第44話 ミレニアの選択肢
私は、この先ともに生きていく相手を、ただ一人、選ばなければならないらしい。
まだ床にしゃがみ込んだままの私を、マリアが手を貸してくれて、立ち上がらせてくれる。そして、彼女の支えられながらソファに腰を下ろした。
「ねえ、マリア」
「はい、姫様」
マリアは、私とフィレモンの間に何があったのかは聞かないでくれた。
「お隣、失礼しますね」
「ええ」
彼女は私の隣に腰を下ろして、私の背を優しく撫でてくれる。
そのために、隣に座りたかったらしい。
……私を取り巻く世界は、とても温かだわ。
そばで優しく仕えてくれるマリアがいる。
国に関係なく大陸に住まう人々は私を敬愛してくれる。
両国の教会も、今回の功績をもって、私を正式に聖女認定しようと動いている。
そして、誰にも顧みられなかった私に、四人の男性が愛を告げてくれている。
「ねえ、マリア」
「はい」
「私はもう十三歳ね。そして、ダルケンとの婚約話もなあなあになっているわ」
「……そうですね。お年頃としては、そろそろお相手を定めても良い頃合いでしょうね」
私が、ふう、と一つ深呼吸すると、マリアが私の背を撫でる手が止まった。
「ここだけの秘密ね」
「……はい、口外しないとお約束しましょう」
マリアの誓いの言葉を聞いて、私は意を決して口を開いた。
「私は、カイン殿下だけではなくて、四人の殿方から告白されているの」
「……まぁ! でも、姫様は慈愛に満ちた我が国の誉高い姫君。殿方が姫様に惹かれるのも仕方がないのかもしれません」
「……でも、誰か一人を選ぶなんて、私にはできなくて……」
「それは、選ばなかった方への罪悪感でしょうか?」
「……ええ。それもあるわね」
真剣に悩む私を見て、マリアが優しく微笑んだ。
「姫様は、答えを告げないにしても、そのうちのどなたか、とはっきり心を決められているのですか?」
マリアに問われたけれど、私自身の恋心なんてわからなかった。
「まだ、わからないの……」
前の四回の人生では、誰からも愛されなかった。
そして今回の人生で、初めて愛されるという経験をした。
そして、私はまだ、誰かを愛するという経験をしたことはない。
正直なところ。
……誰を選んでいいのか、わからない。
聖騎士ルーク。
今回の人生で初めて出会い、そして、初めて愛を誓ってくれた人。
神に忠誠を捧げていて、私に愛を誓ってくれる。
彼を選べば、私はきっと彼とともに教会を活動場所として、ユーストリアの人々に尽くすことができるだろう。
教皇猊下をはじめ、シスターや司祭たちも、苦難をともにしあった仲で、あの場所は私にとって居心地の良い場所だ。
エドワルドお兄様。
今までの人生では親しくなることもなかったけれど、今回初めて、幼少時から少しずつ仲を深めてこれた、義理のお兄様。
私は、彼にユーストリアの王妃になってほしいと請われていた。
彼を選べば、私は彼とともに王と王妃として手を取り合い、ユーストリアの国民のために尽くすことができるだろう。
ただ、なぜあれほどお父様と険悪なのかは、未だに理由がわからないのだけれど。
ダルケン王国の王太子カイン。
今までの人生で、私の夫となり、私を無実の罪で陥れ、断頭台に送り続けた因縁の人。
けれど、今回の人生では、彼とは長くにわたって友好な関係を築くことができた。今まで政略結婚だとばかり思い込んできたけれど、それは私の勘違いで(知らされていなかった?)、彼は、初めから私に恋をしていた。だからこそ、婚約を申し入れてくれたのだと知った。
彼はまだ少年ながらも逞しく、優しく、そして嫡子としても堅実だ。
彼を選べば、私は彼とともに王と王妃となり、今度こそ互いを労り支え合い、ダルケンの国民のために生きることができるだろう。
ただし、それは私がユーストリア王国を離れるということであり、この国の民のことが気になった。
宰相フィレス。いや、その本名はフィレモン。
今までの人生の中では、あまり接点のなかった人。
今回は魔法の師となって私を導いてくれた。
けれど、そもそも私が苦しんできた、この
彼はこの死に戻りが始まる前に私を見初め、その妄執の結果、この世界を作ったのだという。
彼を選んだとしても、寿命を迎えて失うと私の運命に、彼は苦しめられることになるだろう。私は……そんな彼を支えられるのだろうか?
私は思い悩みながら、部屋の窓辺へと歩いていく。
窓の横桟に肘をもたれ掛けながら、明るい屋外を眺める。
空はどこまでも青く澄んでいて、時折薄く真っ白な雲が青いキャンバスの上を流れていく。
木々の合間から差し込む無数の木漏れ日は、私の新たな人生を祝福する光のカーテンのようだ。
そんなとき、外から部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「陛下から、伝言を仰せ付かりました」
男性の声で、そう告げられる。
「姫様どうなさいますか?」
「入れてちょうだい」
マリアは私の言葉に頷いて、扉を開けた。
扉の向こうにいた男性は、侍従服を着た男性だった。
彼は一礼をしてからこう告げた。
「ユーストリアとダルケンの両教会が、姫様の功績を讃えて、双方の聖女に認定したという申し出がありました。陛下はそれをお認めになり、その認定式を一ヶ月後に王城で催すとのことです」
「聖女に、認定……」
「姫様、素晴らしいです!」
呆然として立ち尽くすばかりの私に対し、マリアがその瞳に喜びを湛えて感激していた。
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