18話 誤解と言い訳。






前を行くエリカの背中に追いついたライアンとユアンだったが何故かまたエリカから煙が出ていた。エリカは立ち止まって教室の扉に耳をつけて中の様子を聞いているようだ。



「エリカちゃん?どないしたん?中、入らへんの?」


「ぴゃっ!!」


ライアンが声を掛けるとエリカは悲鳴を上げた。その顔は煙で見えない。また魔力が暴走している。


「エリカちゃん?そない驚く?ん?」


ふと教室から聞こえてくる声にライアンは耳を澄ました。




『だから、毎日おっぱい揉んでくれればいいから』


『無理だよ!!僕そんな事出来ないよっ!!』


『なんで?おっぱい嫌いなのツバサ君?』


『なっ?!なんて事言うのさっ!!女の子なんだからそんな事言っちゃ駄目だよ!!』


『何で?男とか女とか関係なく無い?私は好きだよおっぱい!!』


『えぇ………ほんと何言ってるの?園田さん………』


「?!」


教室の中から男女のどえらい会話が聞こえて来てライアンが眉を顰めると、背後からパキパキと音がした。ハッとしたライアンが振り返るとユアンの足元から急速に地面が凍り始めていた。


これも【魔力暴走】である。


精神が不安定になったり、気持ちが高ぶると魔力が体の外まで漏れ出す事が稀にある、皆一度は子供の頃に体験している。エリカの煙もそうだ。だがライアンは驚いていた。幼馴染としてユアンが生まれた時から一緒に過ごして来たがユアンの魔力暴走を見たのは初めてだったのだ。


「ちょっ?!ユアンちゃん、落ち着いて!!エリカちゃんも落ち着いて!!!!」


エリカもエリカで今や全身煙で覆われている。二人に落ち着くようにと声を掛けるが全くライアンの声は二人には届かない。ユアンの魔力で廊下は今や端の方まで凍りついていて大惨事である。


ライアンはとりあえずユアンだけでもなんとかなだめようと声をかけ続ける。


「待って待って、ユアンちゃん?なあ、二人ともなんかの勘違いかもしれんやん?会話の一部分だけ聞いて判断したらあかんよ?」


そうライアンは二人に言う物の、どう聞いてもやばい内容だ。勘違いもクソも無い。


(え?何なん?あの編入生って男女の間柄なん?ほんなら、二人とも失恋確定やん………あらら、嘘ぉ………)


確かに自己紹介の時に仲は良さそうな様子やったな、とライアンは思い出してそう思う。


(はあ………、そんなん、最悪やんなぁ………どないしよ………はあ。)


二人が失恋するにしても直接ちゃんと確かめさせないと、と思うライアンだった。








◇◇◇◇◇◇






なんとかツバサに桜のおっぱいを揉ませようとミライが一生懸命に説得していると何故か教室の中が寒くなって来た。



「………ん?なに?クーラーでもつけたの?」


ブルリと身震いする。今はまだ5月末、肌寒い日も有るには有る。なのにクーラー?ミライは首を傾げた。

そうこうしてるうちにもめっちゃ寒くなって来た。冷凍庫の中みたいだ。


「園田さん、なんか凄く寒くない?」


「う、うん。なにこれ?」


そう答えてからミライは、ふと廊下がなにやら騒がしいのに気づく。


「外で何か有ったのかな?編入初日のイベントはまだの筈だけど?」


ミライが疑問の声を上げるとツバサが口を開く。


「僕が見てくるよ」


「え?ううん、私も行く」


「そう?………わかった。じゃあ僕の後ろに居てね?」


心配そうな顔をしたツバサだったが、頷くとミライを背に隠すように教室の扉を開けて、そしてもう一度閉めた。


「何あれ?知ってる園田さん?」


「え?知らない、いや、ほんと何あれ?」


見えたのは人間大の煙の塊と凍りついた廊下に笑顔で固まるユアンと慌てるライアン。騒がしいのはライアンの声だったようだ。


意味がわからん


今度はミライがそっと扉を開けるとライアンとバッチリ目が合った。


アニメでも見たことない表情かおで勢い良くこっちに迫って来てミライは思わずツバサの背中に隠れる。その瞬間、ビキィッと謎の音がしてまた気温が下がったような気がした。


「あ!!!!ちょうど良い所っ!!!いきなりでごめんなぁ!!!!!挨拶も無しで悪いけどちょっと誤解があるみたいで、二人が大変やねん!!!!!」


「へ?」


焦ったように言うライアンに目をやると目が怖かった。血走っている。


(ひぃ……、え?何?誤解?二人って……?)


「いやぁ……、ほんまナイスなタイミングやわ……、なあ?ちょっと皆でお話しせーへん?」


断るなよ?わかってるよな?


ライアンの目がそう言っていた。ツバサとミライは無言でコクコクと頷く。圧に負けた瞬間である。ライアンの後ろにはまだ笑顔で固まってるユアンと煙の塊が有る。


ライアンはそっちをチラリと見やると大きな声で言う。


「いやぁなんや、おっぱいとかそんな話が聞こえてしもてなぁ?盗み聞きするつもりはなかってんけどねぇ、ただちょっとタイミング悪くてなぁ、ほんま堪忍なぁ、ほんでユアンちゃんとエリカちゃんの二人がちょっと勘違いしてしもててなぁ?」


そう言うライアンの言葉にミライとツバサはハッとする。会話を聞かれてしまっていたとようやく気づいた。ライアンの様子から聞かれたのは最後の方だけで、アニメの話をしていたのは聞かれて無さそうだ。それにミライは少しだけホッとしたがよくよく考えれば先程の会話内容も普通にやばい。ミライはさあっと青ざめた。


(誤解って……あ……やば……。)


先程の会話を思い出す。あれではまるでミライがツバサに自分の胸を揉ませようと迫っているように聞こえた筈だ。実際には桜の胸を揉ませようとしていたので丸っ切り誤解でもないのだが。


(え?もしかして私とツバサ君の関係を誤解されちゃった?)


もし、今この二人に勘違いされたのなら後のハーレム作りに支障が出る。というかあれエリカかよ。モクモクしてる人間大の煙の塊を見てそう思うミライだった。チラリと見ると横でツバサは困惑の表情だ。こいつは役に立ちそうも無い。


(どうしよ……。誤解解かなくちゃ……)


もう一度ミライはライアンを見る。するとライアンは、余計な事は言うなよ?なんとかしろやと目で語りかけてくる。笑顔だが額には青筋が走っている。怖い。


ミライに何とかして上手く誤魔化せと言うことだろう。誤魔化すもなにも完全なる誤解なのだが。


(………はー、仕方ないな。今後に支障が出ちゃうし、何とかしないと……)


ツバサが心配そうにこちらを見ている、大丈夫の意味で小さく微笑んでからミライは言い訳する為に口を開いた。


「あー?あはは、もー、聞こえちゃった?恥ずかしー、えー変な話なんてしてないよ?誤解誤解」


後ろの二人に聞こえるように大きな声で話す。


「えっとねーおっぱいって聞こえてた?えっとぉ……おっぱいって言うのはね」


そこで一度言葉を切ってミライは大きく息を吸い込んでから言い切る。


「雄にぱいとかいて雄っぱいの事だよ!!」


ミライは絶望的に言い訳が下手くそだった。


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