第12話 疑問

 以前も書いたが、私の身体は、神経系、骨格系、筋肉系、呼吸器系、更に循環器系に至るまで、『運動』をするように設計されていない。 つまり運動は大の苦手だ。


 その私が、超高速で飛んでくるスライムを斬るなんて出来るワケが無い! それも踊りながら!


 それこそ……


 ママチャリでF1レースに参加しろと言われたようなものっ!


 紙飛行機で月まで行けと言われたようなものっ!


 自分の肘を自分の顎に付けろと言われたようなものっっ!(ん?)


 ……えーと……あとは……


 ……などと下らない事を考えていると、ふと一つの疑問が浮かんだ。


 他の施設も、こんなに出場者選びに苦労してるのだろうか?


 事務長に聞くと「他の施設は、うち中央と違って若い男性の職員の比率が多く、eスポーツに興味を持つヤツが圧倒的に多いから、難なく決まったそうです。 それに、選手に選ばれると『町野グループ』から、無条件でスタンドアローン式VR機器の最高峰『オメガαアルファ』を貰えるから、競争率もかなり高いんですよ!」……との事だった。


 確かにうち中央男性職員が極端に少ない。 一番若い診療放射線レントゲンの山本技師長でも40代だ。


 院長が……


「遥さん! 無茶を言っているのは充分に理解している! しかし、頼めるのは君だけなんだ! 中央われわれのため、そしてなにより人事課長のため! 何とかならんだろうか?」……と言った。




 院長たちが、ここまで人事課長とスポーツ大会にこだわるのは、一体なぜ?


「……人事課長さんは、どうしてそんなにスポーツ大会に思い入れがあるんでしょう?」


 ……!


『まずい! 余計な事を聞いちゃダメ!』……私の中のもう一人の私が叫んだ!


 理由によっては、お人好しの私は、断れなくなる!



 ……時、既に遅し……院長が『よくぞ聞いてくれた』とばかりに話し始めた。


 人事課長は毎年、地方巡りをして看護や介護に興味を持つ学生を集めて来るのも仕事のうちで、まだ未成年の人たちを東京こちらに呼び、知り合いや親戚が居ない場合、寮やマンションの手配をしている。


 どんなに夢や希望を持って上京しても、家族や友人と離れて過ごす彼らの寂しさはどれほどだろう。 ……ホームシックになってしまう学生も多かったという。


 未だに実家から通勤している私には、その寂しさ、辛さは想像がつかない……。 


 そんな中、人事課長が思い付いた方法が『院内スポーツ大会』を開催する事だった。


『スポーツは結束を高め、友情をはぐくみ、学生たちの寂しさも軽減してくれる』 ……そう思っての発案だった。


 そして、この大会は大成功! 学生も他の職員も大喜びだったそうだ!


 また、選手として参加しなくても、全員で応援する事により一体感が生まれ、チームワークが良くなるという効果もあったらしい!



 ……当時、人手不足に頭を悩ませていた町野グループの会長が、この成功を知ってとても喜び『町野グループ全体』の恒例行事として『スポーツ大会』を始める事を決定し、現在に至るそうだ。


 人事課長は、自分が発案した『スポーツ大会』が、自分が定年になるまで続いている事を誇りに思っているそうで、酔うと必ずその話をすると言う。


 

 ……ご自分が尽力された、思い入れの深いスポーツ大会に、最後の最後で町野中央病院の選手が一人も出場しないなんて……


 ……そんな寂しい事って……ないよ……ね……。


 ……




 ……この前の人事課長の嬉し泣きした顔が脳裏に浮かんだ。


 やっぱり……私がやるしか……無いよね……。




「わかりました。 私……出場します!」


 再び喜ぶ三人を前に私は……


『あ~あ……。 私って、どうしてこんなにお人好しなんだろ……』……と、自分自身に呆れていた。


 ……この際


 ママチャリでF1レースに参加してやる!

 →引っ張って貰えばイケる!


 紙飛行機で宇宙にまでだって行ってやる!

 →カプセルに入れれば不可能じゃ無い!


 顎に肘付けてやる!!

 →顎を外すか腕を折れば可能だ!!←😳



 大会本番まで……あと6日!


 私の、全く未経験への挑戦が始まった!

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