第14話『カモミーユ』

 かなめさんの声を聞いて確信した。


 私、だ要さんの事を諦めきれてない……。


「あ! お、おはようございます」……と、あたふたとお辞儀をすると、要さんはひざまずいて答礼してくれた。


 ……そのお姿が、何より辛かった。


 私が誰よりも好きな男性ひとが、私に向けて最高の儀礼を尽くしてくれている……。 その上、今日を最後に、この男性は留学して、もう会えなくなっちゃうんだ!


貴方あなたが大好きです』って伝えたい! 今、抱きついて、泣いて、甘えて『私と付き合って下さい!』って懇願すれば、まだ間に合う! 


 ……例え誰かを不幸にしても構わない! 形振なりふり構わず『私、貴方と、ずっと、ずっと一緒に居たい』って伝えたい!


 ……そんな身勝手な衝動を必死に抑え込み……


「私にとっても……最初で最後のお芝居、皆さんに楽しんで戴きましょうね!」……と言った。


「えっ? はるかさん……劇団は辞めないよね!?」……と要さんの顔から笑顔が消え、驚いたように言った。


 ……私は、首を横に振りながら……


「……緊急呼び出しとかあるから……やっぱり続けるのは無理そうです……」……と


 ……こう言えば絶対に引き留められない事を知った上での『鉄板の言い訳』をした私……。


 なんてイヤなやつ


 ……私が踏み込んだ『演劇』という世界には、最初から要さんがいた。 例え、要さんが外国に行っても、演劇を続けている限り、要さんを忘れる事は出来ないだろう。 ……それが辛いから……それだけの理由で、私は辞める事に決めた。


 要さんは「そうか……先生、がっかりするだろうな……」……と、ポツンと言ってくれた。


『本当に……ごめんなさい!』……私は心の中で、劇団あみーごの皆さんに、必死に謝罪していた。



 ……時間になり、団員さん達が集まって来た。 皆さんは自分でメイクするが、初心者の私には出来ないので『お母様』こと『アネモーニ王妃』役の戸部さんがメイクしてくれた。


「私、ずーっと要くんのメイクばかりしてたから、お姫様のメイクはやった事が無いの! 緊張するわ〜」……と言いながら、驚く程のテクニックで平凡な私の顔を『北欧の王族』に仕上げて下さった。 


 ……梅郷先生の奥様が私を見て「さすが戸部ちゃん! はるかさんの地の良さを完璧に引き出したね〜!」と感心していた。


「えへへ」……と、戸部さんが真っ赤になって照れた。 、かわいい!


 ……奥様が真剣な表情で、私の目を見ながら「私、初めて貴女あなたに会った時『この、オシロイバナみたい……って思ったの」……と言った。


「オシロイ……バナ?」


「気を悪くしたらごめんね。 ……『オシロイバナ』って、とても綺麗なお花なのに、咲くのはいつも人目を避けた夕方。 そして、他のお花が咲き誇る前に、何かに怯えるようにしぼんでしまう……そんな、おどおどしたお花……みたいな印象を受けたわ」……と言って、私の背中に手を当てて、鏡の中の私を見ながら、こう言ってくれた。


「……今の姿を、しっかりとその眼に焼き付けなさい。 ……貴女は臆病な『オシロイバナ』じゃ無い。 ……逆境に耐え抜き、観る人全てに勇気を与える『カミツレ』の名を冠した『カモミーユ』! ……それこそが、貴女の真の姿よ! このお芝居が終わってメイクを落としても、その『誇り』は持ち続けて!』


 ……そして、こう締めくくった……

 

「貴女に足りないものは『自信』!……幸運の女神を味方にしたければ『自信』を持つのよ!」


 ……奥様から戴いたこのお言葉は、今でも文字に起こして、大切に持っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る