第4話 生まれ変わり



「………ツバサ・ブラウン。貴方は元日本人ですね?」


ミライのその言葉にツバサの目に浮かんだのは怪訝な色では無く、どうしてわかったかのかと言う驚愕の色だった。


はくはくと、死にかけの魚の様に口を開いては音にならない声を漏らして震える指をミライへと向ける。


「園田さん、き、君もなの?」


震える声、うるうると水分の増した黒い瞳がミライを見つめる。


「はい。私も元日本人です」


ニッコリと微笑みかけるとツバサはその黒い瞳からポロリと涙を零した。


「………ほんとに………?そんな………う、うぐぅ……」


滝の様に涙を流しながらツバサは意味をなさない言葉を発してブルブルと震えている。


(うお?!ガチ泣きやん!!)


男のガチ泣きを初めて見たミライはほんの少し引いた。


「あー、落ち着いた?」


暫く背中を撫でたりポンポンしていると、ようやくツバサは落ち着いたみたいで震える声のまま語りだした。


「ご、ごめんね。まさか僕の他にも日本から生まれ変わった人に会えるなんて思ってなかったから………。前世の記憶があるなんて、僕、頭がおかしいのかなって昔からすごく悩んでで…………。ぅうう………」


「あー、大丈夫。大丈夫だから泣かないで?ね?落ち着いて………」


号泣するツバサを慰めながらミライは考える。


(やっぱり、予想通りだった。それに生まれ変わりって言ってたし、転生者で間違いなさそうかな?それにしても………)


目の前でゴシゴシと目元を擦るツバサを見ながら考える。


(なんか、なよなよしてるしめっちゃ泣くし、もしかして転生前は私と同じで『オワセカ』ファンの女の子だったとか?それならイベントが発生しなかったのもわかる気がする。)


もし自分がいきなり男の主人公になって、そして戦えるかと言われれば、答えは否だ。いくらこちらの世界で男として生まれ育ったとしても、元々の記憶が有ったのなら難しいだろう。


(大変だったね……。)


少し優しい目でツバサを眺めていると少し落ち着いたのか息を整えてツバサはミライに向き直った。そして可憐に頬を染めて


「えっと………、改めて自己紹介するね?僕は元日本人で前の名前は田中一郎。享年は38歳です!!」


「おっさんやないかい!!」


「ひぇっ!」


主人公の中身は元おっさんだった。











◇◇◇◇◇◇








私、田中一郎と言う男は昔から気が弱かった。元々運動は苦手で趣味も特に無く、いつも誰かの陰に隠れるように生きていた。学生時代も友達はおろか彼女も出来ず、それは社会に出てからも何も変わらなかった。家族仲も余り良く無かった。2つ下の弟は親からも可愛がられて居たが、私はあまり可愛がられた記憶はない。関心を持たれて居なかった様に思う。両親は弟しか見ていなかった。だがそんな弟も高校に入ってからはひきこもるようになり、結局は私が年老いた両親の面倒を一人で見ながら家を支える為に、ただただ働いた。


会社でも特に仕事が出来るでも無く、後から入った若い者達にどんどんと追い抜かれ、毎日毎日ただ黙々と日々を過ごしていた。陰で馬鹿にされていることも一度や二度では無かった。しかし言い返せるかと言えばそれは土台無理な話で、だた下を向いて耐えるだけ。家にも居場所は無く、甲斐甲斐しく面倒をみているのに少し痴呆の入った両親は私を罵る事もあった。弟とはほとんど顔を合わさずただ時折部屋の前に生活費を置いておくだけ、夜中に外に出て居るようで少しホッとした。多分コンビニに行って居たのだろう。外に出られるのならまだ、大丈夫だろうと思った。


そうこうしている内に時は過ぎ30代も後半になろうという頃、ふと自分はなんの為に生きているのだろうと考えることが多くなった。休日に家に居るのが息苦しくなり少しの息抜きにと公園のベンチに座り周りを見ていると楽しそうに笑う家族連れが目に入る。その瞬間息が出来なくなるほどの後悔が私を襲った。もっと頑張っていれば、もう少しマシな人生があったのでは無いか?家族とも、もっとちゃんと向き合っていれば…………。

いつの間にかグッと握りしめた手のひらから微かに血が垂れて、その痛みで我に帰る。そしてハッとした、今からでも遅くは無い。まだやり直せるんじゃ無いか?ふと、会社の若い者達が最近流行りの珈琲ショップの話をしていたのが頭に浮かんだ。色々なトッピングを選べてとても美味しいらしい。それを買って帰れば少しの話題になるのではないかと久しく見ていない弟の顔を思い浮かべながら、来るときよりも少しだけ前向きになった心でその噂の珈琲ショップへ向かうことにした。


『今からでもやり直せる。今日私は生まれ変わるんだ。』


少し胸に温かい気持ちが湧いて来た、生まれ変わった気持ちでこれから頑張ろうと気合を入れて足を前に進める。一歩一歩、無為に過ごした日々をこれから取り戻そう。そう、決意を胸に抱いた。だがその後二度と両親と弟に会えることは無かった。何故ならば私田中一郎は、その後事故に遭いこの世を去ったからだ。



そして生まれ変わったのだ。日本とは全然違う、不思議な世界に。


暗闇から自分の意識がゆっくりと浮上して完全に意識を取り戻して周りを見渡した時の事は今でも鮮明に覚えている。洋風の室内にはメイド服と呼ばれている物を身にまとった女性が二人居た。こちらの視線に気づいた女性が一人近づいてきたのだが、その姿に驚く。巨人だったのだ。自分よりも遥かに体の大きい女性に抱きあげられて、ひっと声を漏らした、その筈だったが、自分の口から出たのは泣きわめく赤子の声だった。


「あーよしよし、坊ちゃん、大丈夫ですよ?泣かないで、お腹空いてしまいましたか?おーよしよし…」


泣くのを自分の意思で止められない事に戸惑っている間にも女性は私の体をまさぐり、色々と確認しているようだった。


「うーん、おしめはまだ大丈夫なようですね。よしよし、良い子ですから泣き止んでくださいませ」


ゆらりゆらりと優しく腕を揺らしながらその女性はもう一人の女性へと声をかける。


「アンリエッタ、ミルクの用意を」


「はい、和子様」


その後はミルクを飲まされて、抗えない眠気に意識を失った。そして次に意識を取り戻した。そして今度は冷静に状況を把握した。


(赤ん坊になっている?ひどい夢だ)


夢だと思い、やれやれ早く目が覚めないかなと思う。だがそれから3日経ちどうやらこれは夢では無く自分が本当に赤ん坊になっているのだと理解する。理解したからと言って納得できるかと言えばそれは別問題だ。かなり取り乱して泣き叫んだがそれは赤ん坊の癇癪の域を出なかった。よしよしとメイドにあやされて、また急激な眠気に意識を失った。


そしてまた意識が浮上する。今度は周りに誰も居ない。一人広い部屋のベッドに寝かされている。


(お、落ち着け、落ち着いて考えねば………)


この状況に至るまでの記憶をなんとか思い出そうと頭をひねっていると、珈琲ショップで買い物をした事を思い出す。いやはや注文一つするのも大変だったなと冷や汗をかく。呪文の様な名前のトッピングにサイズも日本語では無かったのであたふたとレジで醜態を晒した。大分無様な有様だった筈だ。店員さんは優しく微笑んでいたが内心はわからない。きっと面倒な客だと思っていたんじゃ無かろうか。


(そうだ、珈琲を買って………買って、それから……それから?)


やっとの思いで家族の分と自分の分の珈琲を手に入れて店を後にしようとしていた筈だ。そこまでははっきり思い出せた。問題はその後だ。思い出そうとしてじっとりと全身に汗をかいている自分に気がついた。心臓がドクドクとうるさい。


(そうだ………、あの後、後ろから凄い音がして……爆発?そして最後に見たのは………)  


あの時音に振り返って最後に見たのは自分へと降り注ぐ大量の瓦礫の破片だった。


(私は死んだのか?そして赤ん坊になった………生まれ変わったのか?まさか?!そんなっ?!)


何故か今の体は精神との連携がとれていない様で、ショックにひきづられるように大声で泣きわめく。その泣き声に気づいて部屋へとやって来たのは今まで見たことのない人物だった。厳しそうな面差しの白髪の混じった黒髪を後ろへと撫でつけた初老の男。


「…………」


その只者では無い風貌にぎょっとして泣くのも忘れてその男をまじまじと見つめてしまう。初老の男も無言で自分を見ていた。


「…………」


暫く無言が続いたが、男の後ろから明るい声がした。


「おやまぁ、大旦那様がお祖父様だとわかるのかしらねぇ?坊ちゃんたら、普段はなかなか泣き止まないのに」


弾んだような声をあげて姿を現したのは赤ん坊になった自分の世話をしてくれる女性。くすんだ黒髪をひっつめてお団子にした和子と呼ばれるメイドだった。年は40代と言ったところか。そしてこちらに手を伸ばし抱き上げると初老の男に押し付けるように渡したのだった。


「ほらほら、大旦那様抱いてあげてくださいな。」


「むっ…。」


(ひぃっ?!)


不機嫌そうにグっと眉間に皺を寄せた男だったが、受け取る手は優しく壊れ物を扱うかのようだった。


(あ、なんか落ち着く……かも?この人が私のおじいさん?)


なんだかホッとして、顔に笑みが浮かぶ。すると男は眉間の皺を緩めて、ほんのりと優しい色をその瞳に浮かべた。


「あらあら、ごきげんになっちゃって、まあ珍しい。お祖父様が好きなのかしらねぇ」


「うむ、そうか………」


ニコニコ顔の和子に初老の男は短く答えた。声は嬉しそうだ。


(そういえば両親は、どこだろうか?母親は?)


体感的には最初に意識を取り戻してからまだ3日程だが、この部屋で会った事のあるのはアンリエッタと呼ばれた若いメイドと和子とこのおじいさんだけだ。そんな内心とは裏腹に顔はニコニコと笑みを作りおじいさんを眺めている。頬を指で優しくつつかれた。


(わぁくすぐったいなぁ)


体はその感覚にキャッキャと笑い出す。


(怖い人じゃ無くて良かったなぁ)


優しく何度も頬を突かれながらそんな事を思った。



暫く赤ん坊の柔い頬を堪能して、満足したのか男は去って行った。その後は和子さんにミルクとおしめを世話されてまた寝かしつけられる。この体は眠気には抗えないのだった。


(………う、だめだ………、やっぱりこれは生まれ変わり、なのかな?私は、死んだのか。そうか………)




◇◇◇◇◇◇




それから、なんだかんだと月日が過ぎて色々と生活して居る中でわかった事がいくつも有った。まず判明したのはやはりあの初老の男は自分の祖父で名は【源一郎・ブラウン】と言うらしい。そして自分の名前は【ツバサ・ブラウン】と言うみたいだ。それなりにお金持ちの家みたいで使用人が何人もいる様だ。話し言葉は日本語なのだが、ちょこちょこと見かけるようになった大人達は多種多様な人種に見えた。それに奇抜な色の髪色の人たちも度々目撃した。わかったことはそれだけでいまだよちよち歩きの赤ん坊ならばこれが限界である。2日に一度は顔を出す祖父は、優しい眼差しではあるが特にお喋りをするわけでもなく、頬をつついたり、抱き上げてみたりとするだけで彼からは特に情報らしい情報は得られない。ただ一つ憶測だが言えるのは、自分に両親は居ないのでは?と言う事だった。生まれ変わってから半年程が過ぎた、田中一郎改めツバサは今度はちゃんと生きようと決意を新たにしていた。


(せっかく生まれ変わったんだ。両親は居ないみたいだけど今度はちゃんと家族を大事にして友達も作るぞ!!そして今度の人生は悔いの無いように過ごして………いつかは家族を持ちたいな。)



それからは元居た日本と違い魔法や魔物など非現実的な物が存在するこの世界に困惑し、元日本人の常識とこちらの常識の違いに頭を悩ませながらも何不自由なくスクスクと育ち、お祖父様や屋敷の者達とも良好な関係を築いて、魔力適正が発現して、軍学校に通うことになるのだった。








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