第5話『芸術』

 ……「あれ?……あまり受けなかったなあ」……とかなめさんが照れくさそうに言った。


「い、いえ! 受ける受けないの問題では無く……これが!? あれに!?」


 ……! 私とした事が、驚きのあまり途轍とてつも無く失礼な事を臆面おくめんもなく大声で口にしてしまった!


 要さんが「いやん! 失礼しちゃうわっ!」……と、言って、プイっと横を向いた。


 何? この人!? か、完全に……『女性』だ! ……少なくとも、私の親友『はっしー』や、深田先輩と比較にならない程の『女性』だあ!


 ……と、このやり取りを見ていた、いつの間にか戻って来ていた梅田先生を始め、劇団の皆さんが「はるかさん、最高! 面白い!」……と言って大笑いした。


 私は要さんに手を合わせて謝罪した! ……すると、すかさず要さんはの『男性』に戻って「こっちこそ冗談冗談! 怒ってないよ!」……と言いながら、私に手を合わせて謝って来た。


 梅田先生の奥様が、泣くほど笑いながら「この二人、夫婦めおと漫才やってる〜」……と言ったので、またまた皆が爆笑した。


 本当に、恥ずかしいったらありゃしない!

 

 ……笑いが落ち着いた頃合ころあいで梅田先生が「はるかさん、これが、日本が誇る伝統芸能『歌舞伎』の真骨頂だ。 ……こいつ、どこをどう見ても『男』だろ? しかし、計算し尽くされた、非常に細やかな『しな』や眼の動き、それと台詞セリフまわしだけで『女性』のようにせる……。 これこそ、まさにげいじゅつ……だよ」……と、真顔でおっしゃった。


 この言葉は、私の心に響いた。


 患者さんが私の表情から『検査結果』を読み取ろうとするのであれば、私は『表情』では無く『全身の動き』で『心配しないで下さい』という『演技』をすれば良いのかも……と、一つの答えが見付かった気がした。


 ……続けて要さんが「……ただね、俺たち『役者』は、一つの固定した役だけを演じたくは無いんだ。 うちの劇団は、ちょうど遥さんくらいの女性が居ないから、仕方なく俺がいつもおんなかたをやってたんだけど、やっぱり頼もしい男役をやりたかったんだよな……」と言った。


 ……更に坂井さんが「……でも結局、秀逸がヒロイン、おれがその恋人をやって……おれが演りたかった悪役を、本当は『かた』を演りたかった椎名さん(未登場)がやって……と順繰りに、自分がりたかった役からズレたキャスティングになっていた……」と打ち明けた。


 ……梅田先生が「そんな状態でも、団員たちは、お客様に楽しんで戴きたい……との一心で、精一杯頑張ってくれていたんだ」と言った後、私の両肩に手を当てて……


「そんな時に貴女あなたが来てくれた! まさに『卒啄そったく同時どうじ』! ……でも、勘違いしないで欲しい。 貴女を『カモミーユ姫』に抜擢したのは『丁度良い年頃の女性が入ったから、この娘にヒロインを演らしちゃえ!』……みたいな、単純な理由じゃ無いぞ!」……と言ってくれた。


 先生、顔……近いっす。


 ……梅田先生が仰るには、私には


①世間擦れしていない純粋さがあり、(要さんが演じるカモミーユ姫)のような『あざとさ』が無い。


②与えられた役を誠実に演じてくれるであろう『真面目さ』がにじみ出ている。


③恐らく、天性であろう、姿勢の良さと発声の良さがある。


④気品のある顔立ちをしている(私が言った訳ではありませんよ💦)


⑤護って上げたくなる身長の低さと、絶妙な『幼さ』がある。


……と、箇条書きっぽく、私の選考理由を教えて下さった。


 さて、私もバカでは無いので、先生がおだててくれているだけかどうかを見抜くくらいは出来る。 ……先生は、間違い無くこんな風に私を評価してくれている!


 その上、私が入団はいる事で『ボタンのかけ違い』みたいなキャスティングのズレが直るのであれば、言う事なしだ。 私は改めて、この大抜擢をお受けする旨をお伝えした。


 ……遅れてお見えになった他の団員さん達も含めて、暖かい拍手を戴き、感動で頬に涙が伝い落ちた。

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