第4章 本音

 少し肌寒い春風が吹いて、私たちが歩くたびに、桜の花びらの絨毯の一部が少しだけ宙を舞った。そして私たちは太陽の光がさす黄金色のベンチに座った。

「私は、この能力を小学1年生の時から持ってるんだ。」

菜緒はゆっくり落ち着いた声でそう打ち明けた。

「っていうことは、私と仲良くなった時にはもうすでに?」

「そう。」

「だから菜緒は昔っから落ち着いてるのか、人の心が見えるから。」

「ふふっ、なのかなあ。」

「でも、菜緒はその特殊能力どうやって身についたの?」

「きっと、私も春歌も同じ方法で特殊能力を手に入れたんだと思うよ。それって何かわかる?」

菜緒の声質はいたずらっぽく、でも真剣な表情で私に問いかけてきた。なんだろう、同じ方法?小学1年生と高校2年生だと10年も時が違うのに同じ方法があるのか?あ、もしかして、

「「ピンク色の雨。」」

「揃った。」

 そうだ、10年前の小学校の入学式、私は高熱で家から出れなくて、空を眺めてた。そしたら突然この前と同様、ピンク色の雨が降ってきた。すると1人の女の子は傘をささずに私の方を見て、手を振ったのだ。

「あの時の女の子って、菜緒だったのか。」

「そう、あれが私と春歌の本当の最初の出会いだよ。」

始業式、私が保健室で見た夢はその日の夢のことだったのだ。

 「実は私、そのピンク色の雨のことを『桜の雨』って呼んでるの。それでこの現象を自分なりに色々調べてたの。」

「『桜の雨』…。調べて何か分かったことはあるの?」

「3つ分かったことがある。」

「3つ…。」

「1つは、『桜の雨』は10年に一度、3つの条件、雲が少しあるけれど青空、桜が満開、そしてそれが4月という全ての条件を満たしたときに降るということ。2つ目は、それが片方の目に入った瞬間、人の心が見えるようになるということ。」

「じゃあ、菜緒も『桜の雨』が目に入ったの?」

「そう、ちょうど春歌に手を振ってるときに目に入ったんだよね。そこから人の心が読めるようになったけど、その特殊能力を奇妙に思われたくなくて上手くコントロールしてたんだ。」

「そうだったんだ。…菜緒、菜緒も特殊能力を持っているのに、それに気づかないでずっと冷たくしててごめん。」

「大丈夫、冷たくしてたのって陽大と私をくっつけさせようとしてたからでしょ?」

「わああ、ごめん!そっか、菜緒も心が読めるから私のしたいこと見えてたのか。…でも実際、菜緒は陽大のこと好きだよね?」

「それは逆でしょ?」

「え?」

菜緒の顔はにやにやしている。

「陽大のこと好きなの、春歌の方でしょ?」

私が、陽大のこと好き?それは昔の話で、今は違う。

「だって春歌、私とくっつけさせようとしてるときいっつももやもやするって心の中で言ってたよね?それで、春歌は陽大の心読めないでしょ?」

そこまで見えてたことにとてもびっくりしてしまった。

「…うん、そうだけど、なんで?」

「『桜の雨』を調べて分かったこと、3つ目はね、きっと神様のいたずらなんだろうな。」

「え?」

「3つ目は、大切な人、つまり好きな人の心だけは読めないってこと。」

一瞬だけ、少し肌寒かった春風が止まったような気がした。

「春歌は陽大の心だけが読めない。だから陽大のことを好きなのは、春歌の方でしょ、ね?」

それは絶対に違う。

「な、なに言ってるのよ菜緒。そんなわけ、」

「ある!春歌、小学生の時から陽大のこと好きでしょ。」

「違うよ!」

 初恋の人だったけど、今は好きじゃないし全然恋愛対象として見てない。でも実際、菜緒と陽大が仲良いところを見ていたら心がもやもやしてたから、もしかするとまだ…。

「春歌、今私に本音を言ってないよね?」

「え?」

「初恋の人だったけど、今は好きじゃないし全然恋愛対象として見てない。でも実際、菜緒と陽大が仲良いところを見ていたら心がもやもやしてたから、もしかするとまだ…。って春歌今思ってた。それで『…』の先はどうなの、春歌。」

 真っすぐな菜緒の目は、私の心の奥底まで透き通って見えた。菜緒は、私に本音を言ってくれている。親友なのに、私が菜緒に本音を言わないのはずるいよね。

「私、陽大のことが好き。」

そう私が打ち明けると、菜緒は笑顔で私の肩をぽんぽんと優しく叩いてくれた。

「やっと本音言ってくれた。」

「菜緒、ありがとう。」

やっと菜緒に本音をちゃんと言えたことがとても嬉しかった。

「じゃあ、今度はそれを本人に言ってきな?」

きっと陽大はまだ、部活で学校に残っている。今なら、陽大に気持ちを伝えられる。すると、今度は背中を大きく叩いてくれた。

「今だよ、春歌。(私も…。)」

うっすら菜緒から心の声が聞こえたけど、でも、菜緒は私のことを応援してくれている。だから、それに応えなきゃ。

「ありがとう、行ってくる!」

私は無我夢中で走った。陽大に想いを伝えるために。

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