第九話 アダムに連なる私達

2011年10月30日、日曜日


 弥生と私はMSP(マルチ・スポーツ・プレイ)ってサークルからの帰り、将臣が待っている、喫茶店ドレスデンへと向かっていました。

「ねぇ、弥生はまだ、将嗣パパさんからお話し聞き出せていないの?」

「もう、うちは全然だめです。将嗣お父さん、私達には関係のない、理解できないお父さんの仕事だって・・・。アダム計画?医療研究のお仕事をしていた、それは否定しないのですけど、内容については口を割ってくれないんですよ。完全黙秘。お仕事の職種によっては口外出来ない内容が存在する事は分るんですけど・・・、」

 親友はそう言って、不満そうに口を閉じた。

 私の処は弥生と違って、その研究の恩恵を受けた方だから、将嗣パパさんほど頑なに話す事を拒絶はしなかったんだと思う。

 でも、本当なら秋人パパ達も私には、春香お姉ちゃんが生きていたとしても、それを私達には語りたくなかったのではとも思ってしまった。

「まあ、将嗣パパさんの事は弥生に任せるとして、早く将臣の処へ行きましょう。多少遅れた処で、あいつが腹を立てる事はないでしょうけど、待たせちゃうのは可哀そうだし」

 私のその言葉に弥生はにっこりと微笑んでくれて、歩く速度を緩やかに上げた。

 私も、彼女の歩調に合わせる様に足を延ばす。

 お店の玄関前に到着すると、扉を押して、中へと入って行っていきました。

 入口付近で、周囲を見回し、将臣の所在を弥生と一緒に探しだしす。

 彼の顔が私達のわかる方向に向かって座っていたから、直ぐに発見です。それと同時に、よく知っている後ろ頭の人も。

 私達の到着を気付いていない将臣はなんか真剣な表情で、もう一人と話しているようでした。

 弥生と私は直ぐに二人の処へ駆け寄り、将臣と後ろ姿だった人に挨拶を交わす。

「慎治さん、こんちわですぅ~~~、ついでに将臣もぉ」

「こんにちは八神さん。ウチのお兄ちゃん、八神さんになんか失礼な事、しませんでしたか?」

「やっ、やぁ~~~、二人とも元気そうだねぇ」

 慎治さんは爽やかな笑みでそう言ってくれても、なんだか、声は上擦っているって言うのか、私達との今日のこの面会はマズッたって風な感じのする物でした。

「どうしたんですか、慎治さん?気分でも悪んですかか?こいつ、本当に慎治さんになんかいやらしいことでもいったんですか?」

「おい、お前等、何で俺じゃなくて慎治さんの味方するんだ?マジで大事な話で、俺達にも関係する事だって言うのに」

「いいや、まったく無関係」

 将臣の云いに断固、反対の意を示す慎治さん。

 どんな会話をしていたのか知らない弥生と私は、何のことやらさっぱりわかりませんの表情を作る。

 初めに慎治さんにどんな事をお話ししていたのか、尋ねてみましたが、『余計な事に首を突っ込むな』って一言で終わり、私の彼に話を振るが、悩む様に眉を顰め、閉口しちゃうんです。

「こらっ、将臣、何を悩んでるんですかっ、私と弥生に話してくれないと、こうだぁっ!!」

 まだ、着席していなかった私は、将臣の裏に回り、彼の首を絞めるような動作を取る。

 弥生も私と似たように行動し、私達二人に首を絞められるような姿の将臣でした。

「公共の場で、そんなアホな事すんるなっ、ミドリ、ヤヨイッ!」

「おう、おう、まっぴるまから、うらやましいなぁ、両手頬に可憐な花とは将臣君」

「慎治さんっ、冗談きつっすよ。まじで、いい加減にしろ、貴様らっ!」

「やめてあげるから、ちゃんとお話聞かせちゃってくださいねぇ」

「そうですよぃ、おにいちゃんっ」

「いいから、お前等、さっさと席について、何か注文しろよ。慎治さんがおごってくれるらしいから」

 そんな事を将臣は慎治さんを見ながら言うけど、その振られた慎治さん拒否はしませんでした。

 私達は着席して、ケーキセット付きランチを頼み、それが来るまでの間、男二人が何について話していたのか、詰問するけど、二人も、弥生と私をはぐらかす。

 イタリアにはないナポリタンとミニクロワッサン・サンドウィッチ、それとここの今日のお勧め珈琲にミルフィーユ。

 弥生はケーキにイチゴとバニラのシャルロット。

「なんで、女の子はそうも、ケーキが好きかねぇ?」

「将臣お兄ちゃんも好きですよぉ~」

「慎治さんは嫌いなんですかか?」

「嫌いじゃないけど、好んでは食べないなぁ・・・」

 慎治さんがそう返してきてくれたとの同時に、私は最後のミルフィーユ一口を口に運び、甘さと触感を味わいつつ、名残惜しく思いながら、飲み込んだ。

 私は使い捨てナプキンを一枚つかみ取り、それで口を拭ってから、もう一度、将臣と慎治さんへ眼呉れ顔でどんな事を話していたのか尋ねました。私の顰めっ面を鼻で笑う将臣は何を思ったのか、

「お前ら二人を巻き込みたくなかったんだけど、やっぱそうもいかないか」

「おい止せ、将臣君」

「慎治さんが素直になってくれないからですよ、慎治さんが悪いんです。ええとなぁ」

 将臣のその言葉を皮切りに、私の彼は男の人達二人がどんな内容の話をしていたのか教えてくれました。

 慎治さんはここ数日中に日本を発ってアメリカに向かいそこで、貴斗さんの両親に関する何かを調べに行くという計画を神無月焔さん立てている処を将臣が偶然、目撃し、彼もそれに同行させろと駄々を捏ねていたようです。

 弥生と私、私達には黙って彼ら二人だけで行こうと将臣の奴は考えたみたいです。

 どんなに頭を捻っても将臣の言い分だけでは慎治さんを落とせないと考えた彼は私達を味方につける事で慎治さんを陥落させようって魂胆で二人の会話の内容を私達へ教えてくれたわけでした。

「また、そうやって慎治さんは独りで何かしようとするっ!私達を危険に巻き込みたくないって気持ちはすっごくわかりますけど、被害者の私達なんだから、当然、真相を知る権利あるんですよっ!昔の貴斗さんみたいに独りで何でもかんでも抱え込まないでくださいっ!慎治さんから見たら、私たちの見識なんて、幼すぎるかもしれませんが、それでも、何か、慎治さんのお役には立てるはずです。少々の危険くらい、怖くありません。弥生と私には強力な盾があるんですから」

「そうです、みぃ~~~ちゃんの云う通りです。三人寄らば文殊の知恵。一人多いんですから、八神さんが思っている以上の事が見つかるかもしれませんよ」

 自分の事を言っているんだなと理解した将臣の奴はニヒルに笑う。

「本当に口達者だな、翠ちゃんは。その親友である弥生ちゃんも、やはり同類ってことか・・・、三人寄れば、何とかじゃなくて、君達の場合、女三人寄れば姦しいの方だろう」

「失礼な、俺は男っすよっ!」

 将臣の反論に何かを知っている風なそぶりをして鼻で笑って返す慎治さんでした。

「いくら、言ってくれても、やっぱり三人を連れていくわけにはいかないな。俺が君達に与えた課題もまだ未回答。それにアメリカに行くんだから、パスポートが必要なんだな、これが」

「へっへぇ~~~ん、それなら大丈夫ですよぉ~~~。弥生と私は運転免許とか持っていないから、公式な身分証明書としてパスポ作っていたんですよねぇ~」

「それに、弥生とお兄ちゃんのお父さんがアダム計画でどんなお仕事をしていたのか教えてもらっていませんが、関わっていたことは事実ですし、みぃ~~~ちゃんの方はもう、ばっちりなんですからっ」

「それ、私が言う処だぞ、弥生っ!」

 私の悪態なんて何のそので笑って返す幼馴染でした。

「また、こうやって、俺はこの年下連中に丸め込まれちまうのか・・・、数年多く生きている先輩として情けないぜ・・・」

「そんな事ないですって、慎治さん。慎治さんは頼れる先輩だし、尊敬だってしてるんすよ」

「どうせ、将臣君のことだから、貴斗の次とか言うんだろう」

「ええ、分かってるじゃないですが、流石慎治さん。でも、確かに俺にとって貴斗さんは一番尊敬している人ですけど、一番信頼しているのはやっぱ、慎治さんっす」

「私、翠も慎治さんの事、すっごく信頼してます。だって、貴斗さんは隠し事とか多くて、それに比べて、慎治さんは裏表なく、私達の思いに答えてくれますからね」

「そうです、八神さんはリーダー的存在なんですよ」

 年下の私達は慎治さんをヨイショして、どうにかして、彼をその気にさせる方向へと企てました。

「おだてたって、何もくれてやるもんなんぞ無い」

「ええ、何もくれなくてもいいですから、私達も一緒にアメリカへ同行させてくれるだけでいいんです」

「多数決で八神さんの負けです。弥生達もお供させて下さるのは決定ですね」

「駄目押しか・・・、はいはい、わかった。もう、君らの口の上手さには、舌を巻くよ。観念した・・・、いいか、遊びじゃない事を忘れるな」

 懐を広げてくれた慎治さんは呆れ顔で心境を語り、日程など、詳しい事を教えてくれ始めました。

 渡航の段取りが一時間くらい続き、その後に、私が両親から教えてもらった事を慎治さんへと隠さず伝え、思い悩む様な仕草を数刻の間続けていた。

 最後に、『皇女カアさんはそんな事にまで・・・』と小さく呟くのでしたが、私達には聞こえませんでした。


2011年11月3日、木曜日

 今週の月曜日に聖稜大学の教務課で短い期間の休学届を無理言ってお願いしました。

 え?普通にサボればいでしょうって。

 それでもよかったんだけど、さぼっちゃうの私だけじゃないから、ちゃんとした手続きはしておけと、慎治さんから釘を刺されたので仕方なくなのです。

 正当な理由で長期じゃないと本当は許可が下りないんですけど、慎治さんが言った事だった為なのか、裏に手が回っていたようですね。

 あっさりと承諾を得たのでした。そして、出立を明日に迎える本日の私はといいますと・・・、

「はぅ~~~、トランクしまらないですぅ~~~」

 何を持って行けばいいのか分からない私は必要以上の着替えや、持っておいた方がいいんじゃないかなぁって物をトランクに放り込んでいました。

 手で押してしまらなかったので、蓋を下ろしたその上に座り、体重で押し閉めようと試みていた所です。

「ふぇ、やっぱだめみたいですねぇ・・・」

 情けない声を上げる私は座っていたトランクの蓋から離れ、それをまた開けて中を覗き込んだ。

 私は中の散状に愕然としてしまう。

 小さな溜息を吐きながら、春香お姉ちゃんの事を思い出してしまいました。

 私と違って、整理整頓とかの得意なお姉ちゃん。

 詩織さんや香澄さん達と一緒に泊まりがけの旅行とかに出かけるとき、お姉ちゃんはいつも、着替えとかを日数分より少し多めに持っていく傾向がありました。

 それをあまり大きめでない鞄に綺麗に詰め込み、更に着替え以外必要なものすら、その一つの鞄にきちんと入れてしまうくらい収納上手でした。

 私はそんな春香お姉ちゃんの姿を思い浮かべ、真似をしてみる事にしました。

 記憶をたどり、断片的ないろんな映像から、お姉ちゃんの手法を何度も繰り返し、自身の手でやってみるんです。

 ああでもない、こうでもない。

 ああしたり、こうしたり、記憶断片を再現してみるんですけど、層々簡単に事は運びませんでした。

 大凡、三時間半後、『カチャっ!』、トランクの錠が下りる音が私の部屋の中で静かになった。

「わぁ~~~~いっ、私、すっごぉ~~~いっ、翠、テンサイ!!春香お姉ちゃん、有難うです・・・」

 最後にお姉ちゃんに感謝の言葉を出した瞬間、急に心が侘しさに支配される。

 感謝を伝えたい春香お姉ちゃんはもう、私の傍にはいないから。

 私の中のお姉ちゃんと仲違したまま、別れてしまった後悔の自責の念が私の両目尻を幽かに湿らせました。

「春香お姉ちゃん・・・、うぐっ・・・、ごめんね・・・、ごめんねお姉ちゃん」

 お姉ちゃんや香澄さん達の死が本当に誰か私の知らない、誰かの手によるものだとしたら、私はその誰かに対してどんな感情が湧くのでしょう・・・。

 それが真実であるか、その手がかりを掴むために、明日、私達はアメリカに行くんです。


2011年11月4日、金曜日

 アメリカに向かう私たち四人は発券カウンターで機内に持ち込む以外の荷物を渡し、航空券を発行してもらってから、出立ゲートへと向かいました。

 機内への持ち込み制限が厳しくなっていたので、手荷物として不必要なものは全部、トランクに入れてあったから大丈夫って思っていたんですけど、航空券発行場付近の自動販売機で買ったペットボトルに入った飲料を飲み干さず、携えてきちゃいました。

「馬鹿だな、翠も。さっき言ったじゃないか、飲めないなら捨てちまえって」

 将臣は私に言って私からそれを奪い、蓋をあけて、飲み干しちゃいました。

「かっ、間接キスですぅ」

「はい、はい、ごっそうさま。翠さまの間接キスを堪能させてもらいましたとさ」

 一気に飲み干したから、堪能も何もないのに、将臣はあからさま、私の事を小馬鹿にするように笑うと空になった入れ物を器用にゴミ箱の方へ投げて、見事、狙いを外さずに入れるのでした。

 そういえば、私と将臣、仮にも恋人同士だって言うのに未だにキスとかをした事が無かった。

 将臣には一杯迷惑かけて仕舞っているのに、どうしていつまでたっても素直になれないんでしょう?ちゃんと心の奥底では彼の事ちゃんと好きだって気持ちを持っているのにね。

 すでにチェックゲートを通りぬけている弥生が早くこっちに来なさいって言う風に穏やかに睨んでいたので、愛想笑みを返してから、検査員に手荷物を差し出して、ゲートをくぐり、問題ないと確認済みの荷物を受取って弥生達の方へ歩み寄る。

 最近考えるしぐさが多くなった慎治さんに呼びかけ、南ウィング1へと向かって、そのフロアーで15時55分に出立する飛行機の搭乗手続きの時間を待った。

 季節なのか、それとも私達が利用する時間帯のせいなのかロサンジェルス行きを待つ旅客は多くはなく、周囲を見渡すと閑散としているようでした。

 腰掛の背もたれに軽く座り、周りを見た処で知っている人がいるとは思えませんけど、時間つぶしの為にマン・ウォッチングを始めました。

 隣の弥生も何処かへ視線をやりながら、私へ話しかけてくれます。

 どんな会話そしているのかは女の子同士の秘密ですので、残念ながら教えてあげられません。

 将臣は慎治さんと会話をしている様で、時折、軽く笑う。

 その笑顔にちょっぴりドキッとしちゃって、弥生に気づかれ、からかわれるけど、あいつに知られないなら別にいいやって思いながら親友の言葉を聞き流していました。

 慎治さんが、腕時計を眺めた頃に、搭乗手続きが始まり、慌てずに列に並んで、中へと入っていきました。

 航空券に記載されている座席番号とシートに銘記してある、それを照らし合わせながら私達が座る場所を探しました。

 慎治さんはそんなものを確認せず、すたすたと進んで行っちゃいますけど、急に立ち止まった。

「俺達の座る場所はここだな。因みに四列席はここの前後だけ」

 プレミアム・エコノミークラスのほぼ真ん中あたりの席でした。

 普通のエコノミーよりもちょっぴり高級感あふれるそれに弥生と私はワクワクしながら、真ん中に関に座る。

 将臣は私の隣で進路に対して右側。

 慎治さんは弥生の隣に着席し、飛び立つのを待つ。

 飛行機に乗るのはこれが生まれて初めて。

 もう、それが嬉しくてうれしくて、それが表情にも表れて仕舞い、慎治さんから、苦言を頂いてしまうんです。

 彼がその言葉の後、眉を顰めて、その部分に指を当てる仕草に私は小さく笑う。

「慎治さん、楽しく行きましょうよ。それに慎治さん、一人だけでアメリカに行くなんて無謀ですよ。俺達、誰かに狙われてるんでしょう?」

「だから、連れて行きたくねぇだよ。向こうは、拳銃大国だからな」

「大丈夫っすよ。弾が飛んできても俺の鋼のこの拳で打ち落として見せますから」

「将臣、馬鹿なこと言ってんじゃないの。そんなの無理に決まってるでしょう?一度、頭打ち抜かれて、銃の怖さ味わったほうが身のためだよ」

「そうだよ、お兄ちゃん、そんな馬鹿なこと出来るわけないじゃない」

 将臣が冗談で言っていてそれを分かりつつも、弥生も私も言葉を返す。

「なんで、こんな冗談も分からないかねぇ、君たちは・・・って、おい、翠、頭撃たれたら死んじまうだろうが」

 私の言葉を本気にとらえたかのようにマジ顔で戻して来る将臣。

 心の中ではまた馬鹿な事を言いやがってとか思っているんだろうな。

 飛行機が動き始める数分前位から、慎治さんは腕時計を見始めました。

 私には慎治さんの表情が何かの不安に駆られている様にも見えました。

 大きな鉄の鳥が徐々にその巨体を浮上させた頃、私は気が付くんです。

 飛行機事故に遭って命を失いかけて慎治さんの事を。だから、今私が慎治さんから感じ取った不安感はその事に起因するのではと心配になり、その表情と一緒に差し出がましくも声を掛けていました。

「慎治さん、怖くないんですか?」

「うん?ああ、飛行機事故にあったから、心配してくれているんだな、翠ちゃん?大丈夫さ、普段はすっとぼけているが、家の母さんはどうやら、本当に精神科医として、名医みたいだ。ご覧の通り、その母親の治療で、なんともないよ」

 慎治さんがそういうから、これ以上私が心配しても、どうにかできるものではないと悟っちゃいましたので、おフザケで、

「怖くなったら、いつでも私の事抱きしめていいですよ」とにっこり微笑んで見せますけど、慎治さんは軽く呆れた風の表情で、

「馬鹿言え、年下に慰めてもらうほど駄目っちゃいねぇよ、俺はな」

 その言葉を聞くと、にっこり微笑み返し、となりでぼぉ~~~っとしている弥生へ話しかけた。

 乗物で移動中の将臣は昔と変わらず、音楽を聴き始める。

 変わった事は更にそれに付け加え、娯楽雑誌ではなく小説を読む事でした。

 私達女の子二人は、ある程度お話が進むと、二人共通の趣味の番組をポータブルHDDプレイヤーで視聴し始めたのでした。

 それを見るのに集中する事、大凡三時間。

 弥生が慎治さんの変化に気が付く。

 魘されているその人。

 離陸直後、大丈夫だとは言っていましたけど、精神的な物がそんなに簡単に治るわけがないです。

 寝入ってしまった将臣を起こすのは不可能。

 私達は苦しそうにしている慎治さんを懸命に、懸命に呼び掛けるも応答なし。

 どんどん顔色を悪くしていく、慎治さん。もう不安で不安でしょうがなかった。

「みぃ~~~ちゃん、私、乗務員さん探して来るから、頑張って、八神さんをおこして」

 弥生はそう言うと私の脇を通り抜け、将臣の足を踏んづけて、廊下に出て前の方へと向かった。

 起きてくれるまで、何度も呼びかけ、やっと目を覚ましてくれたかと思うと、相当血色の悪い表情で手を口に当てるとふらふらな足付きでも急いで、化粧室へと行ってしまいました。

 それと入れ替わるように戻ってきた弥生は湯気が立つ、タオルとペットボトルの水を持って戻ってきました。

「みぃ~~~ちゃん、これちょっと持っていてください」

 座りながら私にその二つを渡してくれると、彼女は手提げの中を覗き、市販のジップ付き飴の袋を取り出した。

 すでに開封されているそれを開けると飲み薬が飴と混ざって入っている。

「最近は市販のお薬も持ち込みが厳しいみたいですけど、こうしちゃえば、案外なんとかなってしまうみたいですねぇ」

 得意げに言う弥生は、その袋の中から胸焼けや吐き気なんかに効くらしい薬用トローチを取り出した。

 青ざめた表情で私達の処へ戻ってくる慎治さんは力なく、座席に腰を降ろし、顔を天井の方へ向けた姿で顔を覆い隠すように手を置きました。

 弥生から渡された二つを彼女に戻し、彼女の手から、慎治さんへと言葉と一緒に渡されていた。

 弥生との付き合いは幼馴染って言うくらい長いけど、親友の他人に対する配慮、気遣い、気の回しようって言った方がいいのかな?ホント、尊敬しちゃうよ。

 まっ、偉大な私の尊敬すべき、詩織お姉様に比べたらほど遠いですけどね。

 私の性格じゃ、弥生みたいな事はとてもできないから羨ましくも思う。

 そんな感情を抱きながら、慎治さんを落ち着かせようとする弥生を眺めていました。

 それから、数度の眠りで私達を心配させるような状況に陥ってしまう慎治さんの姿を見る事になるのですが、無事に飛行機は目的地へと到着する。

 停泊した飛行機にボーディング・ブリッジが接続され、機内外移動許可の放送が流れると私たち四人は慌てず、流れに乗り、搭乗橋を渡り、ロサンジェルス国際空港の入管管理局へ向かう。

 私達の入国手続きをしているお役人さん達が喋る言葉は英語。

 書く言葉は英文。

 それが出来ない私との意思の疎通は容易じゃありません。

 慎治さんは出来て当然と思っていましたが・・・、まさか、将臣が英語を喋っているだなんて、絶句です。

 読み書きは出来る弥生は書面の必要事項へすらすらと単語を並べ、文節にしてゆく。

 おろおろする私の頭を軽く叩く将臣は軽く笑って、私の持っていた書面を取ると記入するべき場所へペンを走らせ直ぐに書き終えた。

 慎治さんはそれを受け取り、私たち全員の旅券を局員へ私、短い会話を終えてから、印鑑を押してもらいました。

「よっし、これで手続きは終わり、行こうぜ」

 慎治さんは言い、ゲートを抜けて行く、最後にそこを通った私へ、局員の人が、『良い旅を』と英語で言ってくれたようですが分かってあげられる筈もありません。

「将臣、いつからえいごはなせるようになったの、っていうかありえない・・・」

「翠と、ここの出来が違うからな、喋る事くらい余裕だっつぅ~~~の」

「はい、はい、私は馬鹿ですよぉ」

「いいじぇなねぇの、英語なんちゃ、喋りたい奴が、必要な奴だけが使えりゃいいんだよ。英語が出来るからって優れてるなんて、思うのはおかしいんだ。それが出来るからって優越感に浸る奴なんか、俺はすかねぇけどなぁ」

「そうだ、そうだっ!慎治さんの言うとり、優越感に浸ってる奴なんかいけすかないですねぇ」

「おっ、俺はそんなつもりで言ったんじゃないっすよ、慎治さん」

「誰も、将臣君を非難した訳じゃない。君が翠ちゃんをからかう為に言っている事は察しているさ、俺が言った対象は君の様にからかいで言うんじゃなくて性根からそう思い込んでいる連中のことさ」

 私達は管理局を抜け、日本の空港で預けた荷物を受け取る為にバゲッジ・ルームへ向かう。

 全員の荷物をまとめる為のバゲッジ・カートを手にロータリー・レーンで私達の荷物が流れてくるのを待った。

 私達の様に出てくる荷物を待っている人達。

 それらの人達が自分の荷物が流れてくると、立っていた場所で来るのを待ち切れず、他の人の迷惑を顧みず、我先にとトランクやスーツケースを手に入れては早々と立ち去って行く。

 似たような形や色。

 自身のものだと思っては間違い、ぞんざいに扱う人や丁寧に戻す人。

 そんな人達を眺めながら、慌てず待つ私たちでした。

 ロータリー・レーンが回り始めてからおおよそ、三十分くらいで、待機していた私達の場所へ私達の荷物がそんなに離れていない間隔で向かってきます。

 慎治さんと将臣が、弥生と私の分をまとめて器用に持ってこちらに戻り、カートへと乗せました。

 慎治さんが押そうとしたカートを将臣が、それは慎治さんがすることじゃないという目上の人を尊重する態度を示し、私の彼氏が動かした。

 慎治さんも訪れるのが初めての空港だと思いますが、その間取りを良く知っているかのように、迷わず出口へと私達を導いてくれました。

 到着ロビーへと続く緩やかな上り坂。

 その道を先行する慎治さんはその場所を登り切ると首をゆっくり動かして、誰かを探す様な仕草をするんです。

 釣られるように慎治さんと同じ行動をする私達。

 慎治さんが相手を見つけるよりも早く、その相手が慎治さんの名前を流暢な日本語で声を張り上げこちらへ駆け寄ってきました。

 将臣よりも長身の外人さん。

 その方は屈託のない笑顔で八神さんをアメリカン・フィジカル・コンタクトで迎え入れていました。

 その外人さんは日本語で話しかけてくれているのに慎治さんは態とらしくなのか、そうじゃないのか知れませんけど、英語で返しています。

 先ほど、英語の事で突っ込まれた将臣が慎治さんへ、何かを言おうとした。

「慎治さん、なに一人で英語しゃべっているんですか。その人が日本語で言ってくれているんすから、見栄を張らなくてもいいとおもうぜ」

「そうです、それよりも紹介してくださいよ、私たちを」

「みえじゃねぇ~~~っつうの・・・、て事でクライフ、自己紹介だとよ」

「はじめまして、クライフ・フォードと申します。ヤガミとは大学来のフレンドです」

 爽やかな笑みで自己紹介をするクライフさん。

 慎治さんに促されるよりも早く、私は自分の自己紹介をはじめ、それに続く、将臣と弥生。

 暫く、その二人の旧友さん達は立ち話を初め、終わった頃にクライフさんが弥生の事を褒めはじめいきなり、アメリカン・ジョークだとは思いますけど、弥生なんかへ交際を求めたのでした。

 弥生にだってちゃんとした好みがあるし、それに該当していないクライフさんはあっさりと断られるのでした。

 それを面白がるように眺めるその兄、将臣。

 もともと、私達はアダムについて調べにアメリカまで来たのですが、空港到着後は観光したさで、頭が一杯一杯になってしまっていた私達にとってクライフさんの言葉は喜ぶべきものでした。

「今日は観光を楽しんでください」

 はしゃぎ始める私達へ慎治さんの苦渋の顔と言葉を漏らすのでした。

「これだけは言っておくぞ、Las Vegasには絶対に行かないからな」

「ええぇぇええ、いきましょうよぉ、せっかくアメリカに着たんですから、カジノ、カジノッ~~~」と遊ぶ気満々の私と、

「私、ラスベガスのマジックショー見たかったのに」とマジック好きの弥生、

「賭けは、男のロマンですよ、慎治さん。逃げるんですかっ!」と初めてのカジノ体験ができるかもしれない事に意気揚揚する将臣。

 このような態度を見せる、私達へ、投げやりな表情を作る慎治さんでした。

 私達はクライフさんに連れられ、玄関口の外、旅行客の到着を待っているタクシーやバスが停車している道路へと出ました。

 そこには写真やテレビでは何度も見た事のある長い車、リムジンだったかな?それがちらほらと止まっていました。

 一生に一度くらいはそんな風変りな車に乗ってみたいなと思っていたのですが、なっ、なんと、クライフさんはパールシルバー色のリムジン前にすらりと立ち止まり、中から運転手が迎え出てくれるのを待つ仕草をしたんです。

「レディース、どうぞおのぉ~りくださぁ~~い」

 ちょっと変わった語彙の伸ばし方をする、クライフさんはにっこりとほほ笑みながら、乗車するように促して下さいました。

 弥生と、私は上機嫌で中に入り、その車の椅子の座り心地を体感するんです。

「すっ、すごいです。車のシートがこんなにも座り心地がいいだなんて」

「そうですねぇ、飛行機のエコノミーとは天と地の差です」

「わるかったな、エコノミーで。それでも見栄張って、プラチナにしてやったのにな」

「そうだぜっ!」

 私達の感想に慎治さんと将臣は不満をもらしつつ、乗車した。

 慎治さんの隣にクライフさんが座ると運転手がドアを閉めて、日本とは反対方向の運転席に回ると私達の乗る車両を発進させました。

 動き出す時に受ける応力だったかな?その衝撃も普段私達が乗りなれている車より、遥かに少ないです。

 フリー・ウェイに差し掛かる少し前位に、クライフさんは観光したい場所はどこかと尋ねてきました。

 ディズニー・ランドと二人同時に声を上げる、弥生と私。

 ハリウッドと断言する将臣と何も言わない慎治さん。

 将臣の意見が採用される筈もなく、私達は一路、ディズニー・ランドがあるアナハイムって言う街へ向かいました。

 日本の景色しか知らない私にとって、カリフォルニアの知らない街の景色はとても新鮮でした。

 永い眠りから、目を覚ます事が出来たこと、生きている事に無性に感謝し、フリー・ウェイ車窓から眺められる景観を楽しんでいました。

 目的地に向かっている間、日本好きらしいクライフさんは私達へ色々とそれに関するネタを振ってきました。

 結城兄妹も私も楽しむ様にクライフさんと会話をするんですけど、慎治さんは・・・、会話にほとんど参加もしてくれず、遠い瞳で窓の外へ顔を向けていました。

 ロサンジェルス空港から多分、大体一時間半くらいでディズニー・ランドへと到着。

 今回はランドの南区画に位置し、比較的に新しい、カリフォルニア・アドヴェンチャーを紹介してくれる。

 ワンデー・パス購入から入館まで、クライフさんが全部、やってくれて、私達はそれについて行くだけでよかった。

 弥生と私の二人はパーク・マップを開き、どこへ行こうか相談しはじめ、上の方から覗き込むように見る将臣。

 出来るだけ英単語を理解しようとする私達。

 わからない事があれば何でも聞いてくれと言うクライフさん。そして・・・、・・・・、私達の輪に混ざってくれない慎治さん。やっぱり、迷惑だったのかな、私達が一緒に来ること・・・。でも、私だって、ちゃんと意味を持って一緒に来たんだから、それを実行しないとね。

 陽気に振る舞い、アトラクションの二、三を楽しむ私。慎治さんは相変わらず、楽しそうにしていませんでした。

 私の知っている以前の雰囲気を持たない彼へ。

「なに、八神さん、そんな所にぼぉ~~~っと突っ立っているんですか?みんなで、あれに乗りましょうよ」

 昔、貴斗さんにしていた様に、無邪気に慎治さんへ接するんです。

 急に私が慎治さんの手を握り、引っ張る物ですから、慌てふためく声を上げる。

「あわわわわわぁっ、翠ちゃん、急に手を引っ張るなよ」

 そんな先輩をみて、小さく笑み、弥生達が待っている列へ歩み始めた。

「いいのか、将臣君、君という彼氏が居る前で、こんなに簡単に男の手なんか握らせたりして」

「別にいっすよ、相手は慎治さんだし。それに、翠は昔っからこんなんだから、今更」

「みぃ~~~ちゃんたら、ぜんぜん成長していませんからねぇ」

「なにさ、弥生だって、いまだに、私の事、みぃ~~~ちゃんなんて呼んで」

「はい、はい、わかったよ。俺も乗るからけんかすんなつぅ~~~の」

 私達のくだらないやり取りに慎治さんは苦笑いするけど、さっきどんよりとしていた雰囲気が払拭して、明るくなったように思えた。

 慎治さんが昔の私が知っている大らかで達観もしていて信頼できる先輩に戻ってくれるように、持ち前の性格を取り戻してくれるように祈りつつ、無邪気な自身を演じるのでした。

 日が沈んでからも、暫く、園内を遊びまわり、クライフさんが予約していたレストランの時間にちょうど到着する事にそこを離れました。

 弥生も私もとても楽しく過ごせて、乗車中でも顔を綻ばせていました。

 気になる慎治さんの様子も、こっちに到着したころに比べると孤独に浸りそうな傾向が少なくなっているように見えます。

 将臣の奴は初め、私達に合わせるようなそぶりをしていたんですけど、彼が好きそうなアトラクションや見世物になると本心をさらけ出していました。

 私としては無理に合わせようなんて気を使って貰うよりは自然体で接して欲しかったからそんな彼が見れて、安心もしていました。

 さて、さて、将臣はどんな風な気持ちで妹や私、慎治さんに接していたのかな?

 食事中も元気いっぱい振る舞って、日本では考えられない一人分だと言われる量を平気で平らげまして、クライフさんにおねだりをして、追加注文もお願いしちゃいました。私と同類で大食漢な弥生もです。

 私がクライフさんにお願いするよりも、弥生の方の反応が早い、分かりやすい性格のその方は、本当に彼女に一目惚れっぽいですねぇ。

 緩やかな時間の流れで夕食を堪能した一行の私達は、これまたクライフさんが用意して下さったホテルへ向かい、そこでチェックインして、指定の部屋へ移動しました。

 部屋割は三、二だったので弥生と私の二人と、その他三人だと思ったんですが、どんな気の回し方?私達と将臣が一緒でした。

 私は別に将臣と部屋が一緒でも問題ない。

 それに口では将臣も、弥生もお互いが異性である事を意識するような発言はするけど、精神的にはほとんど気にしていない様子。だから、お互いが同じ部屋、同じベッドでもたぶん、一緒に寝ちゃうんじゃないでしょうかね。

 まあ、その理由がその裡、分からないかもしれないし、分かるかも知れない。でも、私は一生知る事はないは事実かな?

「お兄ちゃん、弥生達がシャワー浴びている処、覗かないでくださいね」

「ばぁ~~~ろっ、誰が貧弱体系のお前なんぞの裸なんか見たいと思うかよ、翠は別だけどな・・・。まっ、馬鹿なこと言ってないでさっさと済ませてきてくれ。今日は慎治さんを元気づけたかったから、騒いでいたけど、明日はちゃんと慎治さんの目的を手伝わなきゃならないんだから夜更かしは出来ないぜ」

 私は将臣のその言葉がなんだか嬉しくて、小さく微笑んじゃいました。

「何笑ってんだ、翠」

 鼻の頭を掻きながら、小さく照れる彼を見てまた軽く笑みを零して、弥生と一緒にバス・ルームへと向かった。

 翌日、私達はサン・ディエゴって町へ向うフリー・ウェイを南下していました。

 クライフさんにどうして、ハイ・ウェイじゃなく、フリー・ウェイって呼ぶのか尋ねてみると、料金無料だからじゃなくて信号の待ちが無いノン・ストップで走る事が出来るシグナル・フリーだからだ、そうですよ。

 慎治さんの目的地の場所。車から降りた後、時計を確認したら11時を過ぎていました。

 何かの施設。

 周りは荒れ放題。

 施設の中を向かっていく舗装道路と言う道路の殆どは亀裂が入っていて、その隙間から雑草が生えていました。

 あまりにも殺伐で、殺風景さを感じる一帯。

 施設の中央に向かいながらここが何なのかを慎治さんに尋ねていました。

 今いる場所は貴斗さんのパパさん、藤原龍貴さん次世代エネルギーの研究の為に設けた場所。プロジェクトの名前はアダム。

 慎治さんが求めている答えのアダム計画とは全く違う研究らしいですけど、この場所では貴斗さんのご両親が計画的に殺害されたのではと慎治さんは睨んでいて、手がかりになるような物が見つかればと思い、訪ねてきたという訳でした。

 十数分歩いて一番大きな建物に到着した私達。

 廃墟探索趣味の人が好みそうな雰囲気を漂わせるその建物前で、慎治さんがこの中を探ろうと言う。

 皆で一緒に回るのかと思ったんですけど、それじゃ非効率だから、手分けしようって事になっちゃいました。

「えぇ~、ばらばらなんですかぁ?」

「翠、文句言ってないでいくぞ。少しでも、慎治さんの役に立ちたいって思うんなら、不平を言っている場合じゃないだろう?」

「そうですよ、みぃ~~~ちゃん」

 不満を慎治さんへ伝える私へ、結城ツインズは慎治さんに聞こえないくらいの声量で、私にそうささやいてきました。

 要件を私達に伝え終わった慎治さんは早々に建物の中へ入って行ってしまう。

 私達も遅れず、移動しはじめ、将臣の言葉で慎治さんとクライフさんが向かった方角と違う場所を目指しました。

 ない頭をひねりながら、二人と算段し、手がかりになりそうな事を戸が崩れかけたや、無くなっている部屋の中を一生懸命探す。

「研究室なんか除くよりも、研究している人が書類とかを書く部屋、なんていうのかな、そういう処を探した方がいいじゃないんですか?」

「ほぉ、翠にしては頭使ったな。居室だな、このフロアーにはそれらしき所はなかったから、別の階にでも移動してみようぜ」

「それだったら、玄関前に建物の案内表見たいのがありましたよ。すれていたからはっきりと確認できるか見てみないと分からないと思うけど」

 弥生がそう言うので一路、私達は玄関前に戻り、建物案内図を拝見した。

 所々、穴があいていましたが、大凡は把握できたので、居室が並ぶ3Fに階段を使って登りました。

「俺達以外の気配を感じない・・・。ばらばらで行動しても、誰かに襲われるって事はなさそうだあな・・・」

「それじゃ、手分けして探すの、お兄ちゃん」

「そうした方がよさそうね」

「誰かの襲撃に遭わない事は俺が保証するけど、瓦礫なんかに足を取られて転ぶなよ」

「私も、弥生もどんくさくないんだから、心配しなくても大丈夫。それと崩れそうなところには近づくなでしょ?将臣」

「うっし、わかってんなら、ちゃきちゃきいこうぜ」

 将臣の合図でTの形になっている三階通路のそれぞれへ向き、手前の部屋から中を物色し始めた。

 私が知っているアダム計画の人物に関係しそうな名前やアダム其の物の単語が書いてある資料や記録が無いか探しては見るんですけど、一行に見つからず、通路の奥へ奥へと進む。

 亀裂や隆起した床をちょんちょんと、飛び跳ね軽快に進めどもお目当てのお宝箱の中身は外ればかりでした。

「この部屋を確認しちゃえば、残す所、あと二部屋だけですねぇ~」

 入口の扉の枠、右上隣に部屋番と名前が差し込めるような場所があるけど、今入ろうとしている部屋のそれには名前はおろか、数字すら消し飛んでいました。

 他の部屋の場合、文字は不鮮明になっちゃっていましたが、名前か部屋番、もしくは両方存在していました。

 どんな理由で名前も部屋番もなくなっちゃっているのか知れませんけど、取りあえず、動きの渋いドアを開け侵入させてもらう。

 部屋の中の荒れ様は一緒。本棚の中の本や資料が四散している有様。

 散らかっている紙類をおおざっぱにまとめ、めぼしい物が無いか目を通す。英語ばかりの文。でも必要なのはADAMと言う単語や人の名前。

 文章内容が理解できなくたって全然問題ないです。

 見つけたら、慎治さん、クライフさんや将臣に読んで貰えばいい。

「ここもはずれなのかなぁ?」

 ぼやきながら、散らばっていた紙の下に隠れていて、不注意で蹴り飛ばしてしまった何かを拾い上げる。

 それは木製のフォト・スタンドでした。

 大きさは学校なんかでクラス写真に使われている大きさ、正式な呼び名なんてカメラマンじゃないし、写真が好きな訳じゃないから知識として持っていないので私が伝えられる言い方はそれしかないです。

 色あせちゃっていますが、傷もないし、汚れもない。

 写真の中をじっくり観察する私。

 日付は1985年9月30日。男女大人が十八人、その大人に抱かれた赤ちゃんが、一、二、三・・・、八。小学校前位の幼児が四人。

 はっとその中に映る人達に見覚えがあるって言うか、知っていなくちゃならない人が映っていました。

 直ぐに私は写真立てから、それを抜き出して、裏に映っている人達の名前が明記されていないか確認しました。

 目の中に入ってきた文字は私の認識できるものでした。ですけど、鉛筆か何かで書かれた字は擦れていて読みにくかった。

「お姉ちゃんの名前・・・、他にも・・・」

 間違いなく、これは秋人パパ達の映っている写真でした。

「秋人ぱぱ、春香お姉ちゃんが生まれてから、一度も貴斗さんのパパさん達に会ってないって言っていたのに・・・」

 この写真ここにあってもショウガナイ、そう思った私は肩にかけていた小さなリュックから、たまたま入れていた100円ショップで買ったファイルケースにそれを収め、リュックの中に戻す。

 収める物が無くなった写真立てを机の上に置こうとした時に、まだ、何かその中にあった事に気づく。

 四つ折りにされた紙切れ。取り出して広げてみると、『God bless our children on future.(我等、子等の未来に祝福を)』とその様に綴られていました。

 私にはその英文の意味を理解できませんでした。

 客観的に物をとらえる事が出来る人にとってGod blessと言う単語、アダムとう計画、聖書の中のお話でのアダムとう人物、そして、私達の現状を察し、理解しようとするならば余りにも、皮肉でしかない願いの文だと思うでしょう。

「なんでしょう?この文章、意味があるんですかねぇ」

 独り言を終えた私はそれを折りたたみ、ポケットにしまいこんだ。

 後でクライフさんにでも聞いてみましょう。

 今度こそ、写真立てを机の上に置こうとした時、中の台紙だと思っていた紙が滑り落ち、ひらひらと落ちる瞬間に裏を向いていた面が私の瞳に映る。

 それも写真だったんです。

「誰が映っているんだろう」

 拾い上げ、何人映っているのか数え上げながら、顔を確認しました。

 さっき見た写真の記憶が今の写真とを無意識に比較していた私の目。

 作業着みたいな服装の人や、お医者さんが着るような白衣、それとは若干差異のある白衣っぽい物を羽織っている人達が全員で三十六人。

 若い頃の皇女先生や将嗣パパさんが映っていました。

 私は貴斗さんのママさんにはお会いした事が無いのでその中に映っていても認識できない。

 もともと裏返しでフォト・スタンドに入っていたから、裏面に人物名が書いていない事は言うまでもないですね。

 私はその写真を持ったまま、フォト・スタンドを今一度、確認する。

 トレーシング・ペイパーに人の形と名前がアルファベットで書いてありました。

 今度はボールペンだったのでくっきりと残っています。

「ええぇ~~と、どれどれ」

 フォト・スタンドからその透けた紙を取り出し写真と重ね合わせ名前を確認しました。

「S・YUKI、将嗣パパさん、M・YAGAMIで皇女先生ですねぇ・・・、とそうすると、このM・FUJIWARAって女の人が貴斗さんのママさんなのかな?KASHIWAGIってもしかして、名字が二人もいるけど、もしかして、柏木宏之さんのご両親さんって事はないですよねぇ・・・、英語の名前は何て読んでいいのか分からないから、パス・・・」

 声に出しながら、分かる名前は読みあげて行き、顔とそれを見合わせていました。

「T・TAIYOで、さいごですね・・・」

 そう最後に口にした人物はその写真の中で一番若く見えました。

 結構写真での年齢判定って難しいけど、この顔で、二十代後半ならあり得るけど、三十、四十はないでしょう。

「この写真も、持っていて損はないよね」

 先ほど、仕舞いこんだブリーフケースを取り出し、この写真も収納した。

 スカートのポケットに入れていた携帯電話が音を鳴らし始める。

 慎治さんと別れた後に集合時間の為のタイマーを携帯機能で十分前になるように仕掛けていました。

 私は急いで、弥生達の処へ戻り、玄関へ行こうと告げた。

 移動中、二人に何かめぼしい物は見つかったのかと尋ねたけど、頭を縦に振る事はなかった。集合場所に最後に来たのは慎治さんでした。

 お互いに収穫があったか、意見を交換しましたが、私は嘘を言って、見つけた写真と何かの英文の事は伏せちゃいました。

 慎治さんが、独りで暴走しそうになった時、それを止める武器として、交渉材料として持ち出すためにね。実際に有効手段として使えるネタかどうか、今はわかりませんけど。

 サン・ディエゴって処で収穫の得られなかった慎治さん。

 別の情報入手の為にクライフさんの御膳立て弥生や私、将臣が行きたいと思っていたラス・ヴェガスに移動していました。

 そこで、私達年下三人がマジック・ショーにうつつを抜かしている間、まんまと慎治さんと密会の相手は謎のお話を進め、ショーの終わりごろこっそりと何食わぬ顔で会場に戻ってきたんです。

 抜け出している事に全然気が付かなかった私達、マジック・ショーの内容の凄さを再認識するような会話を交えても、あたかも慎治さんがそれを見ていたかのようにうまく言葉を合わされちゃいまして、慎治さんも一緒に見ていたのだと刷り込まれてしまっていたんですよ。

 それを見た翌日、丸一日、カジノで一喜一憂しながら、思う存分楽しみました。

 カジノの後はまた、サン・フランシスコって丘陵都市に移動していて、その街の海が見える墓地へと私達は今立っている。

 穏やかな風が丘から海へと吹きぬけて行く。

 芝生が風になでられる様に私の長くなった髪もそよ風に靡く。

 大輪の百合を携えた慎治さん。

 私達はまだ、誰のお墓参りなのか教えてもらっていませんでした。

「慎治さん、いったい誰のお墓参りなんですか?」

「みぃ~~~ちゃん、名前ならちゃんと刻まれていますよ・・・、えぇっと」

「シンフォニー・レパード?」

「惜しいな・・・、シフォニー・レオパルディ・・・、・・・、・・・、貴斗の最初の彼女さ・・・、ADAMによる怨恨の最初の犠牲者かもしれなかった女の子だ」

 得意げに墓標に刻まれている名前を呼ぶ将臣に苦笑しながら答える慎治さん。

 慎治さんの口にした言葉に耳を疑い、私は相当驚いてしまいました。

 だって、相当晩熟っぽい貴斗さんが詩織さんより前に付き合っていた人がいただなんて吃驚しない筈がないです。

 弥生も同様の反応を示したけど親友の驚き方はちょっと私とは別でした。

 まるで、その女の人を敵視するかのような棘のある言い回し。

 それに対して、双子の兄は何も言葉にしない。

 目だけを動かして、彼を除くけど、将臣の表情から読み取れる感情はありませんでした。

 慎治さんは詩織さんよりも前に貴斗さんが恋人もちだったころよりも、もっと凄い事があると言いつつ、先に礼拝させてくれとお願いされました。

 アメリカ式の参拝を知らない私は慎治さんの見様見真似で、同様にお祈りをする。

 私は薄情な子かもしれませんが、知らない人へ感傷に浸れるほど多情じゃないです。だから、形式的な黙祷を数秒して、直ぐに瞼を上げていました。

 眼を開けてしまったから弥生や将臣、慎治さんの事が気になって、様子を窺ちゃいますと動かした視線の先に弥生の瞳がありました。

 彼女も私同様だったみたいですね。意思の疎通をしたかのように私達は苦笑する。

「そろそろ、将臣お兄ちゃんも目を開けると思います」

 そう私へ囁くと、彼女の云った通り、軽く下げていた頭を上げてゆっくりと視界を広げる。

 慎治さんが目を開けるまでの時間を計るなんて野暮な事はせず、じっと待つ私達。

 緩やかな動作で亡き方への弔いを終えた慎治さんは私達へ振り返り、徐に一枚の写真を私達へ示す。

 慎治さんの策にはまってしまいました。

 驚かずにいられません。

 目を疑っちゃいました。

 驚きすぎて、言葉での反応が遅れて仕舞い、弥生の次に私は声を出す。

 それは写真を見たそのままの感想で、その中の人物をシフォニーさんと認識出来ていない物です。

「先輩って、どんな格好しても、似合っちゃいますよね・・・。うらやましい。それと貴斗さんもこんな表情するんですね・・・」

 その中に映っている貴斗さんの表情の自然さ、私達と過ごしていた頃には一度だって見せてくれなかったそんな顔つきでその写真の中には納まっていたんです。

 想像以上にその新鮮な貴斗さんの照れ方に、初めて貴斗さんにトキメキを覚えたあの頃の感情がよみがえってしまう。

「やっぱり、勘違いしたな、お前ら。これが今俺たちの下で眠っている人。シフォニー・レオパルディさんだよ。詳しいことは、飛行機に乗ったときにでもゆっくり話してやるさ」

 私の心がときめき切なさを感じたのとほぼ同じタイミングで慎治さんが写真の中の人が詩織さんじゃなくて、シフォニーさんだって教えてくれた。

 私の頭の中が混乱する。

 どう見たって詩織さんなのに、それが別の女の人だなんてとても思えない。

 それくらい似過ぎているんです。

 慎治さんの言葉を否定したいくらい同じ私の脳は認識してしまう。

 貴斗さんの顔をもっと見たかったし、詩織さんじゃないって言うシフォニーさんの顔もちゃんと認識したかった。だから、慎治さんからその写真を奪おうと手を伸ばすけど、

「おっと、残念。こいつは俺の手から離れたがらないんだな。だから、店じまい」

 慎治さんはその言葉と一緒に大事そうにその写真をフォト・ファイルへしまい込んでしまいました。

「ずるいですぅ~~~、もっと、見せてくださいっ」

「そうっすよ、独り占めだなんて、貴斗さんにもそのシフォニーさんにも失礼っす」

「慎治さん、大人げないです。ここは年上の貫録を見せてください」

「なんと言われようとも、聴けん話だな。これは条件付きでの借りものですからよ」

 そんな捨て台詞を吐いた後、私達から逃げる様に慎治さんは歩き始めました。

 ロサンジェルス国際空港から日本への帰路についてから三時間くらいしたころ、慎治さんがシフォニーさんと貴斗さんの事を遠くに視線を合わせながら語り始めてくれました。

 それは、とても、とても、辛く、痛いお話。望んで聴くようなことじゃない二人の最後。慎治さんの語りに耳を塞ぎたかった。でも、慎治さんの表情、心痛な思いで語ってくれている雰囲気なのにちゃんと聞かないのは非礼甚だしい。

 シフォニーさんとの悲惨な別れ、ご両親を立て続けに失った事が貴斗さんの記憶喪失になった原因と結論付けて慎治さんの話が終わる。

 心痛に眉を顰め、胸元で拳を握り締める私。

 春香お姉ちゃんの日記の事を思い出す。そして、日記の内容をようやく理解した。

「やっぱり、私は何も知らなかったんだ・・・、知ってあげられなかったんだ・・・、貴斗さんの事・・・」

 ぼそぼそと、そう口にする私の瞳から涙が零れ落ちていました。

 私のその姿に三人は何も言葉にしない。

 なぜなら、今慎治さんも弥生も、将臣も自分たちの心の思いで一杯だからです。

 慎治さんは言う。

 春香お姉ちゃんの死も、貴斗さん、詩織さん、香澄さん、柏木さんの死も、シフォニーさんですら全部、事故ではなくてアダムに連なる事件だと。

 私はアダム計画と言う計画の有用性も危険性も全く理解していなかった。だから、本当にこれが誰かの手によって仕組まれた事件ならその人を、そんな人がいるならその人物を許せない。

 こんな風に思うのは別に私だけじゃないはず。

 慎治さんだって、弥生だって、将臣だって自分の手でどうにかしたいんじゃないか、そう考えて当然と私は思いこんでしまいました。でも、私は頭を振る。

 お姉ちゃんも、貴斗さんも、詩織さんも、香澄さんも、柏木さんだって皆みんな復讐とか、そんなの望んでない・・・。だから、私はそんな事思っちゃだめ。

 私の中で悪戯天使とお気楽悪魔が若し犯人が見つかったら私の手で復讐する、しないを言い争いますが、速攻で悪戯天使が勝利し、私は小さな笑みをこぼしていたようです。

 私のその表情に三人誰も突っ込みを入れてくれる事はありませんでした。

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