第17話 チャンピオン
……って、鈴森さんのおばか!
あの人、逃亡しちゃった! 「ちょっと……用事が……」の一言を残して……。
サークルの人たちのガッカリした顔ったら無かった。
秋山さんが、しょんぼりと「オレ……調子に乗りすぎちゃったかな……」と呟いた。
「……鈴森さん、注目されるの苦手だからね……」と、大村さんも寂しげに言った。
安西さんが「……私、一緒に来ない方が良かったですかね……」……と、半べそをかいている。
私が「いや! 関係無いですよ! 鈴森さんは職場でも、逃げも隠れもするのです!」……と必死に言ったら、安西さんが「プッ」と吹き出した。 可愛い♡
私の一言で、なぜかちょっと場が和んだので、当初の予定通り、飲み屋さんに向かう事にした。
ふ~……鈴森~、覚えてろ~(怒)
……ちょっと
「いら~っしゃい! さ、どうぞ!」……と、優しそうなおばさま(女将さん?)が席に案内してくれた。 ……7人入ったら、それだけでも満員だ。
皆さんは、思い思いのアルコール飲料……私は自転車なのでウーロン茶を注文した。
乾杯!
……と、飲み始めたが、結局は、鈴森さんの話題になってしまった。
「……鈴森さん『
秋山さんが「う~ん……。 吃音症も多少あるかも知れないけど、あれは対人恐怖……いや、対『若い女性』恐怖……じゃないかな」
「……そうか……って、鈴森さん、もう50歳近いんでしょ? 若い女性を意識する歳じゃないでしょ?」……と、大村さんが穏やかな声の割に、結構、辛辣な事を言うと……
「いや、あいつはオレの2個下だから、今年55だよ。 ……オレなんか、もう孫も居るのになあ……」と秋山さんが言った。
「……鈴森さんは職場でもあんな感じなんですか?」……もう一人の女性、古川さんが、私に聴いた。
「……そうですね。 ……ただ最近、病院では患者様……特に女性患者様には非常に気を遣っているので、鈴森さんくらい慎重な方が良いのかも知れません」
……私は女だからほぼ問題無いと思うが、病院内では特別な技能を持った男性の医療従事者が女性に施術する機会が少なくない。 患者様によっては極端にそれを恐れる
「……そうか……あれは一種の『職業病』なのかもな……」と、秋山さんが、妙に落ち着いた調子で言った。
「なんか……しんみりさせちゃってスミマセン」……と私が恐縮して言うと「遥さんのせいじゃ無いよ~!」と、皆さん気を遣って下さった。
「いら~っしゃい! 皆さんお待ちですよ!」と女将さんの声が響いた。
入口を見ると……
メ! メロス! じゃなかった、す! 鈴森さん!
メロス
「鈴森さん! 突然、どうしたんですか?」……と私が聴くと……
「これ……」……と言って、赤いリボンの付いた包みをくれた。
「……今日、お越し戴いたお礼……です」
……と、鈴森さんは、小さい声だが落ち着いたトーンで言ってくれた。
「開けて良いですか?」
「どうぞ」
包みを開けると……中には、真っ白な、何も描いてない『本』が入っていた。
これに絵を描けば、世界でたった1つの、オリジナル絵本が完成するって事だ。
「ありがとうございます!」……思いがけない
……鈴森さん! 一瞬でも疑った私を殴ってくれ!
「皆さんにも……お土産です」
鈴森さんが照れながら、手にした袋を大村さんに渡した。
袋を覗いた大村さんが、お腹を抱えて笑い出した!
え? なに? なに!?
順番に覗き込んだ全員が、滑らずに大爆笑している! R-1グランプリのチャンピオンだって、ここまでの笑いは取れないだろう!
……安西さんに至っては、笑い過ぎて息が出来ない程だ!
鈴森さん、どんな魔法を使ったの!?
……袋の中には……
お醤油と豆板醤が、これでもか! と入っていた!
こ、これこそ鈴森さんの『絵の具』!
……秋山さんも笑い泣きしながら……「鈴森さん、オレたち全員弟子にするつもりか〜」と言ったので、またまた笑いの渦が巻き起こった!
当の鈴森さんは、澄まし顔で皆を見廻している。
……その後、皆さんと楽しい時間を過ごした事は言うまでもない。
鈴森さんに、改めて……かんぱ〜い!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます