第18話 ボリューム

 メガコードは一時中断された。 私のせいだ……。 


 山名先生が「臨床検査技師のはるかさんでも気付なかったか〜」とおっしゃった。


 私がアドレナリン投与の指示をしたと同時にストップがかかった。 ……と言う事は、私がくだした心停止エイシストールとの判断が間違っていたのだろうか? さらに『気付なかった』では無く『気付なかった』と仰った。 ……すなわち『臨床検査技師なら気付けてしかるべきものを私が気付く事ができなかった』と指摘されたようなものだ。


 ……患者さんに装着する電極が外れていたり、左右や上下が逆に付いていたりすると判断を間違える恐れがあるが、はっしーは完璧な状態で電極を装着してくれていた。


 ……モニターは、ほぼフラットで心室細動VFは見られなかった。 どう考えても『心停止エイシストール』以外の選択肢は無い。


 姉妹作『臨床検査技師の「はるか」です!』にも書いたが(←ちゃっかり宣伝)『電気ショック』は正確には『除細動』といって、心臓のく為の装置であり、停止した心臓を動かす為の行為では無い。


 現在ICLSで指導されている、停止してしまった心臓を再開させる手段は『血管収縮作用と強心作用を持つ強力な薬品を投与する』ことだ。 アドレナリン投与の指示は的確だったはず……


 じ、じゃあ私は一体何を間違えちゃったんだろう!?


 ……深田先輩の顔が目に浮かんだ。


『深田さん、ごめんなさい😭 私には荷が重すぎました』と、心の中で謝った。


 ……!?


  その時、ふと無くなった祖父との事が思い出された。


*******


 お祖父さんが困った顔で自分の補聴器を操作していた。 どうやら急に音が聴こえなくなってしまったらしい。


 ……ちょっと借りて、試しにボリュームボタンの『+』を長押しすると『キィーーーン!』というハウリング音が聴こえた。


「ボリュームが下がってただけみたいだよ〜」と言って渡すと、とろけるような笑顔で喜び、500円くれた。


 懐かしいなぁ……。


 はっ! ボリューム!


 ……心電図のモニターにも『ボリューム』のような『ゲイン調整』という波形の感度を上げ下げするツマミが付いている。


 ゲインを見ると……


『ゼロっ!』


『ゲインゼロ』は、平たく言えば『ボリュームゼロ』と同じ事だ。 モニター上、何も現れない、真っ直ぐな基線ラインが表示されるだけだ。


『パチパチパチ』


 ICLSディレクターの桜井先生が頷きながら拍手している。


「ちょっと意地悪かな〜? ……とも思ったけど、遥さんは臨床検査技師だから、もしかしたら気が付くかと思ったんだ。 ゲインを上げてみな!」


「はいっ」


 ……ゲインを上げると同時に、モニター上にノコギリの刃のようなギザギザの波が現れた!


心停止エイシストール』なんかじゃ無い! 『心室細動VF』だっ!


「すみません! 心室細動VFのアルゴリズムで救命処置を施します! 続行させて下さい!」


桜井先生が山名先生に「自分で解決出来たから、おまけでOKにして良いよね!」……と言ってくれた。


 山名先生は苦虫を噛み潰したような表情で腕を組んでいた。


 ……ダメなの……?


「にっ!」


↑山名先生がサイコーの笑顔でサムズアップした!


 脅かさないでよ〜〜!


「始めに桜井先生も言ってたけど、今日は皆でやらかしちゃう為に集まってもらってるんだ! 許さない訳がないでしょ!」


 よ……良かった……。


 はっしーを始め、周りの生徒さん達もホッとした表情で私を見ていた。



「よし! では遥さん、メガコード再開!」


 山名先生が笑顔で『パンッ』と手を叩いた!


 私は、力強く頷き、除細動器を操作して、天国のお祖父さんにも聴こえるような大きな声でのたまった!


「除細動しますっ! 離れて下さい! 私大丈夫! 酸素大丈夫! 周り大丈夫! 最終波形VF! 通電します!」

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