第4話 露呈

 翌週……私は『カモミーユ姫』の役を断る決意を胸に稽古場に向かった。


 午後7時からの予定だが、まだ数人しか集まっていない。


「失礼します」……と挨拶をすると、若い男性と、やや年上の男女が振り向き……「おはようございま〜す」と、にこやかに挨拶してくれた。


「お、おはようございます」……と、私もペコリと頭を下げた。


 若い男性が親しげに近付ちかづいて来て……「『はるか』さん……でしたよね! 本当に丁度ちょうど良い時に入ってくれました!」……と言って、両手で握手してくれた。


「そうだな、これで全て上手くいく!」


「そうね〜! 浩一さん『ウェルダン』……死ぬ程やりたがってたもんね」と、女性が拍手しながら近付いて来た。


「いや、マジで浩一さんの『ウェルダン』愛と、俺の『ガーベラー』愛は強かったからね〜」と、若い男性が言った。 そして、私の方を向いて……


「紹介しますね。 こちらの女性は『戸部 さき』さん。 『アネモーニ王妃』役だから、貴女あなたの『お母さん』だね。 こちらの男性は『坂井 浩一』さん。 悪の権化『ウェルダン公爵』だ」


 ……続いて坂井さんに入れ代わり、若い男性を紹介してくれた……


「この男こそ! 君の忠実なる下僕しもべでもあり、お互いに秘めた恋の相手でもある『ガーベラー軍曹』こと『かなめ 秀逸しゅういつ』君!」


 ……と言うと、要さんがオーバーに軍隊式の挨拶をした。


 ……本当に楽しそうだな。


 ……! まずい! また流されちゃう! ……私は、手遅れになる前にカミングアウトする事にした。


「あの……私、実はこの前、台本を読ませて頂いて、感動しちゃったんです! ……こんなに素晴らしいお話……。 それなのに、その主役の『カモミーユ姫』を素人の私が演じる……なんて、もう、おそれ多くて……絶対に無理だと思いました」


 ……突然の私の告白を、皆さん黙って聴いている。


「それに……この前、お姫様を演じていらしたかた……あの方こそ、本当の『カモミーユ姫』だと思います! ……今日は、あの方にやくをお返ししたくて、お邪魔したんです……」……と言って、最敬礼した。


 ……一瞬の間があって……


「あはははははははは!」


 お三方が、揃いも揃ってお腹を抱えて笑い出した!


 要さんが「ご、ごめん! お、驚くよね! こら! みんな、失礼だよ!」……と、真顔になった。


「じゃあ、その件は、後で梅田先生に直接言ってくれる? きっと喜ぶよ」


「……喜ぶ?」……私はびっくりして聴き返した。


「『感動』して『素晴らしい』『畏れ多い』とまで伝えられたら、作者の梅田先生、泣いて喜ぶよ!」


 え〜っ! あの、抒情的な、はかなくも美しく、そして壮大な『感動巨編』を、あの先生が書いたの!?←失礼


 ……それにしても……さっき、この人達は何であんなに大笑いしたんだろう……。



「おはよう!」

「おはようございま〜す」……と声がした。


 あ、と奥様がお見えだ!


「あれ、今日は少ないね……」と、先生が言った。


 ……そう言えば……この前の『カモミーユ姫』も来ていない……。 私が役を奪った形になったから怒っちゃったのかな……。


 戸部さんが「電車、信号機トラブルですって……それで遅れてるのね〜」……とスマホを見ながら言った。


 要さんが「はるかさん、先生に、さっきの件を言ってみたら?」……と言ってくれた。


 私はうなずいて、先生に先程の言葉を伝えた。


 横で聴いていた奥様が……「せんせ〜! 良かったね〜!」とはち切れんばかりの笑顔で言い、先生も、嬉しそうに何度も何度もうなずいた。 そして……


まさに、まさに『天佑神助』! ……天が〜我に〜遣わされた〜〜『カモミーユ』それが……貴女き〜み〜だ〜〜」(先生ソロパート)


「そおね〜〜! 奇跡ね〜〜!」(奥様ソロパート)


「あ・り・が・と・う〜〜〜!」(『カモミーユ姫』以外全員でハモり)


 拍手〜〜!


 ……って、なに? なに? ミュージカル!?


「ま、待っ下さい! 私には、とてもつとまらないです! 今日は『カモミーユ姫』を、この前のかたにお返しする為に来たんです!」


 ……と、私は必死に訴えた。 すると、途端とたんに、先生や他の団員さん達の表情が曇り始めた。


 先生は「あいつの事は忘れなさい」……と一言ひとこと言って、タバコを吸いに出て行ってしまった。


 要さんが「そうそう! もうの事は忘れて、練習しよ」


 ……百歩譲って、私がお受けしたとしても、奥様も、先生も……要さんたちも……何で、あのかたを『ダメ』とか『忘れて』……とか言うんだろう……。


 ……私は急に悲しくなり、こらえていた涙をポロポロこぼしてしまった。


「は、はるかさん! どうした!? そんなに『カモミーユ姫』をりたくないの?」と、要さんが驚きの声を上げた。


「い……いえ、そうじゃ無くて……あんなに素晴らしい演技をするかたを、皆さんが『忘れて』っておっしゃるので、悲しくなっちゃって……」……と、やっとの思いで口にした。


 奥様が皆に……「……遥さん、この前も家に電話してくれて、そんな風に言ってたのよ」


 要さんが……「そうか……そこまで言って貰えるのは、役者としては嬉しいけど……やっぱり今回は『ガーベラー軍曹』をりたいんだよな~」……と言った。


 続けて坂井さんが「おれ、いつも秀逸の恋人役で『善人』ばかりだから、たまには、すんげぇ悪役を演りたかったんだよな〜」……とポツリと言った。


 ……


 …………!?


 い、今、なんて言った!?


 ……役者としては嬉しい?


 ……要さんと坂井さんが『恋人』!?


 じ、じゃあ……この前『カモミーユ姫』を演じてたのは!?


 ……『そうす、わだしが、変な『カモミーユ』す』……と、要さんが、おどけて言った!


えええええええええええええええええ~~~~~~~~~~~! ←最近、これ多い!(内輪話)

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