何故魔法を使うのか そこに魔法があるから

 「あついー・・・くるしいー・・・」


 魔法少女になった次の日。夢を叶えて気持ちの良い朝を迎えるはずだったその日を歓迎してくれたのは、夏日も過ぎようかというのにも関わらず、疲れた身体の眠気を妨げる程の暑さの寝苦しさだった。

 金縛りにでもあってしまったかのように頭部が重く、目を開けたはずなのに闇の中から抜け出せない。

 まるで夢に圧し潰されるような感覚の中、手を必死に動かして顔へ持っていくと、柔らかく、反発するものに当たる。

 顔を触るつもりで執拗に手を動かすが、その手の感触と顔の感覚はリンクすることがなく、まるでまんじゅうに顔を包まれているかのような・・・。まんじゅう?

 ふと気づいて、手に力を込めて触っていたものを引っ張ると、ようやく闇の中から抜け出すことができた。

 暑さと息苦しさを作り上げていた元凶を睨みつけると、手にはもきゅが気持ちよさそうに眠っている姿があった。

 とりあえず枕にすることにした。






「ひどいっきゅ!あんまりっきゅ!妖精虐待っきゅ!」

「酷くないしあんまりでもない。人の顔に張り付いて寝てるのが悪い。変身前はそこまで超人なわけじゃないから過信するな、って言ってたのは君だろ。危うく窒息死するとこだったぞ」

「ローズはその程度で窒息するほど軟じゃないし妖精は枕じゃないっきゅ!」


 原因はこのまんじゅうにあるということがわかったので、苦しさのお裾分けに枕にしてあげたら跳び起きて文句を言われた。

 とても柔らかくて枕にしては上等だったのだが、ここまで猛反発な枕だと思わなかった。

 爽快感とは遠くかけ離れた朝にはなってしまったが、眠気も覚めてしまったし起きることにする。

 洗面所に向かい鏡を確認しながら寝起きの顔を整える。

 鏡の中からジトっとした目でこちらを見返してくる少女に「あぁそういえばそうだった」と覚醒してきた脳が感慨深い物を感じはじめる。

 寝癖はあまりついていないが、あまりにも長い髪を整えるのは非常に時間がかかることがわかった。


「生活魔法を覚えればいいっきゅ。寝癖なんて簡単に整えられるっきゅ」

「なんでもかんでも魔法で解決できちゃいそうだなぁ・・・。魔法を無暗に使うべきじゃないという理念に対して真向から喧嘩を売ってそうだよ」

「戦う為だけの力が魔法じゃないっきゅ。便利な物は便利な物として使うべきっきゅ。それに適正がある子はみんな隠れて使ったりしてるっきゅ」

「まぁ、子供に使うなといっても無理な話か・・・」


 無暗な魔法の使用は犯罪に当たる可能性がある、みたいなことを言われた覚えがあるが、そうはいっても今の法律で裁くのは難しいだろう。

 せいぜいが現行の法に照らし合わせて罪に当てはめるくらいで、魔法を使用したから、という理由だけではどう動くこともできないだろう。そもそも証拠ってなんだって話になりそうだし。


「ローズはせっかくどんな魔法でも使えるのに勿体ないっきゅ」

「いや、使わないとは言ってないけどね。でも全部魔法で解決しちゃったら面白くないよ」


 こういうのをチートってよく言われるけど、その通りなんだろう。

 ゲームでもなんでもそうだが、簡単に解決できてしまったら楽しみがなくなってしまう。

 苦労だってそういった楽しみの一つになるはずだ。


「とりあえず髪を整える魔法は覚えておこう」

「建前が崩れるのが早すぎるっきゅ」

「いやだって、魔法使いたいじゃん」


 魔法で便利にしたいというよりは、とにかく魔法を使いたいというだけだ。

 昨日は唐突に変身して、色々説明を聞いて、そこから怪物退治と忙しなかったせいで、魔法を十分に堪能できなかった。

 アクセルを使用したときは非常に感動したし、魔法の素晴らしさというものがすぐに身に染みて分かった。

 あの感覚をもっと味わっていたいというのは、人間であるなら当然だろう。

 ただまぁ、街中を飛び跳ねるのは深夜ならまだしも、昼間にできることではないが。


「じゃあせっかくだし、魔法を使って朝食でも頼むっきゅ」

「え、魔法を使って朝食を?」


 なんだその世界中の食糧問題が簡単に解決できてしまいそうな話は。


「まずはお手元の携帯をお取り出しくださいっきゅ」

「なんか唐突に始めだしたな・・・」


 言われるがままに携帯を取り出す。まぁ魔法を使うと言っていたから普通の携帯ではなく、魔法の携帯のほうで間違いはないだろう。折り畳み式は慣れないな。


「アプリを起動してストアページに移動するっきゅ。その中に食料配送のページがあるから色々注文するといいっきゅ」

「出前じゃんか!!」


 魔法で生み出すとかそういう話じゃないのか。それだったら普通の携帯にだってできるわ。期待を返して欲しい。

 がっかりした気持ちで言われたページを開き確認する。

 大体どれも1ポイントで購入でき、おいしそうで豪華な見本がたくさん並んでいる。まぁ1ポイントって1万円くらいの価値があるっていってたし、それを考えると1食に1万円ってどうなのとは思うが。

 魔石を入れたことで増えたポイントと、その後に渡された札束の山によって金銭感覚が壊れてしまったので、1万円という大金を気にすることなく、おいしそうなパンの詰め合わせというものを注文することにした。それでも1食に1万円なんてかけてられないというせめてもの庶民心が勝った結果の詰め合わせだ。いや、庶民じゃなくても1万円は相当だと思うが。

 どんなものが届くか楽しみにしながら注文確定のボタンを決定した瞬間、目の前に大きなバスケットと、たくさんのパンが現れた。






「めっちゃおいしい」

「当然っきゅ。ストアにあるものはどれも高級品っきゅ。安心安全高品質を掲げてるっきゅ」


 魔法によって即時配達されたパンを食べながら感想を述べる。

 唐突に現れるのはびっくりするから先に言ってほしかったが、まぁ驚かせたかったのだろう。気持ちは分かる。

 詰め合わせというだけあって、身近なものから初めて見るものまで詰め込まれたパンは、値段相応の量とそれ以上味でかなり満足度は高めである。

 問題はこれに慣れると普通のパンに戻れなくなりそうということだが。

 外のクッキー生地が非常にカリカリしていて、中のパン生地は弾力のあるメロンパンを食べながら幸せを噛みしめていると、もきゅが何やらタブレットらしきものを持ってきて見せてくる。


「ローズ。昨日の大立ち回りが撮影されてるっきゅ。これでローズも世間から認められる魔法少女デビューっきゅ」

「え、うわ・・・。そういえば何も考えてなかったけど、そりゃ撮る人もいるか・・・どうしよう・・・」


 タブレットの中には黒い服装をして『ワンダラー』相手に立ち向かっている一人の少女が映っていた。

 顔にはモザイクが掛かっていたが、まず間違いなく、その少女の名前はブラックローズというのだろう。

 『ワンダラー』の近くという非常に危険かつ身体への悪影響がある中で、撮影をしようという根性には脱帽の思いだが、困ったことになった。

 なにせブラックローズとローズは、服装こそ違うものの顔の形も髪の色もそのままなのだから。

 この写真や動画達も、良心からかモザイクは掛かっているものの、直接見ていた人たちからすれば同一人物であることはまず間違いなくばれるだろう。というか名前だって関連性の塊だし、むしろ隠すつもりはないとまで思われそうだ。


「もきゅ、どうしよう。正体がバレちゃうよ!魔女狩りにあっちゃう!」

「魔法少女に対する知識に偏りがありすぎっきゅ。正体については心配する必要はないっきゅ。魔法少女は変身すれば、しっかり認識阻害の魔法が発動するようになってるっきゅ。モザイクだってその結果っきゅ」

「でも、直接顔を見てる人だっているかもしれないよ?あのサファイアって子には確実に見られたし」

「そこも問題ないっきゅ。ローズとブラックローズはまったくの別人で、顔を見られたくらいじゃその関連性を繋ぐことはできないっきゅ。それこそ自分から正体を明かしたりしない限りは問題ないっきゅ。それはどんな魔法少女だって例外じゃないっきゅ」


 素顔のままでも大丈夫と言われても感覚的には本当かよと疑いたくなってしまうが、信用するしかない。魔法万歳。

 しかしよかった。ヒーローになった翌日に正体がバレるなんてギャグ漫画の世界でしかない。

 正体は隠したままでいるほうが、ヒーローとしては理想だろう。


「今ごろ心配するのは遅すぎると思うっきゅ。誰かに姿を見られることなんて初めから分かってたことっきゅ」

「ヒーローは普通、変身中は顔を隠してる物なんだよ!もしくは変身前と変身後じゃ姿が違うの!」

「魔法少女としての自覚をもっともって欲しいっきゅ・・・」


 テンションが上がってるときにそんなこと気にしてなんかいられるわけがない。それに変身してるのに服装しか見た目が変わらないほうがおかしいと僕は思う。


「ローズって結構抜けてるっきゅね。まぁ、そんなことより見るっきゅ。ブラックローズの格好いい姿がたくさんあるっきゅ」


 このまんじゅうに抜けてるだなんて言われるのは非常に心外であるが、それを飲み込んでタブレットを覗き込む。

 身バレの危険性に気を取られていたのでしっかりみていなかったが、様々な画角から撮られたブラックローズは確かに格好いい。

 怪物の触腕を断ち切る姿。光の剣で敵を貫く姿。全てが終わると確認した後に立ち去る後ろ姿。

 助けられた人たちは感謝の言葉を述べている。未来への希望を見せている。

 これを作り上げることこそ、まさにヒーローだろう。


「これから先、こうやって撮影されたりすることはたくさんあるはずっきゅ。多感な子達の中には、そうやって目立つことを嫌う子ももちろんいるっきゅ。ただ、君にはそういった人々の期待や希望を恐れず、むしろ楽しんで、魔法少女を続けて欲しいっきゅ」

「当然」


 誰だって、ヒーローを見たら期待し、憧れるものだ。その程度に怯んでいたらヒーローなどと名乗ってられない。まぁ、期待に応えられるかは別として。


「さて、朝食が終わったら話すことがあるっきゅ、ローズ」


 もきゅが姿勢を正しながらこちらを向く。

 改まってどうしたんだろうか。メロンパンはやらんぞ。


「君にやって欲しい、最後の仕事について、話をするっきゅ」

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