第17話 大和撫子

 先生と中山道さんの鬼気迫る剣術に気圧けおされ、すっかり怖気おじけづいてしまっていたが、気を取り直し、呼吸を整えて、もう一度目を凝らした。


 ……中山道さんは両手を縦横無尽に振り回して、全くスキが無い。 言い換えれば、全く動きを止めない。


 そこに私は、大きな違和感? を感じていた。


『攻撃は最大の防御』……と、どこかで聞いたが、それにしてもこの動きは


 私も以前、区民劇で殺陣たてを教えて貰ったので素人に毛が生えているが、そもそも剣をあんなに振り回す事は無いし、第一、重くて振り回せない。


 更に気になったのは、先生が落雁を投げる絶対数と中山道さんの剣の振り数が、明らかに異なる。


 そう……なぜか中山道さんの腕は『無駄な動き』が圧倒的に多いんだ!


 ……とすれば……


 私は、先生と中山道さんの間合いのほぼ中央に立ち、二人を交互に……いや、ほとんど中山道さんだけを見ていたが、中山道さんの斜めうしろ……つまり、先生の動きが良く見える位置に移動した。


 ……!


 一瞬……本当に瞬きしたら気付かない程の一瞬だったが、先生が私を見て笑顔を浮かべた? ように見えた。


 私の判断が正しかったのか? それとも、先生たちの術中にまんまとはまってしまったのか……?


 あの笑顔の意味は一体……何!?


 ……さて、この位置なら二人の動きが同時に見れるし、中山道さんの人間離れした動きに、正確な観察が出来る。


 先生の手元の落雁らくがんも残り少ない。


 演舞が終わってしまう前に、なんとしてでもヒントを手に入れなくちゃ! そうじゃないと、私の為に貴重な時間を使って下さっている皆さんに、本当に申し訳が立たない。


……幸い、少しずつだが目が慣れて来て、音もはっきり聴き分けられるようになってきた。


 そして……


 ラストギリギリで、ついに私は先程感じた違和感の正体! ……そして水戸みなと流奥義『鏡華かがみばな』の秘密を発見する事に成功した!


 こちらに関しての解説は改めて……。


 ……最後の落雁が粉砕され、先生が手を下ろした。


 中山道さんが


「これにて結びと致します!」


 ……と言って深くお辞儀をした。


 あっ!


 無事に披露し終えた安心感からか、中山道さんが目眩めまいを起こしたようだった! 


 慌てて駆け寄ろうとしたが、気合で踏みとどまり……


「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません」……と、必死に呼吸を整え抑えながら、笑顔をさえ浮かべている!


 あんなに激しく動いたんだ。 その場に倒れてしまったって不思議じゃない!


 私は「とんでもありません! 本当に、本当に感謝致します!」と言って最敬礼した。


 横では兄貴も同じように深く頭を下げている。


 ……中山道さんが「ご無礼を……」と言いながら、脱いだお着物と、足元の、汗で濡れた半紙を床から剥がし、一礼してシャワー室に向かった。


 その所作、物腰……更に全身の汗が宝石のように輝いて、目が眩むほどに美しい。


 女の私でさえ惚れ惚れするのだから、これはますます……


 ほらねっ! 案の定、兄貴の眼が、中山道さんが出ていった後のドアにロックオンされている。


 ふ っ ! 


 惚 れ た な !


 やめときなって! あのかたと私たちとでは住む世界が違いすぎるよ。

(※作者注:またまたメタい話になりますが『中山道冴子』さんと『水戸街道茶三郎』先生は、拙作『「きみ……名前は酷いけど顔は可愛いね」って良く言われます』に登場するキャラなので、遥たちとは本当に住む世界が違うのであります😁)


 ……さて、中山道さんが戻る前に、私たちは先生と教室のお片付けをした。


 先生は先程までとは別人のような、とても穏やかな表情で、鼻歌交じりに作業されている。


 ……兄貴に「先生……お疲れだよね? 大丈夫かな!?」……と聞くと「先生は人に遠慮させない代わりに、ご自身も全く遠慮しないんだ。 多分問題ないよ」と言った。


 ……あのお歳ですごいな〜!


「……いや『あのお歳だから』かもしれないよ。 戦争中は近くの川で魚釣って、その場で煮たり焼いたりして食べてたんだって。 ……俺が剣道習ってた頃、骨密度? を測ったら30代と同じ位だった……って、笑いながら言ってたよ」


 ……この先生……本当にすごい。


 何せ……


 『鏡華かがみばな』の成否……それは中山道さんの超絶スゴ技のみならず、先生の手技も大きく関わっているから……だ!

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