16話 仲直りと趣味の悪い二人。






「うぉぇぇぇ」


激しくえずいているにゃん子の背中をミライは優しく撫でる。


「あー、あの………にゃん子さん?大丈夫ですか?」


「ぅぇぇむりおぼぁ」


にゃん子は暫くは無理そうだ。仕方無く背中をよしよししていると、後ろの方の席のローブのヤツからハァハァとした息遣いが聞こえてくる。


心なしか少しずつこちらに近づいてくるけど、ミライは。気づかないフリをする。関わりたくないのだ。



うぇぇえぇ。ハァハァ。うぇ………おろろろろ………。ハァうぇハァおぇえぇ。汚いセッションをしないで欲しいとミライは思った。


無心でにゃん子の背中を撫でるのに集中する。本気で関わりたくない。


(何であいつこっちに近づいて来るの?………はあ、とりあえず無視無視。)


隣のツバサはグロ映像開始直後から白目を向いて動かなくなったのでそっとしておく。寝不足だったもんね?仕方ない仕方ない。







◇◇◇◇◇◇







「そろそろ、教室に戻ってみいひん?」


ユアンに水を渡しながらライアンはそう尋ねる。


「………ん。ありがとう、ライ。そうだね。そろそろ終わってる時間かな?」


ユアンは水を受け取ると笑顔で答える。その返事を聞いてライアンは少し離れた所に居るエリカに声を掛けた。


「エリカちゃーん!!!!もうその辺にしといて、こっち戻っておいでぇ」


エリカは訓練用の壁を垂直に登っている。


「うわあ。すごいねぇ、身体強化無しであんなに高くまで登れるなんて、やっぱりエリカちゃんは優秀やわぁ」


ライアンは感心したように息を吐いた。エリカはライアンの声に気づくと壁の上から二人にすぐに行く、のジェスチャーをしていた。


「ふふ、なんだかエリカ張り切ってるね?前より動きが良くなってる」


「恋をすると女の子は強くなるもんなんよー?」


ライアンはユアンへパチリとウインクする。


「恋………男もそうなのかな?」


ユアンははにかむ。


「ふふふ、どーやろなぁ………、それにしてもなんかちょっぴり寂しいわ、皆、恋してるんやんなぁ?私だけ仲間外れやん」


そんな風に談笑してるとエリカが走り寄って来た。


「なに?何で二人で楽しそうにしてるの?なんの話?私にも教えて?」


「ふふ、エリカちゃんの恋の話かなぁ?」


ライアンがそう言うとエリカの頭が爆発した、ように見えた。


「なっ?!私の居ない所でそんな話しないでよねっ!!」


頭が煙で包まれてエリカの顔は見えないが多分真っ赤になっている筈である。


「エリカ落ち着いて?さっきも教室でずっと煙を出していたね。魔力のコントロールをちゃんとしなくちゃ危険だよ?」


ユアンがエリカに声をかける。少し声が震えている。


「笑いたければ笑いなさいよっ!!」


まるで綿飴のお化けみたいなエリカの姿に訓練場にいる他の生徒も笑いを堪えて居る。あちこちから視線を感じる。


ププッ。あ、しまった。

ドゴッ!!!!!

若ーーーーー!!!!


耐えきれずに笑った安藤がエリカの放った炎の竜にぶっ飛ばされて行った。その後を安藤の取り巻きが慌てて追いかける。


「ふー、スッキリしたわ………。馬鹿安藤、いい気味だわ」


魔力を一気に放出してやっとエリカは煙が収まった。


「さっ、早く戻りましょ!!」


元気良くエリカはそう言う。


「はいはい、ほないこーかお姫さま」


「はい、は一回!!」


「はーい」


ライアンとエリカのやり取りに思わずユアンはクスリと小さな笑みを零す。


(エリカ………、嬉しそうだな。僕もだけど………はは………。)


教室に戻る道すがら、ライアンがユアンにこっそり耳打ちしてくる。


「ユアンちゃんの良い人も、ちゃーんと紹介してなぁ。昨日から楽しみにしててん」


ライアンのその言葉にユアンが思わず頬を染めるとライアンはキョトンとしてから笑った、


「ほんま、めずらしわー」





◇◇◇◇◇◇





頬を染めた幼馴染の珍しい姿にライアンは驚いてそれから喜びが湧き上がる。ライアンは昨日からとっても浮かれていた。何故なら最近少しギスギスしていた幼馴染達が昔みたいに楽しく過ごせているからだ。


一月ひとつきちょっと前にこの軍学校に入ってから、なんとなくお互いがお互いを避けていた。勿論理由はちゃんと有る。


(ひどいもの見てしもたもんねぇ)


一月前三人で行った初めての任務で目の前で子供が生きたまま魔物に食べられた。ユアンだったら助けられた筈だった。 だが学生の身分では上官の命令に従うしかなく、その命令が見捨てろと言う物だったのだ。確かにユアンが飛び出していたら一緒に居たライアンやエリカ、他の学生が危なかったかもしれない。それほど危険な相手だった。他の仲間達は運が悪かったなと口々に言っていた、ライアンもその通りだと思った。まさか学生が従事する軽い筈の任務で上位の魔物が出てくるなんて誰も思わない。だからライアンは運が悪かった。仕方ないって思った。それでお終い。


でもエリカとユアンの二人は仕方ないで済ませられなかった。その後も自分の弱さを責めた、エリカはユアンの足手纏いになった自身を。ユアンは上官に逆らえず助けられた子供を見捨てた自分を。ライアンやエリカの事も思っての事だろう。幼馴染と見知らぬ子供を天秤にかけてユアンはライアン達を選んだ。その事が溝を作った、お互いがお互いに後ろめたさも有ってか最近は一緒に居る時間が減っていた。


ライアンはそんな空気をなんとかしたくて、エリカが通常クラスの食堂に行っているのを知ってそれとなくユアンにも勧めてみた。そしたら二人で帰って来て凄く嬉しかった。作戦はうまく行ったのだ。そして昨日も一緒に通常食堂に向かう二人をこっそりと見送った。


そしたら昨日更に奇跡が起きた。二人共食堂から帰って来てからは何でかめっちゃ幸せそうに笑ってて、よくよく聞いてみると素敵な相手と出会ったそうだ。エリカは初恋だと幸せそうにしているし、ユアンは恋したと明確に言っていた訳では無いが、あの顔を見れば分かる。


(仲直りだけやなくて、二人がこんな幸せそうにしてるやなんて………、なんやめっちゃ嬉しいわぁ、食堂の事ユアンちゃんに教えてほんま良かったぁ………)


それからその幸せをくれた子らが今日特別クラスに来るって聞いて、会えるのをめっちゃ楽しみにしてた。ユアンやエリカの心を射止めるくらいだ。


きっと凄いお姫さんと王子様なんやろーと思ってた。



そう過去形である。



ライアンは目の前の男女を見て、幼馴染二人の趣味は悪かったのかと暫く頭を抱える事になる。


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