

「まぁ、予想はしていたんだけどあっさりだね」

「当たり前っきゅ。ちゃっちゃと済ませて報告するっきゅ。もきゅも、人類がどこまで魔法や魔石について研究をしてるか興味があるっきゅ。出来れば、もきゅ達とは違うアプローチを発見していて欲しいっきゅ」


 ゲートを図書館まで繋いで帰宅した後、もきゅとこれからの行動方針を話しながら、依頼されたお仕事をポチポチとこなしていく。

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