第43話 鳥籠の中の楽園②
「意味がわからないわ……」
私はただただ首を横に振る。
裏切りとも思える仕打ちに対する絶望と拒否と。そして私のこの運命を作り上げた張本人であるというフィレモンとは、何も語りあいたくはなかった。
けれど、拒否する私を無視してフィレモンは続けた。
「あなたを手元に置きたいという望みは叶った。けれど、あなたはやがて王女として婚約の打診が降りかかり、私の手の届かない存在になった」
「……まあ、でも」そう区切ってから、彼の言葉はまた続く。
「そもそも永遠の生という呪いを受けた私が、仮にあなたを手に入れられたとしても、今度はあなたを失う恐怖を抱き続けるだけなのですがね……」
フィレスが最後に自嘲気味に笑った。
「永遠……」
そうか。彼は死なないのか。
永遠を生き、そして老いない。
今まで耳にしてきた彼に関する情報から考えれば、彼はそういう存在なのだろう。
「あなたが初めて断頭台に送られたとき、私にはある想いが芽生えたのですよ。……言ったでしょう? 魔法とは、強い想いから生まれることもあると」
私は、しゃがみ込んだまま、彼を見上げた。
「……あなたの想いとは、何?」
「時を巻き戻したいと。あなたを失いたくないと。あなたを手に入れたいと。……あなたがいなくならない世界を作りたいと。……そう願いました。そうして手に入れたのが、時を操る力と、次元を操る力です」
「……っ!」
私は、衝撃に目を見開く。
「そんな力、聞いたことがないわ」
「私以外にはいませんからね……私が話さなければ、誰も知りようがない」
「確かに、そうね」
「ええ。そして力を手に入れた私は、十五歳と六歳のあなたに起きる事件を契機に、時を繰り返す
「……あなた、狂っているわ」
「……そうかもしれませんね。私は、あなたを手に入れられない。それでも手の内に置いておきたいという想いの中で、狂ってしまったのかもしれない。狂愛。それが私の愛を表す最も適切な言葉なのかもしれませんね」
苦笑まじりに告げるフィレモンの言葉を聞きながら、私は再び視線を床に落とす。
私には、彼のその想いや発想は理解できなかった。
「あなたにわかってもらおうとは思っていません。けれどあなたは放っておいたら断頭台の露と消える。さらに、それを私が捻じ曲げてあなたを手に入れたとしても、あなたは私を置いて、老いて死んでゆく運命。……あのときの私には、これしか方法が思いつかなかった」
「……それで、何度も断頭台に送ったのね!」
私はフィレモンに怨嗟の言葉を投げかける。
「断頭台に送ることが目的ではなかったんですがね。……結果的にはそうなってしまった。それは詫びましょう」
フィレモンが自嘲的に笑う。けれどそれは一瞬で、彼の顔は普段見せている顔に戻った。
そして、こう告げたのだ。
「あなたを閉じ込めるための鳥籠の仕掛けはもう壊れるでしょう」
「……え?」
私は顔をあげてフィレモンを見る。そして瞳を瞬かせた。
「今のあなたは、ユーストリアの国民からも、ダルケンの国民からも救国の聖女として愛されている。ユーストリア王太子も、ダルケン王太子も、そして教会も。みなあなたを愛している。……もう誰も、あなたを断頭台になど送らないでしょう。送ろうとする誰かがいても、それは阻止される」
「……え……」
「私の鳥籠の仕組みは、あなたが『断頭台で死ぬこと』。そして最早その前提は、壊れたと言っていいでしょう。……あなたはもう、私の鳥籠の外で自由に生きられる」
そうフィレモンが私に告げると、絨毯に手をつけている私の前に、ふわりとしゃがみ込んだ。
空いた手が、私の濡れた頬に添えられる。
「あなたはもう自由だ。それはあなた自身の努力で勝ち取ったもの。……好きな男を選んで、幸せに生きればいい。もう、あなたは生きていけるだろう」
「……フィレス……」
私と彼の視線が絡まる。
「けれど覚えておいてほしいのです。私はあなたをこんな世界に閉じ込めました。けれどそれは、手段がどうあろうとあなたを愛していたから
私を捉えていた手と、頬に添えられていた手が離れていく。
そして私は彼にそっと抱きしめられた。
「……けれど、誰よりもあなたを見て、誰よりもあなたを愛していたのは私なのだと。……それはわかっていて欲しいのです」
「……フィレス」
その言葉は私の耳元にそっと囁かれる。甘く、蕩けるような声音でもって。
「今回はとても幸せだった。あなたが私のもとに指導を求めにきて、そして私の前で努力し、笑う。その一瞬一瞬が幸福でした。ですが、あなたは私を選ばない。それは確かでしょう。だから、今あなたに伝えましょう。……ありがとうございました。私は、幸せでした」
そう告げると、彼は私を解放して立ち上がった。
彼は何も言わないままに真っ直ぐに部屋の出口に向かい、そこで立ち止まった。
「ああ、そうだ。あなたが真に望む幸福な未来に、アレが邪魔を企てようとすれば、……私が始末しておきましょう。全ては、あなたの望む未来のために」
「アレ……って」
「あなたは知らなくてもいいことだ。あなたは、心清らかなままいればいい」
私に背を向けたまま、言いたいことだけ言い残して、彼は部屋を後にした。
「ミレニア様!」
彼と入れ替わるように、マリアが部屋の中に駆け込んでくる。
そして、床の上にしゃがみ込んだままの私を心配してくれた。
「……マリア……!」
駆けつけてきてくれたマリアに私はしがみつく。
私はどうやら死に戻る運命から解放されたらしい。
そして、今までのように強制的に結婚させられてきた時とは違い、愛を交わす相手を選べるようになったようだ。
……私は、どうしたら良いのだろう。
私はもう十三歳。王族や貴族であれば十五歳過ぎには結婚するのが当たり前の世界で、私は岐路に立たされていた。
私に愛を告げてくれた人は四人。
聖騎士ルーク、エドワルドお兄様、ダルケンの王太子カイン。そして、フィレモン。
そう。私は、自分で誰か一人を選ばなければならないのだ。
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