第6話 餞《はなむけ》

 私は汗だか涙だか判らないけどぐちゃぐちゃになっちゃった顔をタオルで拭きながら……


「『最後の大会』って……まさか……」


 ……院長は沈痛な面持ちでコクリと頷きながら……


「……うん……辞めるんだ……人事課長が……」


 ……


 ……?


「人事課長?」


「……そう。 この前、人事課長や事務長と麻雀をやってた時にスポーツ大会の話になってね。 人事課長が『俺にとっては、これが最後の大会になるかも知れないんですよ……』……って、それはそれは寂しそうに言ってたんだ……」


 なんだぁ、そういう事かぁ! 


 院長は本作品の姉妹作で、後日談にあたる『臨床検査技師の「はるか」です!』にも、何度も登場してるから、おかしいと思ってたんだ。(←さり気なく宣伝♡)


 ……実は私が入職した時から『今年で人事課長が定年退職する』っていうのは何度も聞いて知っていた。 


『院長は、嘱託で続けて欲しい……って言ってくれたけど、給料が下がるから家内とのんびり過ごそうか……とも思ってるんだ』とか言ってたな。


 人事課長はスポーツが大好きで、この大会を毎年楽しみにしているそうだ。


「我々『中央』(町野グループ内での『町野中央病院』の通り名)は、今まで一度もスポーツ大会で優勝した事が無い。 以前、五木君がボーリング大会で準優勝したのが最高順位だ」……と、院長が悔しそうに言った。


 事務長が院長の言葉を引き継ぐように……


「院長は、人事課長へのはなむけとして、今年こそ悲願の優勝を勝ち取りたい……とお考えになったのです!」……と、立ち上がり、こぶしを握った!


 ……事務長このひと……私より役者向きなのでは?


 コホンッ💦 さて……


「あの……お言葉を返すようですが……」……と言って、私は小さく挙手した。


「ん? 何です?」


「はい……『スポーツ』と言っても、今回は普通のスポーツでは無く『eスポーツ』の大会ですよね? ……それで優勝したとして、人事課長さんは喜ばれるのでしょうか?」


 院長が「……それは我々も考えたのだが、致し方ないという結論に達したんだ。 なにせ、競技内容は理事長始め幹部連中が決めてるから、院長と言えど俺達には決定権が無いものでね」……と言った。


『人事課長へのハナムケ』なんて大役、とてもじゃ無いけど私なんかに務まる訳がない! これはなんとしてでも断らなくては!


 ……と、断る理由を考えていると、事務長がニヤリと笑ってこう言った。


「当然、タダとは言わない!」


 ピクッ♡


 ……まじ!? 何か貰えるの?


「この……スタンドアローン式VR機器の最高峰『オメガαアルファ』を差し上げよう!」


 要 ら ん わ っ 💢


 私 の 人 生 で 一 番 要 ら な い も の だ わ っ 💢 💢

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