第13話 本番の朝

 はっ! 


 ……目覚まし用のアラームが鳴る前に目が醒めた!


 今日は、いよいよ区民劇『カミツレのブーケ』の本番!


 悲喜こもごもあったけど、それも今日で終わる。 こんなに気持ちが上がったり下がったりした日々を過ごした事が今迄あっただろうか……。


 ……元はと言えば、病院で患者さんの検査の結果があまり良く無かった時に、それを顔にあらわさない為のポーカーフェイスを演じよう……との思い付きから始めた『演劇体験』だったが……。


 ……見学当日に、何故なぜか私がヒロインの『カモミーユ姫』に抜擢されたり……『かなめさん』という、とても素敵なかたと出会って、生まれて初めて、本気で『恋』をしてしまったり……と、この短い間に、一生忘れられない思い出がたくさん出来たな……なんて、ベッドのへりに座ったまま、ちょっと思い返していた。


 階段を降りると、台所では、母が既にお昼ご飯(!) の準備をしていた。 ……私は多分『打ち上げ』になって、夕方から夜の帰宅になるだろうけど、父や兄貴は私の劇を観た後に家でお昼ごはんを食べるだろうから、その準備をしてくれているんだ。


「おはよう! ……軽く何か食べて行くでしょ?」……と、母がお得意の『たまごサンド』を目の前に並べてくれた。


 ……何を隠そう、私は母のたまごサンドを『最後の晩餐』にリクエストしたいくらいに大好きなんだ。


 ……そのたまごサンドを夢中で頬張っていると、起きてきたばかりの兄貴が……


「おはよ。 お前、本当にたまごサンド好きな」……と眠い目をこすりながら言った。 そう言う兄貴も(因みに父も)母のたまごサンドの大ファンだ。


 兄貴に「……席、いっぱいで座れなくなるって事、あり得る?」……と聴かれた。 ビデオ係を引き受けてくれたので、場所取りの心配をしてくれているんだろう。


「無い無い! そんなに来ないよ〜。 素人の劇だよ! しかも、ヒロインは私だよ!」と言って笑ってみせた。


「そうだよな! あははは」


 ……自分で言うのは良いが、人に言われると無性に腹が立つの……なんでだろ~♪


 ……さて、お腹いっぱい! 色々準備もあるから、早めに自転車で会場に向かった。


 今まで書かなかったが、実は街のあちこちに『カミツレのブーケ』を宣伝するポスターが貼ってある。 ……その中心で、遠くに眼差しを送り、凛々しく微笑んでいるお姫様こそ、何を隠そう……私だ! ←しつこい 


 ……ご丁寧ていねいに『カモミーユ:遥 真優』まで書いてある。


 

 数週間前、劇団の方達かたたち全員で写真館に行き、ポスターの写真撮りをした。


 私はこの時、初めてカモミーユ姫の服を着た。 そして『ティアラ』をかぶったり外したり、剣を持ったり持たなかったり、笑ったり怒ったり……と、結構な長い時間をかけて撮影を行った。


 ……出来上がったポスターを見た時は、息が止まる程だった。


 ……これは……私じゃない! 私だけど私じゃ無い……と思った。 それくらい、カモミーユ姫は尊い、神々しい御姿だった。(修整技術の賜物たまもの……と言われればそれまでですが……)


 いつもの私なら、恥ずかしさで目を伏せてしまっていただろうが、今回は違った。 たくさんの人達に『カモミーユ』という『偉人』を知って欲しかったからだ。 許されるなら、街頭演説したかったくらいだ! 


 ……そのポスターも、今日ではがされる。 そう思ったらちょっぴり寂しくなり、人目を盗んでポスターをバックに自撮りした。



 そんなこんなで会場に着いたが、大分だいぶ時間があるので、もう見られないであろう舞台裏などの写真を撮っていると……


「姫! ご機嫌きげんうるわしゅう!」……と、良い発声が耳を打った。


 胸が……高鳴る!


 かなめさんだ!

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