第8話 不安
「ただいま〜〜」
私は自転車通勤なので、せっかくもらったVRゲーム機を壊さないように恐る恐るペダルをこぎ、いつもより、かなり気疲れした。
今日は珍しく兄貴が先に帰宅していて、スマホでゲームをしている。
兄貴は私と違ってゲーム大好き人間で、ボーナスが出る度にゲーム機やゲームソフトを買っている。 ……
私は兄貴の視界に、これ見よがしにVRゲーム機を置いてみた。
「こ、これ! オメガ
「貰った」
「『貰った』って! これ、おいそれと貰える
隠すつもりはないので、私は病院であった事を話した。 その間も兄貴の目はVRゲーム機の箱にロックオンされたままだったが。
夕食の支度を終えた母が……
「
母に心配をかけるのは本意ではないので「うん。 まあ、立ち回りの練習にもなると思ってさ」……と、我ながら上手い言い訳をした。
「ちょっと借りても良い?」
兄貴が待ち切れない様子で聞いてきた。
子供かっ!?
「どうぞ〜……でも、使い終わったら、ちゃんと消毒してよ!」……と言うと、はち切れそうな笑顔で箱を開け、器用にセットし始めた。
マニュアルも見ずに設定をしている兄貴に「事務長もお兄ちゃんも、良く使い方判るね」と言うと……
「動画サイトを検索すれば、山ほど落ちてるよ」と、事も無げに言った。 兄貴、きっと欲しくて観てたんだろうな。
そうだ! 大会が終わったら兄貴に定価で売りつけちゃおう($_$)
ゴーグルを装着した兄貴が「お〜! スゲぇ! 飛び出して観えるよ〜」と嬉しそうに言った。
そりゃそうでしょ、そういう物なんだから。
兄貴は、まるでマラカスを持って交通整理をしているかのような動きをしながら夢中になって楽しんでいる。 ……私も院長たちの前で、こんな動きをしてたのか! 恥かしい……
兄貴には、母の「ご飯よ〜!」の声も耳に入らないようだ。 ……ゴーグルには耳の近くにスピーカーが付いており、音を出すと周りの音や声が聴こえにくくなるんだ。
「ゴーグルのレンタル料としてカニクリームコロッケもらうよ〜」……と言ったが、その声も耳に入っていないようだった。
……兄貴がひとしきり遊び終わる頃には父も帰宅して、既に夕食も食べ終わっていた。
「これは面白い! ……でも、こんなに難しいゲーム、初心者の
失礼な!
た……確かに病院では最後の最後で負けちゃったけど、練習すれは楽勝よ!
「なら、私の腕前を皆に観せてあげる! お兄ちゃん『みらーりんぐ』って出来る?」
「『ミラーリング』なんて良く知ってるな! 出来るよ。 ちょっと待ってて」
兄貴が何かを設定すると、スマホだけでなく、テレビにもVRの映像が映し出された。 さすが、ダテにゲームばっかやって無いわね。
準備完了!
皆の者! 見るが良い! 『ロイヤル・ミルキー・マックス』からネオン・サーベル・ガンモードの『ロイヤル・ミルキー・ショット』までの、流れるようなこの姿を〜っ!
「きゃあ~~~~~~!」
『ズバアァァ~~~~~!』
……ま、まあ、最後はまた負けちゃったけどさ……。
「ふぅっ」……息をつきながらゴーグルを外すと、お腹を抱えて笑っている兄貴と、必死で笑いを
「何よっ!」……私は兄貴を睨み付けながら言った。
「あっははは! チュートリアルをあんなに全力でやる奴、初めて見たよ! しかも負けてんじゃん!」
「真一(兄の名)! 真優は真剣なんだから、あんまり笑っちゃ失礼だぞ!」
……そう言う父まで鼻孔をピクつかせ、既に堪えきれずに笑っちゃってる(怒)
「真優さあ、試合はどのモードでやるの?」
もーど? ……また何か判らない言葉が兄貴の口から飛び出した。
「……? 看護部長が、大勢の人前で、剣と銃を使って大立ち回りをするから、恥ずかしがって他には誰もやれない……って言ってたけど……」
「……じゃあ『サバイバルモード』かな? ちょっと貸して!」
兄貴がコントローラーの上の方にあるボタンを押すとミラーリングしているテレビ画面に英語の文字が表示された。
コントローラーから発射されている指示棒みたいな物で『SURVIVAL MODE』と書かれたボタンを押し、更に『EASY』を押した。
……暫くすると秒読みが始まった。
「ゼロになったら敵が襲って来るから全て倒してね!」
私は再びゴーグルを装着し、コントローラーを持って構えた。
『
『うおおおお〜〜〜!』という雄叫びと共に、たくさんの兵士が全方向から攻めて来た!
う、うっそぉ💦 こんなのアリ!?
『ズバッ!』『バシュッ!』……という効果音と共に、あっという間に『MISSON FAILED』になってしまった!
兄貴の笑い声の中、私の『eスポーツ大会出場』に不安という名の暗雲が立ち込め始めていた……
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