第7話 メモ帳

「ぎゃああ〜〜っ!」 


 ……検査室前で、突然大きな泣き声がした!


 な、なんだあ?


 深田先輩が慌てて検査室から出て、私も後から続く。


 ……若いお母さんが……


「ママ、これから検査だから大人しく座って待ってて!」


 ……と言うが、3〜4歳の娘さんは……


「いやだぁ〜〜、ママといくぅ〜」……と、大泣きしている。


 技師長が、こんな時の為に……と用意していた伝家の宝刀『The Anpanmanアン〇ンマン』のぬいぐるみを持って出てきて、娘さんの前で身をかがめ……「お名前教えて〜」……と、ニコやかに話しかけた


「……先生に『さな』です……って教えてあげて」


 ……と、お母さんも必死だが、お母さんから離れようとしない。


深田先輩も「……超音波エコー検査ですから、ちょっと時間がかかるんですよね……」……と、困り顔をしている。


 私が「……折り紙、折ってあげても良いですか?」


 ……と技師長に聴くと……


「おお、頼む!」と言って、娘さんに「このお姉さんが、折り紙してくれるって!」


 と、言ってくれたが、お母さんから、まだ離れない。



 私はポケットからメモ帳を出し、一枚切って、手早く得意の『カエル』を作って、椅子の上に置いた。 ……お尻の部分を指で弾くと、ピョン……と跳ねる。


 娘さんがこちらに興味を持った!


 ……私が、カエルの弾き方を娘さんに教えているに、お母さんをエコー室に連れて行った。


 「カエルさん、お目々が無いから……さなちゃん、書いてあげて!」


 ……と言って、ちょうど持っていた、新品の油性ペンを娘さんに渡すと、夢中でカエルの目や、口を描き込んでいる。


 私も、もう一匹カエルを作って


「今度は競争しよう」……と言って、レースを始めた。


 ……娘さんも夢中で、キャッキャ、キャッキャ笑いながら、カエルを弾いている!



 ……そんな事をしているうちに、お母さんの超音波エコー検査が終わって戻って来た。

 

 さなちゃんは、お母さんに「あのおねえさんがちゅくってくれたの!」……と言っている。


「ありがとうございました。 助かりました……」……と、お母さんは恐縮している。


「いえいえ、ただのメモ帳ですから……」と、却って私のほうが恐縮してしまった。


 技師長が「はるかさんは、道を誤ったんじゃないか?」と、真顔で仰った。 深田先輩も「笑い声が聞こえたから、びっくりしたよ」……と、驚いている。



 ……フロア図を間違えて覚えたり、院長先生の前で恥ずかしい思いをしたり、初仕事が『水虫(+)』の伝票提出だったり……と、初日から色々あったが、最後には名誉挽回出来たようで、嬉しかった。

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