第15話『アジャンターム』

 本番は、あっという間に終わってしまった。


 ……往々にしてイベント事は、準備したり練習したりしている間がワクワクして楽しく、当日は矢のように過ぎてしまう。



 ……区民劇の会場は、立ち見になる程、大勢のかたが来てくれた。


 ……ビデオ係の兄貴は、それを予測して早目に良い席を確保したそうで『俺の的確な判断のお陰で良い映像が記録出来たんだからな!』……と、暫くの間、恩着せがましく言われる羽目になった。(とは言え、実はプロのカメラマンが、ちゃんと数台のカメラで撮影し、カット割り編集までしてあるDVDを買ったので、素人の単調なビデオは繰り返し観られる事は無かったのだが……)


 ……こんなに観客が増えてしまったのには理由があった。


 看護師さんや事務の方々……深田先輩やみやこ先輩、そしてはっしーも観に来てくれた上に、実は私が出演する事を知った院長が、事あるごとに色々な人に宣伝してくれたのだ。 


 ロビーには病院名の入ったスタンド花が並び、楽屋にもケータリング(厨房の皆様、感謝申し上げます!)やら高級な日本酒やらが病院から届けられたので、梅郷先生が恐縮していた。


 そんな中、私は緊張よりも『カモミーユ姫』の『偉業』を伝える……という使命感から、いつにも増して『カモミーユ』と一体化していた。


 劇のクライマックス、坂井 浩一さん演じるヒール『ウェルダン公爵』とカモミーユ姫との最終決戦の時だった。


 坂井さんが、殺陣たてのお稽古の時には見せなかった大迫力の殺気を『カモミーユ』に放った途端、私は身体に電流が走ったようになり、剣を落としてしまった! ……この重要な場面でのミスはまずい。 本当なら、堂々と剣を振るい、ウェルダン公爵を圧倒しなくてはならないシーンだ!


 団員全員が息を飲み、舞台の上が凍りついた!


『ガーベラー軍曹』ことかなめさんが機転を利かせて、その剣を取ろうとしてくれたが、私は無意識に……


莫迦ばかものッ! その『王族の剣』に触れるな!』……と一喝して、悠々と剣を拾い、再び切っ先をウェルダン公爵に向けた。 不敵な笑みを浮かべながら!


 その時、会場に鳴り響いた大きな拍手……そして、観客の皆さんが『がんばれ! カモミーユ!』……と応援して下さった声は、今でも私の耳にはっきりと残っている。 ……『がんばれ! はるか』って言われるより、ずっと嬉しかった!



 区民劇『カミツレのブーケ』は、5回のアンコールののち、無事終了した。


 全てが終わり、幕が下りて、私と『アネモーニお母様』は、抱き合って大声で泣いた。

劇団の皆さん、梅郷先生ご夫妻も拍手しながら大粒の涙を流してくれた。


 ……あとから聴いた話だが、劇団員の皆さんが先生の涙を見たのは初めてだったそうだ。


 

 ……その後の打ち上げはかなめさんの留学壮行会も兼ねていたので、大いに盛り上がった。


 実は、私の送別会も行われる筈だったのだが……何故か打ち上げにも参加した院長の『俺が許す』の一言で、私の続投が決定してしまった! 院長直々の命令じゃ逆らえないや! てへっ♡


 要さんも、本気で喜んでくれたし……まあ、良いか……。


*****


 ……それから数年……


 現実は厳しいらしく、要さんはだ大きな舞台には立てていないが、次の区民劇には一時帰国して、参加してくれる事が決定した!


 私は、やっと熱病みたいな恋から抜け出せたので、今度は純粋に演技を楽しもうと思っている。


 ……次の演目は、梅郷先生入魂の作品『カミツレのブーケ』の続編……カモミーユ女王の孫にあたる、やんちゃな姫『アジャンターム』が、祖母の遺志を継いで人々を護るストーリー『ライトグリーンの朝露』!


 アジャンタームは、不肖、わたくしが演じます。 共に戦う私の祖父『ガーベラー』は、オリジナルキャストの要さん! 要さんは、初めてのけ役を、とても楽しみにしている。


 詳しいストーリーは……


 ……皆様のご想像にお任せ致します!

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