第10話 入門

 日曜日、兄貴の車で剣道の道場に向かった。 兄貴によると、十数年ぶりだと言う。

 

 そこは一見、塾のようだった。


 ……っていうか、塾だった。


 入口に『六号歴史塾』と書いてある。


「『六号』? チェーン塾なの?」……私が看板を見ながら言うと兄貴が……


「違う違う。 先生の名前が『水戸街道』だから『国道6号』と掛けてるんだ」


 へぇ〜……。 わかったようなわからないような話だ。


「『剣道』って標榜ひょうぼうしてないね」


「先生はご高齢だから、今は手広くやってないんだ。 『妹に剣道を教えて欲しい』って連絡したら『自分はこれが生きがいで、少人数で続けてるから、いつでもおいで』と言ってくれた」


「……先生って、怖い?」


 私は褒められて伸びるタイプなので、厳しくされると萎縮してしまう特性がある。


全然ぜーんぜん! 却って優し過ぎるくらいだよ」


 へぇ〜!


 ……なら、ちょっと安心♡



 インターホンを押すと、若い女性が出迎えてくれた。


 ……!


 す! すっごい美人さんだ!


 流行りに流されないローポニテに、絶妙なチークのナチュラルメイクが素材の良さを際立たせ、清潔感のある白いエプロン姿も好印象だ。


 私には判る! この人!


 兄貴のこのみのタイプだ!


 ……兄貴を見ると、案の定、耳が赤くなっていた。


「は、始めまして『はるか 真一しんいち』です。 こちらは妹の『真優まゆ』で


 あっ、噛んだ!


「『遥 真優』です。 この度はお世話になりま


 あぁん! 私までつられて噛んじゃったじゃん(怒)


 美人のおねえさんは笑顔で……


「初めまして。 私、時々先生のお手伝いをしている『中山道なかせんどう 冴子さえこ』と申します」……と言ってマナー講師のようなキレイなお辞儀をしてくれた。


 ヤダあ! 私たち兄妹きょうだいのおバカ加減が際立つぅ〜(泣)


 ……それにしても『水戸街道』先生に『中山道』さん……本当に『道路交通情報』みたいな方たちだわ。



「あ、あの……せ、せ、先生は?」


 ……兄貴、少し落ち着け!


「はい、既にお待ちです。 こちらへどうぞ……」


「ひつれいします」 あ! 兄貴、また噛んだっ💢



 教室らしき場所から、想像していた以上に落ち着いておだやかそうな方が目を細めながらお出ましになった。


「おお〜、はるか君、大きくなったなあ〜〜! 立派立派!」と言いながら、先生は兄の肩をポンポンした。


「先生も変わらずお元気で〜! おいくつになられました?」


「当年とって93歳だよ!」


 ……『当年とって』……って、数え93歳……満94歳って事!? 七十歳台にしか見えない!


「妹さん? 初めまして。 『水戸街道みとかいどう 茶三郎ちゃさぶろう』です」……先生は私みたいな小娘に、とても丁寧なお辞儀をして下さった。


 ……私は『実るほど、頭を垂れる稲穂かな』と言うことわざを思い出していた。


「では、早速始めようか」


「はい!」


 こうして私は『人事課長へのハナムケ』実現に向けての第一歩を踏み出した!

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