エピローグ

第45話 ミレニアの聖女認定式

 伝言を受けて一ヶ月後、私の聖女認定式がやってきた。

 場所はユーストリアの王城の大ホール。


 大ホールの上段の中央には、聖女の認定をするために、ユーストリアとダルケンの両国の教皇猊下が並んで立っている。


 そして、片方にはユーストリア国王であるお父様が着席している。お父様の背後にフィレスが立っていた。

 反対側には、ダルケンの国王陛下とカインいた。

 上段のすぐ下には、両国の聖騎士や枢機卿たちがずらりと並ぶ。


 ちなみに、この大陸では、国教の長を国王、そして教会のトップを教皇と定めている。そして次の位に、数名の枢機卿を置いているのだ。彼らは、大都市などにある主要な教会の責任者を務めていることが多い。


 奥で待っている教皇猊下たちのもとへ続く、赤く長い絨毯が敷かれている。お兄様がエスコート役をしてくれる段取りで、軽く肘を折り曲げたお兄様の左腕に、自分の右手をかけている。そして、赤い絨毯の入り口側で立っていた。


 お兄様はこの国の男子の正装を着ている。

 私は、「神に祝福されし聖人」を意味する純白、その色の清楚なデザインのドレスを着ている。金の髪はマリアにアップスタイルに纏めてもらっていた。彼女はドレスと揃いにと、纏めた髪を真珠の玉のついたピンで飾ってくれた。


 やがて、静かなホール内に、チェンバロの音が響きだす。金属の弦から生まれる繊細な音が空気を震わせ、ホール内に響きわたる。

 それに合わせて、教会に所属する少年少女たちが、神を讃える歌を歌い出す。

 それを合図として、私とお兄様は、歩調を揃えて赤い絨毯の上を歩き出した。


 赤い絨毯の脇には、ユーストリアを中心とした貴族と彼らの夫人たちが並ぶ。

 彼らの間を、私たちはゆっくりと歩いていく。


 ようやく教皇猊下たちの前まで到着すると、お兄様が腕をほどき、私を中央に残して傍に移動した。

 チェンバロの演奏と子供たちの歌声が止んだ。


 私は、教皇猊下たちを前に、立位で首を下げる。

 私の前に、ユーストリアで苦難をともにした教皇猊下が、私の正面に立つ。


「ユーストリアのミレニア王女。神の名のもとに、ユーストリアの聖女として認定する」

 彼は、サイドチェアから教会のシンボルの意匠を施した金のメダルを、私の首にかけた。

 私はそれを受けて、さらに深く一礼する。


 次に、入れ替わるようにして、ダルケン王国の教皇猊下が私の正面にやってくる。


「ミレニア王女。あなたはユーストリアの王女の身でありながら、隣国であるダルケンの民を救ってくださった。その功績を讃え、神の名において、ダルケンの聖女に認定する」


 彼は、少し屈んで私の目の前に、金でできた繊細な細工のバクルスを手渡してきた。

 私はそれを推し頂く。


 私は顔を上げ、首にメダルを胸にバクルスを抱いて、見守る人々の方へと振り返った。

 それをきっかけにして、ホール中が歓声で沸く。


「聖女ミレニア!」

「ユーストリアとダルケンの聖女だ!」


 私は、人々の祝福の声に、心からの喜びを感じた。


 ……愛されている。


 止まない歓声に、私の心が感動で震える。


「死んでしまえ」「殺してしまえ」と。

 そう罵られて断罪され続けた私が、今、二つの国の人々から愛され、祝福されている。


 悲劇的な運命を脱した達成感かと問われれば、それは違う。

 ただ、純粋に、人々に愛されている。

 その事実が、その心が嬉しかったのだ。


 ◆


 認定式の次は、祝宴の準備が整えられている隣のホールでの祝賀会だった。

 次々と私のもとに祝福の言葉を伝えに訪れる貴族たちの相手が続く。


 私は表向きはカインとの婚約話を進めていることになっている。けれど、そこをあえてなのか、意に解さずなのだろうか、息子を連れて挨拶に来て紹介をしたりする上位貴族までいて、私は流石にそれには閉口してしまった。


 やがて祝福に訪れる貴族たちから逃れ、私は人目から逃れるようにテラスに出た。


 ……流石に、疲れた。


 私は外の空気が吸いたくて、大きく深呼吸をした。

 それから、私は夜空を見上げる。

 城のあかりが強いからだろうか。

 空を覆う夜の帷は薄闇色で、月は煌々と空に輝いているものの、星々は明るいものたちしか見えなかった。


 私はテラスの柵に両方の肘を載せて、手で頬を支える。

 そして、思案に耽った。


 群がる子息連れの貴族のおかげで、を決めずにおいてしまっていることに気がついたのだ。


 ……そう。誰かを伴侶に選ばなければならない。


 私は、誰とともに生きたいのだろう。

 ふと、瞳を閉じてみれば、心の中に浮かぶのではないか。

 そう思った。


 私は瞼を閉じた。

 漆黒の闇が、私を支配した。

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