知らぬ間にやってたこと

 いきなり人を死人扱いしてきたエンプレスに抗議の表情を向けると、慌てたように両手を前に出して落ち着くようにと紅茶を促してしてくる。

 おいしいお菓子と紅茶は心の気分を安らげてくれるものではあるが、そんなもので僕は誤魔化されないぞ。


「申し訳ございません、言葉が足りませんでしたね。ゴーストというのは我々が付けた謎の人物、もしくは謎の事象に対する総称のことです」

「謎の人物や事象?なんか曖昧な表現だけど、それと僕に何の関係があるの?」

「そうですね。先ほど、アイリスの事について質問させて頂きましたが、例えば、アイリスが親殺しなんて呼ばれていた事実を知る人は、今ではほとんどいません」

「え?かなり話題になってたと思うよ?」


 魔法少女に掛ける言葉として不適切なものが沢山溢れていた上に、陰謀論やらなんやらでかなりめちゃくちゃな状態だった気がする。

 一度全てを削除してからは話題に上がることはほぼなく、現在では確かに見かけることはなくなったのだが、それでも覚えている人は多く存在するはずだ。


「はい。事実はどうあれ、アイリスが『親殺し』と呼ばれ様々な汚名を着せられていたのですが、今となってはそれを知る人は数人しかいないでしょう」

「ごめん。まったく意味が分からないんだけど。集団で記憶喪失でも起きてるわけ?」

「その通りです」


 やばい。さっきまで普通にお話が出来ていたはずなのに、突然電波の世界に飛ばされてしまったみたいだ。そもそも集団で記憶喪失って冗談で言っただけなんだけど、肯定されても困る。

 『ワンダラー』みたいな新たな敵でも現れたのだろうか。いや、アイリスに対する誹謗中傷が消えただけならいい事なのかもしれないけど。


「アイリスだけでなく、沢山の魔法少女に対する誹謗中傷や個人情報等が様々な情報媒体から消され、そしてそこから入手された記憶や記録もこの世から消えています。本人から聞いたことや記入、入力されたこと、自身の目や耳で直接受け取った場合はその限りではないようですが、噂程度でしかない曖昧な情報は全て消え、事実だと確証があるものしか残っていません。こうした事象やそれを起こした人物の事を、我々はゴーストと仮称しているのです」


 言いたいことは分かった。要するに記憶すらも消されている情報を僕が知っているのはおかしいということだろう。

 しかし、そう言われても、身に覚えがないので困る。

 僕は確かに、ネット上などの様々な情報媒体から毎日悪意を集めて、『ミニワンダラー』にして削除しているのだが、記憶を消すなんてけったいな事をした覚えがない。もちろん、出来たらいいなとは常日頃思っているが、それは願望でしかない。


「事情は分かったけど、僕は君の言うゴーストなんて変な人物じゃないよ。記憶がなくなってないのは間違いないけど、たまたまそういうことだってあるでしょ」

「たまたまなわけがありません!一般の方々や魔法少女に関わらず、全ての人から記憶がなくなっているんですよ!?貴女が本人か、もしくは関係者としか思えません!お願いですので、私達に力を貸してください!」

「そんなこと言われたって・・・。君がどういうつもりでそのゴーストを探しているのかは知らないけど、僕は人の手柄を横取りするつもりはないよ」


 確信を持った様子でこちらへ訴えかけてくるのだが、的外れな推理をした上で力を貸してくださいなんて言われても無理なものは無理だ。

 僕ではないことは確かなので、となれば、彼女の言い分を信じるならば僕は関係者ということになるのだが、関係者か。

 もきゅのほうをちらっと見て、お前のせいではないかとアイコンタクトをとるが、呆れたような表情をしながら僕を手で何度か差してくる。


「ブラックローズのせいっきゅ」


 意味が分からない。

 僕がそんなことをしていないのはもきゅが一番知っている筈なのに、伸ばした手を振り払われた気分だ。可能性があるとするなら、僕よりももきゅのはずだろう。


「ちょっと電話してきていいですか」

「はい。お待ちしております」


 もきゅの姿も声も分からないエンプレスの前で会話をするわけにもいかないので、電話に行く振りをして少しこの場を離れさせてもらおう。

 期待した目でニコニコと見送ってくれるのだが、その期待に沿う事はできないだろう。できないはずだ。

 一旦部屋の外に出て誰もいないことを確認した後、携帯を耳に当てながら後ろをついてきたもきゅと会話をする。


「どういうこと?もきゅが何かしたんじゃないの?」

「ちょっとはもきゅにも責任があるけど、大体はブラックローズのせいっきゅ」


 やっぱりもきゅのせいじゃないかと思ったのだが、大体は僕のせいにされてしまった。

 そうは言われても、身に覚えのない事を認めることなどできない。


「僕は人の記憶を消すなんて物騒なことした覚えがないよ?」

「多分、タブレットで悪意を消した影響っきゅ。本来なら『ミニワンダラー』を消すことで、発信源である人たちの悪意を消して、被害が広がらないように抑制する魔法の効果があったっきゅ。でもきっと、ブラックローズが願ったせいで記憶や記録ごと消し飛ばす魔法に書き換えられちゃったっきゅ」


 普段からもきゅの言っている、あまり強く願って魔法を使うなという事の意味や恐ろしさがやっと理解できた。

 確かにそう願っていたし、今回の件も悪い結果に繋がっているわけではないが、自分の知らないところで使った覚えのない魔法の効果が出ているのは背筋がぞっとする思いだ。

 その情報を知っている人物は死ぬなんて呪い地味た効果じゃなくてよかった。まぁ、そんなこと願うつもりは欠片もないが。


「もきゅが全力でしろっていうから・・・」

「そこはもきゅの見通しが甘かったとしか言いようがないけど、本来ならそれくらいは魔法力が必要になる魔法っきゅ。情報を得た人を対象としてるから、足りないくらいに考えてたんだけど、まさかそこまで改変することができるなんてすごいっきゅ」

「感心してる場合じゃないよ。エンプレスにバレちゃったけどどうするのさ。しかも僕は自覚もなくやってたし、ゴーストなんて大層な名前付けられてるし」

「別にどうもしなくていいと思うっきゅ。バレたところで、ブラックローズのすることは変わらないっきゅ。力を貸して欲しいって言ってたけど、それは聞いてから受けるなり断るなりしても問題ないっきゅ」

「まぁ、言われてみればあまり困るようなことはないけど。でも、こういうのってバレないようにやるのがヒーロー的には恰好いいじゃん?」

「普段は目立ちたがり屋なクセに」

「表のヒーローと裏のヒーローを使い分けてるだけだよ!」


 ある程度状況の理解が追いついてきたので、会話を終わらせるために携帯を降ろして一息つく。

 もきゅとの話し合いをした結果、どうやら僕はゴーストらしい。

 確かに普段からヒーローとして活躍することを望んではいるが、コレに関してはあまりそういった気は起きない。

 『ワンダラー』という巨悪を倒すために立ち上がるヒーローとしては、目立つポジションでカッコよくありたいと常日頃思っているのは事実だが、タブレットをポチポチしてるヒーローのピックアップなんて必要ないだろう。

 勿論、魔法少女達がヒーロー活動をもっと楽しく、安全にできるように、不条理に向けられる悪意を消しているので、それ自体は何ら恥じるようなことではないのだが、あまり知られて嬉しいとは感じない。

 陰のヒーローを演じるのであれば、それを徹底したほうが絶対に恰好がいいのだが、ままならないものだ。

 とはいえ、結局のところ僕自身の仕業だと結論が出てしまった上に、エンプレスに至っては誤魔化しようもないだろうし、それならもう開き直ってしまったほうがストレスもないだろう。

 取り合えずの方針が決まったので、携帯を懐に入れて扉を開け、優雅にお茶を飲んでいるエンプレスの前に着席する。

 着席した僕に向かって笑顔を向けてくるのだが、そうやって『私には分かってます』みたいなすました態度でいられると、なんとなく嘘をついて彼女の推理を否定してしまいたくなる。まぁ、しないけど。


「おかえりなさい。お早いおかえりですが、お電話はもうよろしいのでしょうか?」

「確認のためにしただけだから問題ないよ。結論だけ言うと、僕は君の言うゴーストらしい」


 あくまで自分のことだと分かってなかっただけで、知られても別に問題ありませんよと冷静な態度を心がける。

 だからそんな満足そうしていても、僕にとっては痛くも痒くもないからな。


「やっぱり、そうなのですね!しかし、らしい、とはどういうことなのでしょう?」

「単純に魔法少女に対する悪意を消してたら結果的にそうなっただけで、僕は別に記憶を消そうと思ってやってたわけじゃないってこと。いや、勿論そう願った事は否定しないけどね」

「・・・・・サファイアが規格外と言っていた意味が分かりますね。願った程度でそんな規模の魔法を使う事ができるなんて聞いたことがありません」

「結構全力で願ったからね」

「そういう意味ではないのですが・・・。疑った私が言うのもおかしな話でしょうが、普通はそんなことしたら魔法力が一瞬で枯渇してしまうと思いますよ。お電話をされていたようですし、もしかして複数人で大規模な魔法でも使用されているのでしょうか」

「いや、タブレットでこう、ポチポチと」

「・・・・・・・・・」


 なんだかエンプレスの目がどんどん呆れたものになり、気のせいでなければ態度もぞんざいなものになってきている。初めは僕に対するリスペクト的なのがあったのか、まるでサファイアのように丁寧で真面目ちゃんな性格の王女様みたいな印象だったのだが、いまではどことなくぞんざいな態度が見受けられる。

 化けの皮が剥がれたのか、もしくは取り繕う必要がないと判断されたのかもしれない。


「で、僕がそのゴーストだったらなんなのさ。言っておくけど、それは僕の弱みにはならないよ?」

「勘違いして欲しくないのですが、貴女がゴーストであるからどうこうしようという意思はありません。先程も少し言いましたが、お願い、いえ、依頼をしたいことがありましてゴーストを探していたというだけです」

「そう?ならいいや。そいじゃ、依頼したい事ってのを聞いてもいいかい?受けるかどうかは別として、とりあえず聞いてあげるよ」

「はい。先程の、ニーナ・フローレンスに関連する話です」


 テーブルの上に置かれている2枚の写真を再度こちらへ向けてくる。

 探し人をしているということだったが、もしかして居場所を見つけて欲しいということだろうか。とはいえ、記憶を消していることとまったく関係がなさそうだが。


「この、ニーナ・フローレンスの痕跡を消してもらいたいのです」


 ヒーローと言うよりはまるで暗殺者のような依頼をされてしまった。

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