第 三 章 求めたていた答え
第七話 将臣と弥生とわたし
第七話 将臣と弥生とわたし
2011年5月3日、火曜日
将臣が予定を言っていたように私達は大人数で静岡県のキャンプ場へ二台の車で向かっていました。私のパパが運転する車には葵ママと結城家族。
もう一台の車には八神さんの家族と翔子先生、愁先生が乗っていました。
どうしてこんな一杯でお出かけするのか?その理由は弥生や私の心のリハビリテーション等が目的だそうです。
中高時代の私だったら、こんなイベントでは騒がしく燥ぐのは当たり前でした。でも、今は移動する車の窓を開けて、遠くの外を静かに眺めていました。
会話をしてもらえる相手は居るのに流れる景色を感傷に浸るでもなく、ただ虚無的に瞳に映すだけです。
顔は動かさないで、ちらりと眼だけを移動させて、話を掛けてくれる様子もない連れがどうしているのか確認した。
私の隣の弥生は小説を読み、そのまた隣の将臣は小さなパソコン?UMPCってウルトラ・なんちゃら・ピー・シーって器械で何かをしているようでした。
私達がいる前で、どうどうと、変態サイトを閲覧しているとは思いませんけど、ネット・ブラウジングしているんだと思います。
裏手のシートに座っている将嗣パパさんはバックミラーから確認する事が出来て、何かすごく難しい顔をしながら寝入っていました。
ミニバンを運転している秋人パパはもちろん運転に集中していて、助手席にいる葵ママはパパが運転に疲れない様に飲み物を出したり飴を渡したりと世話を焼いている風でした。
そういえば、パパとママは旅行好きなくせに、春香お姉ちゃんがいた頃、一度も、家族旅行をした事がなかった。
地元のお祭りとか、日帰りでどこかのテーマパークへ一緒に出かける事はあっても、宿泊を兼ねた旅行へ出かけた記憶がありません。
春香お姉ちゃんやパパママとそういった思い出がない事に気がついてしまい、急に淋しい気分になってしまい、その感情を誰にも悟られたくなくて、また、車窓の外へ眼を戻す。
車が出す低振動と景色の環境音がいつの間にか私を眠りに誘っていました。
私は、私の中の大切な記憶を夢の中で見ていました。
それは大好きな香澄さんや詩織さん、それとお姉ちゃんと一緒にお泊まり旅行した思い出とか、私が貴斗さんの事を好きだと気付いたあのスキー旅行とか・・・。
其のスキー旅行のクライマックスの処で私は将臣によって起こされる。
「ついたぜ、翠。いい夢でも見れたのか?」
彼はそう言葉にしながらも、私に手巾を渡してくれる。
それから、直ぐに彼は車から降りて仕舞いました。
将臣の行動の意味が分からなくて、僅かばかりしどろもどろしてから、理解した。泣いていたんだって。どうして、涙していたのだろう、って考えても自分自身に明確な答えを求めても無理なのかもしれない。
深層心理は本人がおいそれと知る事が可能じゃない領域らしいですからね。でも、将臣が『いい夢でも見ていたのか』って聞いてきたんだから、嬉し泣きか、何かしていたのだろうと、自己解釈して、彼から渡された男物のハンカチで涙を拭うと、車外へ飛び出し、皆の処へ駆け寄った。
荷物を降ろすのを手伝い、これからの作業分担が決まると別れて、早速仕事を始めた。
将臣と将嗣パパさん、佐京先生と慎治さんに愁先生と内のパパはテント張りに、私とママ、弥生と翔子さん、それに皇女先生と右京チャンはお昼の準備。
詩織さんのお料理のお師匠であると以前聞いた事のある翔子さんその凄腕ぶりを今日初めて拝見する事になるのですけど、人の出来の不公平さを歴然と感じて仕舞いました。
容姿佳麗、博識英明、性格明朗、器用多才であり資産家のご息女。完成度の高い女の人だって、学校の先生をやっていてくれた時よりもはっきりと認識。ですが、浮ついたお話を聞いたことがないのはなぜでしょう?
それと詩織さんの立ち振る舞いの根源は多分、この人なんだと思ってもしまう。
弥生は翔子さんの料理の仕方を必死で覚えようと悪戦苦闘し、内のママさんと皇女先生がそつなく、翔子さんを手伝っていました。右京チャンは皇女先生と楽しそうに料理の勉強をしている感じですね。
「ほら、翠もぽけぇ~~~としていませんで」
「はい、はい、分かっていますよぉ、葵ママぁ」
今時、女の子だけが料理できて当然って時代は古いけど、やっぱり出来る事に越したことはない。ですから、私も自分の出来る範囲で翔子さんの技法を盗んじゃいましょ。
翔子さんや皇女先生、それとママにもいろいろ教えてもらいながら弥生と右京チャンと楽しく、料理を仕上げて行く。そして、本日のメインはキャンプじゃ定番中の定番のカレー。でも、これが凄いんですよ。
レトルトとか、市販のルーとかじゃなくて、ちゃんと何種類ものスパイスの調合から始め、辛さ、濃く、旨味やらの調整や扱うお肉の味付けやら一日置かなくても、美味しくできちゃう手法やらで、カレーのお店を開けちゃうんじゃないかって思えるほどのカレーを翔子さんは作ったんです。
勿論、弥生や私も教わりながらお手伝いはしましたよ。
昼食の後は愁先生と佐京先生が海釣りに行くという事で、興味をそそられた私は先生に着いてゆく事にしました。
場所は川奈と言う海岸沿い。
弥生は一緒ですが、将臣は別行動。
あいつ、『釣りなんてじっとして待っているだけの趣味は俺に合わない』とか言って一人で湖の方へ行っちゃいました。
慎治さんも昼食後の後片付けをすませちゃうとやっぱり一人でどこか行っちゃったんですよ。
私の知っていた慎治さんは凄く協調性があって、行動力とか長けていて、私が思っている以上に心の強い人だったと思っていたのに、今の慎治さんは。
私も辛いのは一緒なのに、その重みが違うから?それとも他にも理由があるから、あんなにも淋しそうなの?
「翠君、糸が引いていますよ」
私は愁先生の言葉で慌てて、私の握っていた竿を上にあげた。普通ならこんな状況では、糸を切って釣れそうだった魚を逃がしちゃうのが落ちですが、私の場合は釣り上げる事に成功です。
でも、慌てていたので、勢いよく引き揚げた竿に掛かった魚が暴れながら私の顔を殴りつけた。
弥生は淑やかであっても、馬鹿にするように笑う。
「初めてだというのに、上手ですね。ふふ」
「うむ、なかなかの上物だな。いい仕事だ」
親友と違って、その二人の先生は私が魚を釣った事に褒める様に笑ってくれていた。
二人の先生と親友と釣りをしながら、私達の心の診療みたいなものが暫く続いた。
「まだ、目的は見えなくても大学に行くために勉強を始めているとは驚きです。私達が思っていた以上にお二方の心は難しくなかったようですね。貴女達と話して、もう大丈夫だと私は判断します」
「そうだな、私もそう思うぞ。うむ、二人が、大学に行くために努力を惜しまないなら、吾々も出来るだけの協力はしよう」
「ありがとうございます」
二人の先生が云ってくれた言葉に弥生と私の感謝の言葉が重なって口から出ていた。そして、また、私の釣り竿の糸が湖面へと引っ張られていた。
夕暮れが近づき、竿収め。
釣果は私のビギナーズラックって奴で一番多く、そして、佐京先生と三匹少なく、愁先生。
弥生は一匹も釣れませんでした。
「またそうやって、みぃ~~、ちゃん。私を捏造するぅ。私だって、一杯釣ったんだからっ!」
「こんなちっぽけなの、メダカ?うぅん、ある意味、釣り針の太さで、これを釣り上げるのは天才かもねぇ」
本当は弥生の持っているお子様用バケツ一杯に釣りあげられちゃった片手くらいの小ぶりのお魚さんが入っていたのでした。
「みぃ~~~ちゃんのおばかぁ」
弥生の云いに、あっけらかんと笑う私はキャンプ場へと歩み出した。
今日の夕食は磯釣りで獲れた新鮮なお魚を使った海鮮尽くし。
勿論、弥生や私もお手伝いしたんだけど、翔子さん、やることなす事、凄すぎます。
夕食後は花火。準備したのは慎治さん。
時期的にはまだ早いけどって皮肉を言いながら彼は袋を開け、中の蝋燭を取り出して、それを倒れない様に土に刺すと火を燈した。
淡い、橙色が私達を柔らかく照らす。
私は慎治さんが開けた袋から棒花火を一本取り出し、誰よりも先に点火して、遊び始めました。
湖面に波打つ自分とその灯火の綺麗な儚さを眺めていました。
大事な思い出も、嫌な思い出も、いつか、花火が切れ消える様に私の中からも消えてしまうのかなと、そんな切ない想いを心に描きながら散る閃光を見つめていました。
水面が見える位置で屈む私の隣で違う種類の花火をする弥生。
彼女のぼんやりとした瞳は何を見ているのでしょう・・・。
「どうかしたの、みぃ~~~ちゃん?」
「えっ、うん。なんで花火って綺麗なんだろうと思って」
「そうですね。なんで、でしょうね・・・」
その言葉の後に弥生の持っていた花火が終わる。
儚くも短い溜息を吐く弥生は湖面に僅かにその消えてしまった花火の棒を浸す。
揺れる湖面に小さな波紋が広がり、私達と上空に浮かぶ月を映す見鏡が柔らに揺らぐ。
親友はその情景を暫く眺めた後に浴衣の裾を抑え、立ち上がって、次の花火を取りに行った。私もそれに続く。
間に小型打ち上げ花火を入れ、又、棒花火を眺めその替わり行く光の色を楽しんでいました。どうしてでしょう、花火の詰め合わせで、線香花火だけが、いつも最後に残ってしまうのは?
その花火に最初に火を燈したのは八神慎治さんだった。
しゃがまず立ったまま、顔の高さまで上げたそれを眺める先輩。
暗がりの中ではっきりとしなかった先輩の表情が深くとも明るく山吹色に照らし出された。
先輩のその顔を見た瞬間、胸が凄く痛く、悲しくなってしまった。先輩のその表情の意味を感じ取ってしまったから、先輩のその作る表情は私も巻き込もうとする。だから、先輩にそんな表情をしない様に、してほしくないから、他の人がそれを見たらどう思うのか知ってもらいたかったから、私も線香花火を取り出して、それに火を灯す。
八神さんの近くまで歩み、屈む。そして・・・。
「慎治先輩・・・、どうして・・・、どうして、泣いているんですか?」
私はそう呟いていました。
「馬鹿言え、誰が泣いているって?あくびだよ、あくびで、涙腺が緩んだんだよ・・・」
「いくら、私がおちゃらけた子だからって、先輩の今の気持ちが分からないほど、鈍感でもないんですよ」
「・・・」
弥生と私はまだ、ちゃんとした生き抜くための目標を見つけていないけど、それに辿りつく答えを探すために直ぐに社会には出ず、大学へ行く事を決めました。
でも、まだ、目標も曖昧そうで、自殺前科のある八神さん、放っておいたら、又・・・、ちゃうかもしれない。
凄く面倒みの良い先輩だって、貴斗さんからも聞かされているし、それをちゃんと実感もしていた。だから、私の方が弱さを見せれば、多分、先輩が気にかけてくれて、何かを感じてくれるかもしれない。
そんな希望的観測で私は知らず知らずそれを雰囲気に出し、仕草にしているようでした。
消えた線香花火を慎治先輩の足元近くにあったバケツへ入れると、立ち上がらないで、地べたにお尻をつけて、顔を膝に埋める。
「慎治先輩・・・、先輩はこれからどうするんですか?」
私の質問から先輩の言葉が戻ってくれるまで間が大分、開いちゃいましたけど先輩は答えを静々と返してくれるんです。
「今は、なにも、思いつかないし、考えも浮かんでこない。あの頃は・・・、・・・、貴斗が生きていた頃、俺には成し遂げたい夢があった。でも、今、それに向かうための目標が俺を置いて先に居なくなっちまったからな・・・・・・」
「だから、このまま、喫茶店トマトで働き続けるかもしれない。若しかするとSICX(シノハラ・インダストリアル・コンプレックス)、篠葉産業複合体の経営部に戻るかもしれない。昔の俺なら、こんなこともすっぱりと決断できたんだけどな・・・、でも今は目標を決める為の道標が消えちまって・・・」
なぜか、八神さんは急に吹っ切れたような表情を僅かに見せてくれると夜空を眺めました。
「で、俺にそんな事を聞く翠ちゃん、君の方こそ、どうするんだ?仕事でも始めるのか?」
最後まで明確な答えをくれなかった少しばかり卑怯な慎治さんですけどそれに応じる。
「私の質問はまだ終わっていなかったのに・・・、・・・、・・・、わたし・・・、私は大学に行こうと思っています・・・。詩織さんや、貴斗さんそれと八神さんが通っていた所に、その場所で、私の出来る事を探してみようと思っています・・・」
「私は馬鹿だから、今更勉強しても、入る事なんかできないかもしれないけど・・・。でも、やるだけ、やってみようと思います。塞ぎこんでいるだけでは何も変わらないから・・・。それで、さっき、私に聞かせてくれた八神さんの目標って何の事ですか?」
私の目標をちゃんと伝えたんですから、今度こそちゃんと答えを返してくれる、と安易な気持ちで言葉を募り、本来、先輩がどんな事を未来に描いていたのかも尋ねてみました。
「・・・、・・・、・・・、貴斗、アイツと一緒に働く事さ。アイツが進もうとする道の手助け・・・。だから、もう叶う事の無い目標・・・」
何時だって慎治さんは貴斗さんの事を第一に考えている風でした。
それは先輩が描いていた未来のずっと先までも。
友達としてのあり方、親友とは何か、信用、信頼、友情とは何か今の八神さんの一言でそれらすべてが含まれているような気がして、
「八神さん、やっぱり、八神先輩は凄いですね」と立ち上がりながら口にする私。
私は弥生の事を親友だと、大事な友達だと思っているけど、慎治さん風みたいに考えた事がなかった。だから、自然にそう言葉になってしまったんです。
私も、慎治さんみたいに弥生の事を思える様に思いを秘め弥生の方へ走り出していました。
女の子同士では友情なんて絶対成立しないって誰にも言わせない、そう願いながら目標に無邪気に飛び込む私でした。
図書館や喫茶店や自宅、弥生のお家とか勉強できる場所ならどこでも二人で勉強をしていました。
どうしてか知りませんけど、将臣も一緒になって手伝ってくれています。
理由を聞いたんですけど、『特に意味はない』とか言っちゃいまして真意を聞かせてくれる風ではありませんでした。でも、内容の呑み込みが早く、弥生と私の手助けをしてくれる事は非常に助かっているのも事実です。
今年の十月から秋期一回生として聖稜大学へ通える様に毎日、勉強に励む弥生と私。そんな私達を支えてくれる私の彼氏。
試験は九月の第二週。聖稜大学の各学科は卒業後の就職内定率が高い事、私立大学でありながら国立大並の授業料と、成績が上位15%に入っているなら学費の免除や、多くの特典があり、近年稀に見る人気大学だった。
だから、春期で落ちた人もまた、この秋期で入ってやろうとか、再就職の為にもう一度大学出直しとか、色んな思いで入試に挑も受験生が多い。
春期と違って受け入れ枠数が狭いのに受験者数が多いから倍率が1000%を軽く超えちゃっているんです。
目覚めたのが三月の終わり、大学に行くって弥生と決めたのが四月の中頃。
私達は無謀にもたった四かけ月の間で並み居る強豪を蹴散らし、その狭き門を潜り抜け様としていた。
体調のリズムを崩さない様に体調管理を親友と互いに気を掛けながら、将臣にも見守られながら朝から晩まで勉強、勉強、勉強・・・。
昔も、弥生にそそのかされて高校受験した時も、必死だったなぁ・・・。
今はあの頃の詩織さんや貴斗さんの代わりに、弥生と将臣が一緒になって私のおバカな頭を補ってくれています。
私の人の縁は良いのかもしれない。でも、長く続いてほしかったいくつかの縁は既に亡くなってしまっています。だから、護りたいこの結城兄妹とのそれは・・・。
「ぼぉ~~~っとして、どうしたのみぃ~~~ちゃん?」
「うぅん?弥生とこれからもずっと一緒がいいなって思っただけ。少し集中力が乱れて来たから、ここで休憩しよっか?」
「そうだねぇ、将臣お兄ちゃんが戻ってくるまで小休止しましょう」
更に日は流れ続け、2011年9月3日、土曜日と4日、日曜日の二日間で秋期入学試験が行われました。
万全な態勢でその試験に臨んだ私達。最後の科目を終らせた時、弥生は凄くサッパリしていた表情を作っていました。私は不安でいっぱい。
私の試験に対する心境とかをよく知ってくれている親友は『大丈夫、いつもいっているでしょぉ~~~、みぃ~~~ちゃんは、みぃ~~~ちゃんが思っているほどおバカさんじゃないって事。可能性として低いと思うけどね。もし、借りにみぃ~~~ちゃんが落ちて、私だけ受かっちゃたら、私は入学しない。みぃ~ちゃんと一緒じゃなきゃ意味無いもの。だから、二人で一緒に合格するまで、何度だって挑戦しよう。勿論、私が落ちちゃって、みぃ~~~ちゃんが受かっちゃった時は私を置いて行っちゃいやですよ』
なんて言葉を私へ向けてくれていました。
その親友の嬉しい言葉を素直に受けた私は、悪戯な返答をせず、満面な笑みで感謝を伝えていた。
そういえば、試験日の二日間、将臣は私達の見送りもしてくれず、どっかに行っちゃっていました。
まったく、こんな重要な時に私達の傍にいてくれないなんて酷いよねぇ。
頑張った試験の結果は二週間後の24日土曜日に通知にて報せらされる予定。
約五ヵ月間、我武者羅にお勉強をしていた私達は、急に腑抜けになって、結果が報せられる日まで、残暑がまだ厳しい夏の日をだらだらと過ごしていた。そして、結果が届いて浮かれていた数日後。
2011年9月29日、木曜日
弥生と私、私達は懸命の甲斐あって、今年の十月から聖稜大学に通える事になりました。
私達が入学を決めた大学の面白いところは入試手続き前に決めなければならない学科を入学以降、二回生までに選択する事の出来る習得科目によって三回生以降の最終学科修得学科を変更できるという点です。
私達は同じ一般教養学部を選んでいました。
聖稜大学での位置づけは将来教員に進む過程を学ぶ学科のようでした。
学校の先生になろうとは思わないけど、途中で学部を変えられるならと思ってそれに決めていたんです。
進路の決まった弥生と私。まだ、何にも決めていない将臣。
彼はずっと私達の手伝いをしてくれるだけで、彼が今後どうするのかを聞いても曖昧にされて教えてくれずの日々がずっと続いていました。
まあ、将臣は私達の為にずっとボクシングで頑張り続けたんだから、暫くだらけていてもいいとは思うんですけど。
「ねぇ、将臣は本当にこれからどうしたいのよ?」
「はぁ?」
「はぁ?じゃないでしょう、将臣お兄ちゃん」
今日もまたその事を問い質しながら、聖稜大学キャンパス見学の帰りその近くにあるカフェ『ドレスデン』に足を向けていました。
店の中に入り、どこに座るのかは自由なので窓際の四人席へと腰を下ろしていました。
私はここ特製の水出しコーヒーとアップルマフィンを、弥生はエスプレッソとチーズパイを、で将臣は本日のお勧めとコーヒーとオールドファッションを注文した。
私達はまた執拗に将臣にどうするのか聞き続けた。彼は私達のしつこさに嫌がりもせずへらへらと話を反らし続ける。
私がその話題に諦めた頃、店内の喧騒の中から大きくはありませんでしたが聞き覚えのある声が私達へ届いていました。
初めから内容を聞いていた訳じゃないので、
「貴斗や藤宮のあの事故がもしもそうじゃなかったら、涼崎春香さんの殺害も藤宮の意思じゃなくて誰かに操られていたとしたら、宏之だって隼瀬だって・・・」
私は直ぐにでもその会話が聞こえてきた方へ立ち上がり、向かおうとしたけど、将臣と弥生が素早く私の腕を掴んで行動を阻止するんです。
「もう少し、内容を聞こうぜ。中途半端に聞いて慎治さんに事実を確かめてもうまく流されちまうのは目に見えている」
「そうです、ちゃんと会話の内容を把握して、八神さんへ、私達がそれを訪ねた時にちゃんと答えてもらえる状況にしなければいけないんですよ。みぃ~~~ちゃん」
結城兄妹のその言葉に私も思いなおし、八神慎治さんと多分、あの声は神無月焔さんだと思う、その二人の会話を暫く聞く事にしました。
一時間くらいその男性二人の会話は続き、私には内容がさっぱり理解できませんでした。
弥生も途中から眉間に皺を寄せ、頭を悩ませる仕草を見せてくれる。将臣は真剣な表情で聴き続けていました。
会話の内容で神無月さんが愁先生と兄弟だって知って驚くような内容もありました。
貴斗さん達や私達の事故には何らかの事件性があって、八神さんは独り探偵ごっこをしようなんて考えちゃっているようでした。
慎治さんと神無月さんの会話が終わり、神無月が先にお店を出た頃、私たち三人は顔を見合わせ、私達がどうするか算段。
どうするかだなんて、私達は簡単に決めちゃいました。
慎治さんが調べようとしている事を私達もお手伝いしようって。
善は急げでまだ何かを考えている風の慎治さんに近づき、
「八神さんっ!その話し本当なんですか?私や、弥生が、貴斗さん、詩織先輩たちがっ・・・、じゃなくて」
「そうっすよ、慎治さん。それが本当なら俺達だって協力させてくださいっ!人数が多い方が情報も多くそろうでしょう?」
「弥生も、そう思います。だから、ぜひ弥生たちにも手伝わせてください」
私たち三人、慎治さんがどう答えを返そうと一歩も引かない気持ちを声に募らせ、その言葉を彼に向けていました。
慎治さんは何かを考えている風です。
ここは押し切らないとそう感じた私は彼の思考を中断させる為に、さらに言葉を綴る。
弥生達も同調してくれて畳みかける様に続いてくれました。
「八神さん、私達、八神さんが思っているほど、馬鹿じゃないんだからね」
「そうですよ、弥生達は、ちゃんと八神さんのお話を聞いて、弥生達が八神さんに協力したら危険な目に遭うかもしれないって事ぐらいしっかりと理解できます」
「こいつらが、こん睡状態だったときに、俺、何度か危険な目にあったけど、慎治さんの話を聞いて納得できた様な気がする。でも、俺はちゃんと無事でいるんですよ。だから、大丈夫ですって。こいつらくらい俺が危険から守って見せますよ。その為に自分を鍛え上げてきたんですから」
将臣の奴なんかは言いながら両方の拳を胸の高さまで上げ、俺は強いんだと言わんばかりの態度を取っていました。
今まで黙っていた慎治さんは渋い顔をしながら、諦めたかのような声で、
「ああっ、わかった。わかったよ。俺の負けだ。君達の協力を仰ぐことにする。だけど、俺の支持に従ってくれない場合は認めない、いいな。それと君達は来月から大学何だから、学生である本分を逸脱する行為は許可しない」
「了解ちゃんです」
「はぁ~~~いっ、弥生はちゃんと守ります」
「うっす」
「ふぅ、一番、翠ちゃんの言葉が信用ならないのだが・・・、じゃあ、まず、俺と会話の相手の内容聞いていたんだろう?」
「はい、ちゃんと記憶しています」
将臣は慎治さんのそれにはっきり答え、直ぐに慎治さんはそれに返す。
「なら、まず、結城兄妹、君達にはお父さんがどんな風にプロジェクト・アダムに関わっていたのか。翠ちゃんは両親から、同じようにそのプロジェクトに関して知っている事を聞き出してもらいたい」
「はっはぁ~~~いっ!」
「しかし、内の親父が・・・」
「三人とも聞いた内容をちゃんとまとめ俺に知らせてくれ。それから、俺がその時得られた情報から、次の行動、どうするか決めるとしよう。はいっ、時間が惜しいから、解散」
幼馴染だけど近所に住んでいる訳じゃない結城兄妹と途中で別れ、独り帰路を歩む私は秋人パパと葵ママの事、それと春香お姉ちゃんの事を考えていました。
お姉ちゃんの死がアダム・プロジェクトって物に原因していて、その計画って物に私の両親が関与していたから、私を含めた椿事が起こったのではと予想を立てた慎治さん。
慎治さん自身もアダム・プロジェクトの全容を把握していないらしく、もし、仮に、本当に内の両親が関わっているんだったら、どんな理由でそれに携わっていたのか、アダムって何なのかを聞き出してくること。
それが、慎治さんから頼まれた私の調べる事でした。
うちのパパ、何かと私を避けている風で、そんな事を突然言い出しても、取り合ってくれないだろうし、ママも教えてくれなさそうです。
さて、どうしたら、聞き出せるんでしょうか?
はっ!!もしかして、慎治さん、私が事件かもしれない、この事件に関われない様にするために態と無理難題を言ったのかも・・・、とそんな邪推も起きてしまうくらい、両親からそれを聞き出すのは大変なことかもしれないんだと、自宅玄関まで辿り着き、その様な結論に至るのでした。
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