第 二 章 過去とこれから

第四話 ウェイク・アップ・トリガー

2011年3月、30日、水曜日


 私の目覚めは何の前触れもなく訪れたんです。

 それは偶然?それとも必然。

 将臣の頑張りのお陰なの?それとも、あの人が私の知らないところで私達の誓いを破ろうとしたから?

 何が引き金となって私が目覚めたのなんか、分かる筈もないです。

 それに目を覚ますのは私だけじゃない。弥生も一緒だった。

 この不可思議な事実。

 ただ、私は現実を春香お姉ちゃんの時の様ではなくしっかりと認識してしまうようだった。

 それは親友の弥生も同様に。

 常に冷静穏やかな表情で、勝つ真剣誠意を持って私達の事を診てくれていた。

 あの日からもう六年。

 勿論、寝たままでまだ目覚めていない私がどれだけ年が変わったかなんて知らないけど、ずっと匙を投げずに診てくれていました。

 私達の主治医である調川愁先生が毎日、私達の様子を窺いに来るのは日課。

 今日もまた、先生は私達の病室へ来ていました。

「私のあてが外れたのでしょうか・・・、慎治君にも効果がみえませんし」

 先生はそんな風にぼやき、きりっと精悍で女の子万人受けしそうなその顔に手を当て曇らせていました。

 小さく嘆息する先生は額のあたりを人差し指で数回たたくと、表情を戻し、私達をもう一度、観察していました。そして、また小さな溜息。

「また明日に、希望を持つとしましょう」

 愁先生がそう言い残し、ここを立ち去ろうとしたときです。

 それは全く同時、一秒以下の刻みのずれも無い程同刻に弥生と私の身体が大きく脈を打つんです。

 先生は気のせいなのかと、一瞬眉を顰め、再び、私達へ注意を払う。

 弥生と私の体がまた数回、今までと違う脈動を示していました。

 はっと驚き、何かに願う様に愁先生は強く右拳を握りしめているご様子。

 弥生と私、患者二人、鏡合わせで、身体を左右に揺らし身悶えをしていました。

 先生が確かなものを感じ取った。

 確信した風な自信に満ちた顔を作る。握っていた拳を胸より幾分下まで挙げていました。

 調川愁先生が私達の病室から出るのを止め私達を見守り続け、三十分以上が経過していました。そして、夜明けなんて来ないんじゃないかって思っていた覚醒が終局を迎えようとするのです。

 遂に固く熔接されたかとも思われた私達のなくなっていた天地の境界線、瞼の間に一筋が通る。

 その筋から僅かに湿りを帯び、雫が湧き上がっていました。

 その湧水の量は次第に増し、意識して止められないくらいに流れ出してしまった。

 体の筋肉を急激に動かすことに痛みを感じつつ、私は、弥生は身を起して涙を流してしまいました。

 弥生がどうして慟哭しているかなんて分りません。

 私が涙を流す理由は目覚める事のなかった間の無意識下で見せられていたあの情景や記憶が目覚めた私の表層意識まで込み上げて来たからです。

 早回しの映写機の様に私の記憶へ投影して行く惨劇。

 私の中なのに私では制御できないその機械。停止させられない映像に泣き続ける私。

 泣きじゃくる私達二人を診る秀逸な調川先生も今の私達を見てどのようにしたらよいのか難局顔を作っていました。

 自身では解決できないと判断した先生は看護センターに繋がるボタンを押し、向こう側につながると、

「第三外科の調川です。至急、第三外科の八神医師へ第二病棟六○六に来るようにお伝えください」

 私が今入院している場所。

 国側の病院運営のための色々な試験現場として、ここ済世会総合病院の大きさはこの関東一帯では一番大きいらしいです。

 医局のある本院から第二病棟まで近い距離じゃない。

 さらに6階ともなると、走ったって十分、十五分で到着できるような場所じゃなかった。

 でも、調川先生が呼んだ八神先生、慎治さんのお姉さんの佐京さんは二、三分位で泣き暮れる私達の元へ駆け付けてくださったのでした。

「至急と言うから来てみれば矢張りといいたいが・・・」

「目覚めてくれた事はありがたいのですが、起きるなりこのようで、私には」

「馬鹿を言え、私だって精神科医じゃない・・・、霧生を呼んだ方が・・・、母様に来てもらうべきか・・・」

 八神先生は独り言のように口にし、院内専用のPHSを取り出すと、

「皇女母様、佐京です・・・・・・・・・・、ええ、ああ・・・、・・・・、はい、その様なわけで・・・、・・・、」

 暫く話が続き、

「愁、お前も冷静じゃなかったようだな。何のためにこれを院内で使えるようにしていると思っているのだ・・・」

 八神先生は持っていたPHSで調川先生の胸を軽く叩いていました。

「流石の私も・・・、今、この状態では私達の言葉は二人には届かないでしょう。皇女大先輩がご到着するまで、外で待っていたほうがいいのかもしれませんね」

「そうだな・・・」

 二人の先生は顔を見合わせると、私達の方を確認してから、病室の外へ出て行ってしまいました。でも、調川先生たちの思い通り、今の私達へ、話しかけられても、反応する事は出来なかったのは事実。

 脳裏に流れ続ける物語に囚われていましたから。

 どれだけ泣き続けても止まってくれない涙。

 本当に目覚める事ができたか、どうかも分からない現実世界。

 色褪せ、冷めた世界に再び彩りと暖かみを与えてくれたのは八神先生のお母さん。

「あらあら、ふたりとも怖い夢を見ていましたのねぇ。ですが、もう大丈夫ですよ。よし、よし」

 八神先生のお母さんもお医者さん。

 皇女先生は柔和な笑みで優しい声で私達を包んでくれるんです。

 その小さな体で腕を命一杯広げ、私達二人、私と弥生を抱きしめてくれる。葵ママとは違う温もり。

 安らぎをじんわりと感じ始めた私の堰を切ったように流れていた涙がその勢いを徐々に弱め、いつしか、瞳を潤わす程度までに落ち着いたのでした。

 同じくして、弥生も鼻をすする位にまで納まっているみたいです。

 私達が泣き止む処を見計らったように調川先生が病室へ足を踏み入れたのですが、その瞬間、先生のPHSが鳴り始めた。

 すぐ応じる先生はホットという言葉を使っていました。

 私はその意味を知りませんが、緊急を要する人が運ばれたときに使う単語らしいです。

 私達が目覚めてからの応対をしようとしていた、調川先生は八神佐京先生と皇女先生に私達の事を預けると急いで、救命病棟へ向かったのでした。

「私は皇女カア様の手腕を見せていただく故、控えさせていただく」

「だめよ、さっちゃん。そんなんじゃ、技術は向上しなんだから、貴女がやりなさい。何かあれば皇女がちゃんと手を差し伸べて差し上げますから」

 皇女先生の穏やかな表情、柔らかい口調でも雰囲気は佐京先生を咎めている風だった。

 それに対する佐京先生の態度は不服ながらって顔を作る。

「もぉ、本当にさっちゃんは。患者さんの前でそのような顔をしては絶対だめですからねっ!!」

 びしっと人差し指を佐京先生に突き付ける皇女先生。

 大きな溜息をついてから、右手で顔を覆い、一呼吸する八神の若先生。

 端然とし、且つ、皇女先生には遠く及ばずとも暖かみのある表情を私や弥生に向けてくれた。

 八神の若先生の双眸に灯る光りはとても温かく見えます。

 皇女先生と同じ様に親子なんだなと分る人には分るんでしょうけど、今の私にそんな事を繊細に読み取れるほどの心の余裕なんてなかった。

 同じ名字の先生がいるからややこしくならない様に皇女先生、佐京先生って呼ばせてもらう事にしました。

 そう、佐京先生が私達、弥生と翠の間に立つのと同時に、私達の診察をするための道具を運んできた看護師達、数名が訪れた。

「では、始めるとしよう」

 視覚、聴覚、嗅覚、心臓の音、脈拍、血圧、血液検査等、大掛かりな装置を使用しない検診を佐京先生は手際よく、私達の様子を窺いながら、ほぼ弥生と私とを同時進行でそつなく見てくれていました。

「ふむ、身体の方には問題ないようだな。次はこちらの方も診てやらねばならぬか」

 佐京先生はにっこりと笑い胸のあたりを軽く数回指さしていました。

 先生は看護師達に何か支持を出すと退散させて、ベッドの間に、私達の顔が均等に見える位置に椅子を置くとそこへ腰かけ、私達へ、声を掛けてきたのです。

「今から質問する事に、はい、または、いいえで答える様に。質問の中にはそうでないものも含まれるが、答えを返せない、答えたくないときも、返事は、はい、でたのむぞ」

 それから佐京先生からかなり事細かい質問を投げかけられました。

 先生の意図したものなのか、そうでないのか、先生の質問に答えを返していくうちに私の思考と精神はだいぶ落ち着きを取り戻していたみたいです。

 弥生の様子も目でちらっと確認できる、他の事に気を向けられる余裕見たいのが、そんな風に私はなっていました。

 弥生の表情は暗いけど、さっき、私と同じように泣きじゃくっていた頃と比べると私とおんなじように別の事を考えられる余裕が出てきた風に思えた。

 佐京先生が私達の返答を待っている間、どんな表情や仕草をしているのか認識できるほど周りの様子を把握できるようになっていました。

 先生は今、弥生の回答をまっていて、私達へ質問する事が書かれている書面が止められたクリップボードを眺めながら、ボールペン後ろの部分で軽く下唇を叩いていました。

 凛として整った顔立ちで格好の良い女の人って誰もが思えるような容姿の八神佐京先生の仕草が本当に様になっていました。

 どのくらいの時間が経ったのかなんて分らないけど全ての回答が終わり、私達へ何かを言いかけようとした時に私の両親といつか、どこかで会った事の、ある様でないような秋人パパと同じくらいの年齢の男の人が現れたのです。

「おとうさん?・・・、将嗣お父さんなの」

 そういいながら、また泣きだそうとする弥生。

 だが、頑張って流さないようにしているのが私にも伝わってきた。

「すみませんでしたね、弥生。お前がこん睡状態だったというのにいままでずっと帰って来られなくて・・・」

 弥生のお父さん?・・・、・・・、そうか、弥生のパパ。将嗣パパさんですね。

 将嗣パパさんに最後に会ったのは私が小学校の三年生の頃。

 それ以降、一度もお会いしていませんでした。だから既知感みたいに思えたのはその所為だと自己完結しちゃいます。

 その弥生のパパは彼女に声をかけると申し訳なさそうに顔を斜めに下ろし視線を親友からそむけてしまった。

 そんな態度をとる将嗣パパさんに今まで放っておかれたことに対して怒りをぶちまけるのとおもちゃうのですが、

「お父さんには、お父さんの大事な仕事があるのだもの、しようがないじゃないですか。それに私や将臣お兄ちゃんとの生活に不自由なく入れたのはちゃんとお父さんが必要以上の生活費を・・・、・・・、先ほど、八神先生の質問で今、私が、みぃ~ちゃんが入院してから六年の月日が経ってしまっている事をしりました。先生には聞いていませんが、私がずっとここから出されずに入院で来ていたのはお父さんのおかげなのでしょう?」

 弥生は、まだ、私を愛称で呼ぶようだった。まったく、精神的な成長がみられませんねぇ。弥生の言葉にパパさんが顔を上げ、声を出そうとした時、

「翠っ!、弥生っ!???」

「将臣君、ここは病院だ。大声をあげられては他の患者に迷惑であるぞ」

「すっ、すんません、佐京さん」

「うむ、分かればよろしい。以後、気を付けられたし、良いな、将臣君」

「ういぃっす。なんだ、親父も来ていたのか・・・、翠のご両親、こんち・・・、いや、こんばんわですねまったく、いままで、ぐうすか寝ていたくせに、まだ眠り足りない顔しやがって、二人とも」

 突然、現れてそんな無礼な事を言う将臣へ、

「なによっ、デリカシーない言い方。もっと他に言い方あるんじゃないの?」

「みぃ~ちゃん、将臣お兄ちゃんへそんなこと言っても、無駄、無駄」

 将臣の登場は私の両親や将嗣パパさんが来てくれた時よりも、居るだけのくせに場を明るくしてくれた。

 嬉しいことなんだけで、やっぱり私は彼に素直になりきれない部分があるのは六年たって目覚めてからもおんなじようですね。

 寧ろ、六年ずっと寝て暮らしていたんだから、成長していなくとも当然かも。

 葵ママ達が私達へ気をまわしてくれたのでしょうか?将臣を残して全員出て行ってしまった。

 三人しかいなくなった病室、将臣は私達の間にある、さっきまで佐京先生が座っていた椅子に腰かけると私達の顔を見ずに組んだ両手に額を当てる様に下を向く。

「くぅ、今まで散々心配掛けさせやがって・・・、今日のこんな日に目覚めてくれるなんて、なんて因果だよ、まったく」

 震える様にそんな言葉を小さく呟く将臣。彼の声が泣いている様に聞こえた私は天の邪鬼に口走ってしまう。

「何泣いてんのよ、将臣。全然似合ってないんだから」

「そうだよ、将臣お兄ちゃんが泣いたっておかしなだけだよ」

「けぇっ、本当にお前等ときたら・・・、嬉しいんだから泣かせろよ、少しくらい」

 それから嬉しそうにすすりなく将臣。

 そんな彼の背中を私も弥生もしばらく眺めていました。

 下を向いたまま、将臣は私達へ六年間の出来事を話し始めた。

 彼は高校で辞めるはずだったボクシングを続け、私が春香お姉ちゃんへやった願掛けみたいに今日までずっと続けてきたんだって教えてくれました。そして、今日は世界王者になって三回目の防衛戦で勝利を収め、記者会見が始まる直前に私達二人が目覚めたという連絡があって会場から逃げる様にここまで来たんだって言う。

 私は話し続ける将臣の話の腰を折るように口を挟み、弥生も私も今、事故から六年たっている事をちゃんと分かっているから、変に気を遣わなくていいよって教えてあげた。

 だって、将臣の言葉の選びはなんだか、私達へ時間経過をあいまいにしようとするものばかりだったからね。

「なんだよ、春香さんの事があったから、気ぃつかったんだけど意味ネジャン。損した」

「お兄ちゃん、分かっていてもそんなこと言っちゃだめですからね」

 弥生兄が喋りを再開しようとした時に、私の記憶にあの人の顔が突然現れ、それが言葉にもなってしまっていた。

「将臣」

「うぅん、何だよ、そんな窺うような顔して?」

「あのさぁ、将臣は殆ど毎日お見舞いに来てくれたみたいだけど、その八神さんとかは・・・」

「八神慎治さん・・・、・・・、・・・・」

「ちょっと、何?その歯切れの悪いこもった言い方」

「音信不通なんだよ。八神のおばさんに聞いても佐京さんに聞いても知らないっていうんだ。仲の良さそうな家族なのに、しらねぇちゃぁねぇだろうと思うだけど。その一点張りで・・・」

 将臣の答えが、私の記憶を嫌な方へ揺さぶりを掛けてしまった。

 止まっていたはずの涙がまた零れ落ちようとする。

 何故か、それは弥生も同じだったんです。

 泣き始めた私達へ、おたおたする顔を見せる将臣。

「おっ、おい、なに泣きだしてるんだよ。どう見てもうれし泣きとかじゃねえぞ」

 彼の声に泣きながら私は何とか返そうと思ったんだけど出来なくて・・・。

「信じたくない・・・、信じたくないですけど・・・・、弥生・・・、慎治さんが・・・、に巻き込まれて・・・」

 私は弥生の言葉を聞いて泣きながらはっと驚いてしまった。

 弥生が謂わんとするそれ、私が闇の監獄に閉じ込められている時に見せられた物と一緒だと思ったからです。

 頭の中に嫌な記憶の映写機がまた回り始めてしまったのでした。

 大切な春香お姉ちゃん、大好きだった先輩達。

 みんな彼の岸へ連れて逝かれてしまった事。

 その意味が、今後、将臣や弥生、パパやママまで、私の周りの人みんな連れて逝ってしまうのではと、私は独りぼっちにされてしまうのではというとてもとても大きく、重々しい不安と恐怖が私を押しつぶそうとするんです。

 私の止まっていた涙がまた流れ始めてしまう。それは弥生も。

 嗚咽してしまった私達を見て将臣はどうするかと手をこまねいている風でもなく、フッと溜め息を吐き佇むだけでした。

 暫く、私達二人を黙って見守り続けてくれている将臣。

 こういう時に優しい言葉の一言でも掛けてくれれば、いいのにと思う余裕なんてないんだけど、彼のその姿勢はまるで貴斗さんを彷彿させる雰囲気だった。

 ずっと前、将臣に貴斗さんの真似なんかしないでよって言った事がるんです。

 でも、それが変わっていない。将臣の心の中を占める貴斗さんと言う存在が本当に大きい物だという事の証なのかもしれません。

 それは私が詩織さんや香澄さんの様な人に憬れ、私もそうなりたいと思っていたように・・・。

 静寂の中にすすり泣く弥生と私。

 ココロ内の様子を知らない誰かが扉をノックして、答えられない私達に代わり、将臣が返事をしていました。そして、その誰かが入って来た時に声をかけたのも将臣。しかも驚いている風でした。

 弥生も私も彼が驚きながら言った人の名前を耳にして、泣き顔のままそちらの方を向いていました。

 夢か幻か、私が見ていたことが嘘だったのか、

「八神さん、いままで、何処に逝ってたんですか。みどり・・・、翠、夢の中で八神さんが・・・、先輩が、落ちた飛行機と一緒に死んじゃったかと、思っちゃったじゃないですか。寂しかった、寂しかったのに・・・、先輩ひどいですっ!私たちを置いて先輩たちの所へ逝っちゃおうだなんて、ずるいです。嘘つきですっ!一緒にがんばろうって言ったのに・・・」と心の中の膿を吐き出すようにそんな言葉を投げていました。

 私が口にした言葉に一瞬の動揺を見せるけど嘘じゃない現実のその人、八神慎治さんはちゃんと答えを返してくれる。

「勝手に俺を殺すなっつぅ~~~の。見ろよ、足付いてんだろうが」

「幽霊に足が付いていないなんて、ただのお話です」と突っ込みを入れると八神さんは苦笑していました。

 私の傍まで来ていた八神さん。

 本当に八神さんが死んでいる人じゃないのか人としての暖かみを持っている人なのか確かめたくてつい、抱きついてしまいました。

「彼氏が居るのに、不味いだろう、これは」

「俺は別に気にしないから、翠が泣き止むまでお願いします」

「ははっ、大人な事いいやがる。それはアイツを真似しているのか・・・」

 私の行動に狼狽する八神さんの言葉に冷静に返す私の彼。

 八神さんも将臣が貴斗さんを意識しているのではと指摘する言葉返しと弥生が私に向ける愚痴。

 私はまだ独りじゃないんだと思えるそれが今この空間に満たされていました。でも、まだ、私の眼から涙は零れ落ち続けるんです。

 泣きやまない私達にいろんな話を聞かせてくれる八神さん。

 内容はさっぱりでしたが、その面白なさが返って私達の心の波を穏やかにしてくれました。

 流れる涙が止まり、胸をひくひくさせながらも私と弥生は八神さんへ言葉をかける事が出来たんです。皮肉をですが。

「全然、八神さんのお話面白くないです。つまんない」

「みぃ~ちゃんの言うとおりです」

「面白いか、どうかなんてのは関係ねぇよ。君達がなきやんでくれりゃぁ、それでいいんだ」

「そんな事よりも、翠たちが、ずっと眠っている間、先輩は何をしていたのか、教えてください・・・」

 漸く冷静になりつつあった私は疑問に思っていたことを先輩に訪ねていた。だけど、八神さんは俯き翳を落としたような顔で暫く黙ってしまう。

「嫌だね。世の中には知らない方がいいてことあるって昔言っただろう?言いたくないし、教えない」

 顔を私から背けたまま八神さんは感情を押しつぶす様な声でそう口にするんです、辛そうな表情で。でも、私はそう言うのに敏感じゃなかった。だから、昔のままの性格が先輩に我儘を言ってしまう。

「教えてくれないと、また泣いちゃいますよ。ぐれちゃいますよ。弥生と一緒に。それでも教えてくれないと、将臣にぼこぼこにしてもらっちゃうんだから・・・」

「そうです、お兄ちゃんにぼこぼこです・・・」

「俺はそんなことしねぇよ、ばぁ~~~かっ!でも、俺も知りたいです。今まで何処にいたのか」

 将臣は言い終えるとハッと大きな溜息を出し、呆れたって仕草を見せてくれました。

「しってどうするっていうんだ、俺だって大変だったんだ・・・死にたいほど・・・」

 小さな声で八神さんの返答が戻ってきました。

 それから、私達が眠りに落ちた頃から今日まで事を淡々と語ってくれるんです。

 話しが進む裡、私の中の記憶と合致する物がありました。

 それは先輩が飛行機事故に巻き込まれたことです。

 どうにか一命は取り留めたそうですが今日までずっと記憶障害だったみたい。

 で、突然今日になってその障害が崩れ、記憶を取り戻したそうですが・・・、・・・、・・・、・・・、その後の行動が許せなくて、八神さんは心のとっても強い人だと思っていたから、どんな事があっても精神的に折れない人だと思っていたのに・・・、

私と誓った約束を守ってくれる人だと思ったのに・・・、

「八神さんのおお嘘つきっ!どんな事があってもがんばってみんなの分まで未来に向かおうって、翠と約束したじゃないですかっ!辛いのは先輩だけじゃないですよ、貴斗先輩や詩織お姉さま達を失った悲しみのこの思いは・・・、この思いは八神先輩だけの物じゃないのにっ!」

「将臣も、弥生も、翔子先生だって、先輩のお姉さまだって、みんな・・・、みんなそうなんですよ。なのに・・・、なのに、なんで先輩だけ、逃げようとするんですかっ!どうして、自殺なんて馬鹿な事をしようとしたんですか・・・。とっても、とっても卑怯者ですっ!」

 そう言い切った後、私は涙溜め顔で失礼にも八神さんの頬を思いっきり引っぱたいちゃっていました。

 ぶってしまった頬に手を当てながら、申し訳なさそうな表情をする八神さん。

 本当の八神さんの気持ちなんて分ってあげられていない失礼なのは私の方なのに先輩にそんな表情を作らせてしまっていました。

「俺も、情けない男だな・・・。有難うよ、翠ちゃん。君の言葉で、自分を取り戻せそうだ・・・。時間は掛かりそうだけどな・・・。六年間も眠りっぱなしだったのに、凄いよ・・・」

「わたし、翠はすごくありません。みんなが、居てくれるからです・・・。もし、目を覚ました時に八神先輩も、将臣も、弥生ちゃんもいなかったら・・・。私だって・・・」

 言い切った後、布団カバーを強く握りしめ俯きがちに先輩から視線をそらす。

「ごめんな、翠ちゃん、弥生ちゃん。そして、おかえり、二人ともこれからもよろしく頼むな」

「八神さんの馬鹿っ、そんな言い方ずるいです。そんな事で約束破ろうとしたことを無効にしようなんてダメなんですからね」

「そうですよ、八神さん。いけないんですから・・・」と同じ言葉を使わないように注意しながら私の言葉に追従する弥生。

 それから八神さんはニヒルな笑顔を見せてから私達の病室を後にしました。

「はぁっ、今日は色々ありすぎて、流石の俺も疲れたから、もう帰る。

また明日来るけど、ちゃんと目覚ましてくれていろよ。あっ、それと弥生、翠に迷惑かけんなよ」

「みぃ~ちゃんに迷惑をかけているのは将臣お兄ちゃんの方じゃないっ!」

 弥生の言葉に返さず、後ろ向きで右手を上げ、『またな』風な仕草をしながら出て行こうとする将臣に、

「そんなクールガイ気取ったって全然似合わなんだから」

「俺的には結構いけていると思うんだけどな、それじゃ」と言って本当に将臣は病室から去って行った。

 私達二人以外誰も居なくなった病室。私達は同時にベッドに横になって天井を眺めていました。

「ねぇ、みぃ~ちゃん。その・・・、ごめんね、私があのときへましてしまったせいで六年も無駄にさせちゃって・・・」

「いいって、弥生ちゃん。もっと早く弥生ちゃんに教えていれば、私達、あんな事故に遭わなかったかもしれないし・・・、もう少し、意地張って教えなかったら、こんな風にならなかったのかもしれないから。もしもの話になっちゃったけど。だから、絶対この事を気に病まないでほしいな」

「うん、有難う。弥生、みぃ~ちゃんみたいな子が弥生の親友でよかった。私目覚める瞬間すごく不安だった。嫌な夢を見ていたから・・・、こんなにも近くにみぃ~ちゃんがいたから。でも、それと同時に凄く弥生が許せなかったの」

「だぁ~かぁ~らぁ~、言ったでしょう」

「うん、みぃ~ちゃんがそう言ってくれるから、私がみぃ~ちゃんに負い目を感じることで、みぃ~ちゃんが息苦しくなってもらいたくないから、ちゃんとそのみぃ~ちゃんが言った事を受け入れたい。だからもう一度だけ言わせて・・・、御免なさい、みぃ~ちゃん、そして、有難う・・・、これからも・・・、これからもずっと親友で居てね」

「はいはい、分かってますよぉ。これからもつつがなくお友達しましょうねぇ」

 弥生も私の性格をよく知っている様に、私も弥生の性格を全部じゃないけどそれなりに理解している。

 だから、こんな事でお互いを嫌いになりたくなかった。だって・・・、すれ違ったままはもう嫌だから。

 湧き上がる辛みの感情を一瞬だけ、瞳を閉じ、下唇を噛みしめて押し殺すと、弥生がまた私に話しかけてきました。

「実感がないけど、もう、六年過ぎてしまったのよね。私たち、これから何をすれば、どうすれば、いいのかな?」

「私は弥生ちゃんと違っておバカさんだからそんな事すぐにわかるわけないじゃん」

「もぉ、そうやって直ぐ、自嘲するんだから。みぃ~ちゃんはみぃ~ちゃんが思っているほど駄目って事ないのに。凄いってこと弥生は知っているのですからね」

「はい、はい、そうですかぁ~~~、なら、一番にしなくちゃならないのは弥生ちゃんが私をみぃ~ちゃんって呼ぶのを辞める事ですかねぇ。私は弥生って呼んで、弥生ちゃんは私を翠って呼ぶこと」

「うぅ~~~ん、それは無理かも・・・、それじゃ、お休み」

 弥生の奴は逃げる様に寝に入ってしまった。

 直ぐに熟睡になんて入れないだろうけど、私はため息をついて何も返さなかった。

 布団を口元まで引き、これから本当にどうしようかと考えよともしたけど、あれだ、こうだと悩むのは私の性に合わなそう・・・。

 六年間も眠り続けたのに・・・、眠気を催して、そのまま瞳を瞼で覆い隠す私でした。

 明日からちゃんとした朝を迎えられるんだってそう願いながら・・・。

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