第16話 『プロ』

 先生が『三方さんぽう』……お月見の時にお団子が乗っているような木の台に、和菓子? をてんこ盛りにして持って来て、こうおっしゃった。


「今日は餅が無いので、お供物くもつの落雁(穀物の粉を砂糖と混ぜて練り込んで固めた和菓子)を使わせてもらうよ」


 ……その凄い技を見せて戴けるのなら、お餅でも落雁でも袋麺でも、何でも結構で御座います!


 それより、先生までお着物を脱ぎだしたらどうしましょ!? ……とドキドキしていたが、今回、先生は『投擲とうてきやく』?で、脱がなくて良いらしい!


 ちょっと……いや、かなり安心した🤭


 先生が「でははるかくん、例のものを頼む!」と兄貴に声をかけた。


「はい!」


 ……兄貴のスマホから『ドドン! ドコドコドコ……』という軽快な和太鼓の音が流れ始めた。


 先生が一礼し、大きく深呼吸したあと、落雁を手にした。


 それと同時に、先生の表情から笑顔が消え、別人のような低い声で……「つかまつる!」とうなるようにおっしゃった。


おう!」 ……中山道さんの険しい表情からも緊張が伝わって来た。


 これこそ、まさしくヒロインとラスボスの一騎打ちのような構図だ。


 兄貴が小声で……


「二人の動きを良く観察するんだ! 必ずお前の役に立つ!」と言った。


 私は頷き、瞬きもせず中山道さんを見つめた。


『ビュッ!』

『パァーン!』


 ……! 何!?


 一瞬の事で何が起きたか良く分からないうちに『パラパラ……』という乾いた音がして粉砕された落雁が床に敷いてある半紙に落ちた。


 速 す ぎ る っ !


『ビュッ! ビュッ!』


『パンッ! パンッ!』


『ビュッ!』


『パァーーン!』


『パラパラパラ……』


 ……何が起きてるのか、何をどうしてこうなっているのか、皆目かいもく見当がつかない……。


 しかも、兄貴が流している和太鼓のビートが少しずつ速くなり、それに合わせて先生が落雁を投げるスピードも加速していく。


 だ……ダメだ……残念だけど、私にはついて行けない……。


 所詮しょせん、私みたいな人並み以下の人間が、こんな神様に選ばれた人たちに追い付ける訳がないじゃん……。


 ……兄貴や先生、そして中山道さんにはとんだご迷惑をおかけしてしまった。


 私は、自分が情けなくなり、項垂うなだれた……。


 ん?


 中山道さんの脚元に視線を落とすと、明らかに半紙の色が違うのに気が付いた


 ……これは……汗!?


 中山道さんが神速で身体を動かす度に、顔や腕、見事にくびれた腰、そしてスラリと伸びた引き締まった脚から滝のように流れ出る汗が、床の半紙をびしょびしょに濡らしているんだ!


 中山道さんは、恐らく私と同じくらいの年齢だろう。 そんな彼女が、この域に到達するのは、並大抵の努力では無かったはずだ。


『努力』……か……


 そう言えば、こんな何の取り柄もない私だけど、今、必死に努力している事がある。


 ……それは病院での『超音波エコー検査』だ。


探触子プローブ』と呼ばれるマウス位の大きさの機械を患者さんの観察したい部分に当て、魚群探知機の原理で血管や臓器をモニター上に映し出して評価する検査だ。


 ……観察対象は数cmの物から0.1mm以下の場合もある。 しかも、探触子プローブを当てる角度や強さで変形してしまう恐れがあり、これを正しく測定したり評価したりするには、それこそ熟練の技術が必要となる。


 中山道さんが先生に憧れて、こんな神業を会得されたのも素晴らしいが、私も深田先輩や五木技師長に指導して頂き、ようやく身に付き始めたところだ。


 更に、臨床検査技師は、毎日顕微鏡で細胞や結晶の鑑別をしている。 こちらも限られた時間内で視野全てを検索しなくてはならない。


 中山道さんがお師範の力量をお持ちのように、私は『臨床検査』のプロだ! 日々の業務で鍛えた『動体視力』がある!


 自分を信じてみよう!


 あんなに汗だくになって頑張ってくれている中山道さんの為にも!


 私は目をこすり、もう一度中山道さんを凝視した。


 必ず……必ず、重要なヒントを見つけ出してみせるっ!

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