第11話
友達とは、なんなのだろうか。自分の味方は、どこにいるのだろうか。そんなことを考えていたせいか。
地球に戻ってきた望美は、気がついたときには、児童公園のベンチに座っていた。遊んでいる子供は一人もおらず、望美一人しかいなかった。
自分は、本当に、一人きりなのではないか。俯く望美の視界には、持ち物の鞄が入っていた。この鞄の中身を渡す相手も、もういなくなってしまった。
「望美?」
聞き覚えのある声に、顔を上げた。見ると、仕事帰りの母が公園に入ってくるところだった。望美に近づいた母は、突然驚いたように歩みを止めた。
「ど、どうしたの? なんで、泣いてるの?」
泣いてる、とおうむ返ししながら、望美は自分の頬に触れた。その頬は、水滴で濡れていた。水滴は、両目から絶えず流れ出ていた。
母が、隣に腰掛けてきた。そして、何を言うでもなく、望美の頭を、そっと撫でてきた。その瞬間、望美は口を開いていた。
「友達が」
「友達?」
「友達が、いて。でも、その子。……私の持っていたものが目当てで、私と友達になって。私は」
利用されていたんだ。
口に出した途端、あらゆる感情が激流の如く押し寄せてきた。次の瞬間、望美は声を上げて泣いていた。涙を抑えようとも、声を抑えようとも、何も考えつかなかった。
母が、望美を抱きしめてきた。だから尚更、涙が止まらなくなった。わあわあと、子供のように泣き続けた。
「大切、だったのに……! 隠されてて……! 嘘吐かれてて……! 私、どうして何も言ってくれなかったんだろうって、そう思って……!」
一番悲しかったのは、今までルノアが何も言ってくれなかったことだ。あんな大切なことを、どうして黙っていたのか。言ってくれれば、何か力になれたかもしれないのに。
自分にできることなんて高が知れているかもしれないが、それでも、何も相談されないというのは、信用されていなかった気がして、苦しかった。
「出会えて良かったって、言ってくれたのに……! 流れ星に、望美が幸せになりますようにって、言ってくれてたのに……! 学校のことだって、話を聞いてくれて!」
「が、学校? 学校がどうしたの?」
その瞬間我に返った。母から体を離して顔を見上げると、向こうは目を丸くしていた。
しまったと思ったが、既に時は遅かった。再度「どういうこと?」と聞かれたため、望美は観念して、真実を打ち明けることを決めた。
少し前に、友達ができたこと。その友達に、学校の悩みを打ち明けていたこと。前の学校で嫌がらせを受けていたこと。転校先でも怖くて、学校に行く勇気がどうしても湧かなかったこと。
それらを話しながら、ふと、前の学校での出来事も、今の学校に対する恐れも、自分の中で妙に存在感が薄くなっていることに気づいた。
もしかすると今だけなのかもしれない。しかし、前の学校で友達だと思っていた相手からいじめられたことも、今の学校で新しい友達ができるかどうかも、ルノアのショックと比べたら、取るに足らないことになっていた。
なので、幾ばくか冷静に話を進めることができた。むしろ動揺を露わにしたのは、母のほうだった。
話を聞き終わった後、母は呆然として、「そんなことが……」と言ったきり、黙り込んだ。膝の上で握りしめられた母の拳が、震えていた。
「でも、その友達と会っていたから……。だから毎日、楽しかったんだ」
「……それで、部屋にいない日があったのね」
ふー、と、母は長く息を吐き出した。それから望美の目を、真っ直ぐに見る。
「学校のことは、近いうちに必ず話し合いましょう。でも今は、望美がそれどころじゃないように見えるから、後ででいい」
言葉の一つ一つが、望美に降り注ぐ。公園に吹く風は涼しいのに、望美の心は、温かさを感じていた。
「今の望美の悩みは、そのお友達とのことなんだよね。お母さん、思ったことがあるんだけど……。その子は本当に、望美を利用したかったのかな」
え、と望美は瞬きを繰り返した。母の真剣な表情は、どう見ても、その場しのぎのための、気休めから言った台詞には感じられなかった。
「一緒にいて、そんなに楽しい子が。その子と過ごして、望美の心を軽くさせることができる子が。望美が幸せになりますようにって願える子が。……お母さんでもわからなかった学校でのことがわかった子が。望美を、ただ利用することしか考えてなかっただなんて、どうしても思えないんだ。もちろん、物凄く嘘を吐くのが上手い子だったら、わからないかもしれないけどね。その辺り、どうなのかな?」
「……嘘を吐くのは、上手くないと思う」
今まで出会ったルノアの姿を思い返せば、その結論はすぐに出た。彼が、そんなに嘘を吐くことが上手な人間には、とても見えない。そう、確信できる。
そんな彼が、できるのだろうか。ただ利用するための友達を作るために、望美を慰めたり、幸せを願ったり、望美を受け入れてくれたり、できるのだろうか。
だが、ルノアが故郷を復興させるために、新しい体を探して計画を立てていたのも、紛れもない事実なのだ。
俯いた望美に、何かを察したように、母は優しく続けてきた。
「ねえ、望美。もう一度、話し合ってみたらどうかな」
「話し合う?」
「もしかしたら何か、誤解をしているのかもしれない。新しい何かがわかるかもしれない。それで、もし本当に利用されていたのだとしても、ちゃんと向き合ったんだから、少なくとも望美の心に、後悔は残らないはずだよ。それに、本当の友達ってね、喧嘩しても後でちゃんと仲直りできるものなの。仲直りした後、今までよりももっと仲良くなれているの。だから、話し合ってみたらどうかな」
心、と望美は自分の心臓の辺りに手を当てた。やや大きな心音が伝わってくる。
母の温かい手が、望美の背中を撫でた。
「言いたくないことは無理して言わなくていい。でも、言いたいけど我慢していることがあったら、ちゃんと言ってほしい。お母さんは、どんなときでも、望美の味方だからね。望美の幸せを、お母さんもお父さんも、一番に願っているんだから」
一つ瞬きしたとき、つう、と目から零れた雫が、望美の頬を静かに伝った。
先程のような決壊するような泣き方ではない。だが、ぽろぽろと、次から告げに雫が垂れてきて、止まらない。両手で顔を押さえて、望美は言った。
「お母さん。ありがとう」
「頑張ってね。大丈夫。望美は、一人じゃないよ」
背を撫でられながら、望美はこくりと小さく、しかし深く、頷いた。
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