第3話 耳鳴り

 はっしーが変なこと言うから気になって、急いで家に帰って、私が出演予定の区民劇『カミツレのブーケ』……の台本を読んだ。


 ……


 ……


 ……い、良〜いお話ぃ〜……(泣)


  な、な、涙と鼻水が……止まらない!


 ……キスシーンどころでは無い! こんなに切なく素晴らしい物語……しかも、この主役の『カモミーユ姫』を私が!? 


 無理……私には無理!


 ことわろう! だんじてことわる! ……断らなくては! 『カモミーユ姫』の為にも!


 ……急いで、梅田先生のお宅に電話をすると、すぐに奥様が出た。


「あのー、先日、劇を見学させて戴いた『はるか 真優まゆ』と申します」


『あ! カモミーユひめぇ!? 先日は有難う御座いましたぁ!』……陽気な声だ……。


「そのぉ……カモミーユ姫の事でぇ……


 ……と言ったが、それを掻き消す、例の良い発声で……


『……あれから、主人が上機嫌! 酔っ払って、泣いて喜んでんのよ! おほほほほほ!』


「……」 ……この私が……こんな上機嫌な人に『断る』って言える訳が無い……


 ……そうだ!


 私は、この前の舞台稽古の風景で、ある事を思い出した!


「あの……この前のお稽古で、凄い綺麗なかたが『カモミーユ姫』を演じてましたよね? あの方に申し訳無くて……」


 そうなのだ。 この前の見学は途中からだったし、今、すべてのストーリーを把握した上で思い返してみると、……可愛らしさや、憂いを帯びた表情、そして、神々しいまでの勇ましさ! あれ程、かんぺきな『カモミーユ姫』は、他に存在しない! 


奥様は……『あ〜! あれは気にしないで! あの子はダメダメ!』


「そんな……」


『良いから、気にしないで! 貴女は『カモミーユ姫』を演じる為に産まれてきたのよ! 安心して! じゃあね!』


『プツッ』


『キィーーーン』……と、耳鳴りがする……。

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