第6話
今住んでいる家に引っ越してくる前に住んでいた場所は、かなり大きな街だった。夜でも明るくて、今の町ほど星が見えない。そこにある学校で、望美は、自分が星を好きであることを隠しながら生きていた。
望美のいたクラスには、いわゆるリーダー格と呼ばれる女子生徒がいた。学級委員長をしている子で、明るくてお洒落で面白くて、多くの友達もおり、先生からも可愛がられていた。
そんな子が嫌っていたのが、クラスにいる、星や宇宙が好きな子だった。
望美よりも物静かだったその子は、いつも教室の隅で、本を読んで過ごしていた。友達と呼べるような友達がいた印象も無かった。その子はクラス中から無視されていた。リーダー格の女子生徒が決めた遊びだった。
その遊びは徐々にエスカレートしていった。大人しいその子の上履きや体操着を隠したり、給食を床に捨てたり、水をかけたり。夏休みが終わった新学期、その子は学校に来なくなっていた。
望美としては、その子と仲良くなってみたかった。だがもし話をしたり、助けには行ったりすれば、自分が標的に変わることは明らかだった。だから見て見ぬ振りをしていた。リーダー格の子に嫌われないように、細心の注意を払って過ごした。
望美は幼い頃から引っ込み思案で、自分でも地味だと自覚している程には大人しい性格だったため、友達と呼べるような友達がなかなかできなかった。幼稚園でも小学校でも孤独な時間を過ごしていたため、中学校からは絶対に、友達を作ろうと心に誓っていた。
努力の甲斐あって、望美は標的にならずにすんでいたどころか、委員長の友達になれていた。
本当は取り巻きどころか使いっ走りと呼ばれるような間柄だったが、望美は友達だと思い込んでいた。その認識が違っていたと知るのは、去年の、ちょうど今ぐらいの時期だ。
獅子座流星群の極大日に、望美は家族で山に遊びに行った。その夜、流星群を見て、言葉を失った。あの日も、たくさんの流星群が見えた。空を駆け抜けていく光は一瞬だけしか見えないのに、それらは望美の心を強烈に掴んで離さなかった。
今まで、写真や動画で流星群を見たことはあっても、実際に見たことはなかった。気がついたら、望美は、雨が降るように流れる流星群を見ながら、泣いていた。
学校へ行った日、望美は友達だと思っていた皆に、流星群を見たことと、流星群がどれだけ素晴らしかったかを語った。
星や宇宙の凄さや、自分がいかにそれらが好きかについても、語ってしまった。ただ、流星群について、宇宙について、共感し合いたかった。わかってもらいたかったのだ。わかってもらえると思ったのだ。
だが、ふと我に返ったとき、周りにいる皆の反応は、まるで氷のように冷めていた。
「気持ち悪い」
誰かが冷たく言った。
それから望美は、夏休み後に学校に来なくなったクラスメートと、同じような一途を辿った。無視から始まった嫌がらせはどんどん酷くなっていき、しかもそれは毎日続いた。
たまたま父が転勤になり、春から転校になったことを知ったときは、心の底から安堵した。逆に言うなら、もし父が転勤にならなかったら、自分はどうなっていたのだろうか。
引っ越し先は自然の多い町で、星も都会より身近な存在だと知ったから、ほっとした。この町でなら、自分の存在も受け入れられるだろうと信じようとした。だが、結局学校を変えたところで、何も変わらなかった。
転校初日、望美は勇気を出して、好きなものは星だと言った。ところがクラスの反応は、静まりかえったものだった。しいんとしていて、誰も何も言わなかった。望美を見る生徒達の目が、「気持ち悪い」と言っているように感じた。
その翌朝、望美はお腹がひどく痛くなっていることに気づき、学校を休んだ。
それから今まで、一度も登校できずにいるのだ。
以上の話をルノアにし終わっても、彼は無言だった。小さく息を飲んだきり、一言も言葉を発さない。
直後。突然ルノアはベンチから立ち上がった。地球を見据えて、強く両手を組む。
「ノゾミが幸せになりますように、ノゾミが幸せになりますように、ノゾミが幸せになりますように!」
早口で捲し立てられた台詞に、望美は耳を疑った。「ルノア?!」と驚いて名前を呼ぶと、彼は振り返り、微笑んだ。とても穏やかで、温かい笑みだった。
「流れ星が消える前に願い事を三回言うと、願いが叶うんだったよね? 間に合ったよね、今の願い事。というか、間に合っていてくれないと困るなあ」
「どういう、こと?」
「君には、とても感謝しているから。だって、ノゾミが星を好きだったおかげで、僕はノゾミと出会えたんだからさ。君が、星を好きでよかった。ノゾミは、気持ち悪くなんてないよ。絶対に」
ルノアは笑った。純粋で、優しくて、月明かりのように穏やかに。
「……嫌だよね。好きなものについて話しちゃいけないとか、学校に行かなきゃいけないとか。やらなければいけないことって、苦しいよね」
その瞬間だった。望美の体の内側が、得体の知れない感覚に満ちていった。心の奥底から何かが、勢いよくせり上がってくるような。
未知の感覚なのに、不思議と怖くなかった。むしろどんどん、穏やかで、落ち着いた気持ちになっていった。とても温かな心地だった。涙が零れそうなほどだった。
望美は立ち上がり、ルノアの隣に並んだ。胸の前で、手を組む。
「ルノアが幸せになりますように、ルノアが幸せになりますように、ルノアが幸せになりますように!」
見えた流れ星は、ちょうど消えたばかりだった。間に合ったのだろうか。だが、こうしている瞬間にも次の流れ星は流れているのだから、大丈夫だろう。隣を見ると、ルノアがヘルメットの向こう側で、ぽかんと口を開けていた。
「……それが君の願い事なのかい? 自分の願いは?」
「それは、ルノアが代わりに言ってくれたから」
ルノアは、あ、と口の辺りを押さえた。そういえばそうだった、と呟いたルノアは、どこか恥ずかしそうな、照れているような、何とも言えない笑い方をしていた。
「それにほら、あんなにたくさん流れているから。ルノアだって、まだ願い事をしていいんだよ?」
「うん……。でも、色々と願い事はあるけど、それは自分の手で叶えなきゃいけないものだからなあ」
妙に現実的なことを言い出したものだから、つい望美は面食らった。というのも、故郷の星での考え方なのだという。
「僕の故郷の星って、科学が凄く発達しているから。ああいうことしたいとか、こんなことができたらいいなとか、そういう願いは、大体科学で解決できるんだ。だから、願いは自分の力で叶えるものだっていう考えが根付いているんだよ」
「へえ、なんだか格好いい……!」
「あ、でも、そういえば自分の力ではどうしようもない願い事が一つあったけど、でもそれも、幸運にも自力で叶えられたな」
「えっ、何それ?」
「宇宙人の友達を作ること。こればかりは、科学の力ではどうしようもできないからさ。とっても時間がかかりそうな願い事だなって思ってたけど、今年の誕生日が来る前に叶えられたから、もうびっくりしているよ」
びっくりしている、と言うと同時に、おどけたように目をまん丸くしたルノアに、望美は口元を手で押さえて笑った。
その流れで、「誕生日っていつなの?」と聞いた。深く考えた質問ではない。軽い気持ちで答えただけだ。
「えーっとね、地球時間だと……」
言われた日付に、その軽い気持ちは吹き飛んだ。なんとその日は、三日後だったのだ。
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