第4話 パワー

 ……翌日……


 入院患者さんの心電図エーカーゲーを記録し終わり検査室に帰ると技師長が……


「おー、はるかさん、お帰り! 急いで3階のロビーに行って〜」


「はい!」


 ……私が心電計を取りに生理検査室に戻ろうとすると技師長が……


「あ! 違う違う! 本体だけ行って〜」


「ぷっ!」


 ……『本体』って! 思わず吹き出してしまった。



 ……さて、3階ロビーではカマキリ似の本田刑事が待っていた。 私が挨拶すると……


「遥さん! 昨日、本件の窃盗の容疑者が逮捕されました」


「え〜! もう……ですか!?」


 本田さんの話によると、昨夜さくや、病院近くの交番に、高齢男性が自首して来たと言う。


 男性は、警備員さんや看護師さんのすきをついて3階のナースステーションに侵入し、私のプリンだけ盗んで帰ったそうだ。


「……どうして私のプリンだけ狙われたんでしょ?」


 ……本田さんは表情ひとつ変えず……


「……遥さんに対するストーキング行為や嫌がらせ行為では無いので、その点はご安心下さい」……と言った。


「はい……」


「……それで、今後ですが……遥さんには刑事並びに民事での裁判を起こす権利があります」


 ……プリン1つでお爺さん相手に裁判……ねぇ……。


「その裁判って、必ず起こさないといけないんですか?」


 本田さんは初めて表情を緩め……


「まあ、プリンを購入するより、はるかにお金がかかりますし、時間もかかりますから、無理に……とは言いませんが、権利は遥さんが有しています」


「……それでしたら……私は遠慮します……お金も時間も無いので……」


「判りました。 では、あとは法人への不法侵入等に関しての話を進めますね。……貴重なお時間を割いてのご協力、有難う御座いました!」……と、本田さんは、深く頭を下げてくれた。


 私も頭を下げ、検査室に戻った。


**********


 ……しばらく、この件は忘れていのだが、数カ月後の暑気払いの時、院長先生から、思いがけず、この事件の話を聞くことになった。


 この事件の犯人は、町野中央病院の患者さんでは無かったが、違う病院で余命宣告をされていたらしい。


 ……『苦しんで死にたくない』と思った犯人は、病院から毒薬を盗み、安楽に逝きたい……と願い、うちの病院に侵入し、ナースステーションの冷蔵庫をあさったそうだ。


 その時、犯人いわく『可愛らしい文字で所有権を主張している付箋紙とプリンに生き抜くパワーを感じ、思わず手にとったと言う。 その時、看護師の気配を感じ、慌てて逃走したそうだ。


 ……その夜から……犯人は鬼のような女性の霊に襲われる夢にうなされる事になった……と言う。


***********


「……ってなわけで、犯人は遥さんの生霊によって自首したそうな……」……と、院長が語り部よろしく仰った。


 


 その直後……私の目の前に、竜宮城の浦島太郎ばりのご馳走が山のように積み上げられたのは言うまでも無い。


 ……結局今回は……私が『食いしん』って事を証明しただけの事件だったとさっ! ←やけ



 因みに、その余命宣告を受けた犯人は、警察病院で治療を受け、今でも存命らしい。 ……ちょっと安心。。

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