第三章 真実
第42話 鳥籠の中の楽園①
ダルケン王国から帰国して数日が経ったある日、私の私室にフィレスから来訪の許しを得るための伝言がきて、私は彼の願いを受け入れることにした。
「今日はどうしたの? あなたから訪ねてくるなんて、珍しいこともあるのね」
彼にソファに座るよう促したのだけれど、彼はそれを首を横に振って辞退した。
……どうしたのだろう?
私は、その、私の知っているフィレスらしからぬ態度に、首を傾けた。
「ミレニア姫。あなたに大切な話があるのです。……人払いをお願いできますか?」
要は、今私のそばにいるマリアを部屋から出せということ、二人で話がしたいということだろう。
「ミレニア様……」
マリアが、どうしたものかと、私に判断を仰ぐ。
「……どうしても、二人でなければダメですか?」
「はい」
フィレスは譲れないらしい。
……仕方がない。
本来ならば、未婚の私が男性と二人きりでなど、許されないのだけれど……。
彼は私の恩師でもある。
彼の望みを受け入れざるを得ないだろう。
「マリア、何かあったら大きな声を出すわ。外で控えていてちょうだい」
「承知しました……」
マリアが心配そうにしながらも、指示どおりに部屋を出て行った。
パタリ、と扉を閉める音がすると、フィレスが私の目の前に歩み寄ってきた。
「まずは、おめでとうございます」
フィレスが、何を示すのか判別しづらい言葉を口にする。
ダルケンの流行り病を収めることができたことを言っているのかしら?
「それは、ダルケンの対応が上手く行ったことを言っているの?」
「まあ、それも含みますが……、それは一要素にしか過ぎません」
どうも、今日のフィレスはおかしい。
薄く赤い唇は撓って弧を描き、藍色の瞳はいつもより闇を含んで暗く見える。
私は、なんだか彼を恐ろしく感じて、一歩彼から後ずさった。
「ああ、恐れないで。私はあなたに朗報を伝えるために来たのです」
「……朗報?」
何を言っているのだろう?
私には彼の意図が全く読めなかった。
「あなたは私の作った鳥籠から解放されるでしょう。あなたは、既に鳥籠の中でしか生きられない
「……鳥籠?」
彼の意図が読めない。
私は、ただ、その言葉を復唱する。
「そう。私の作り上げた
「あなたが作った……?」
私はさらに一歩後ずさる。
嫌な予感に、体が震える。
「あなたは、断頭台に送られ、そして六歳の時に引き戻される。その運命を生きてきた」
「……え?」
……なぜ、私以外の誰かが。フィレスが知っているの⁉︎
「待って。この繰り返しを作り上げたのは、まさか……あなただったの?」
この運命は、私が断頭台で死を迎えることを起点として繰り返される。
ならば、当事者の私以外に知っているものとすると、それを作り上げたものか、その協力者以外にはあり得ないのではないだろうか。
そう思ったし、彼が「私が作り上げた」と、さっき私に告げたのだ。
「そう。私が作ったのですよ。……あなたとともに永遠にあるためにね」
赤い唇がことさら大きく撓う。
「私の本当の名前はフィレモン。神話の時代から生きる、魔術士です」
私は恐ろしさにもう一歩後ずさろうとしたけれど、大きく踏み出してきたフィレス、いやフィレモンにあっという間に追いつかれ、そして、片方の手首を捕まえられ、捉えられた。
「永遠にあるためって……」
私は震える声でフィレモンに問うた。
「私は、あなたが四歳の時に、無意識にダルケンの王子カインに治癒魔法を施した。そして、たまたま私はそれを見かけた。あのときのあなたは無邪気で清らかだった。そんなあなたに、私は恋をした」
……そういえば、私に「魔法の才」があると言ってお父様に進言したのは彼だ。
そして、いつだったか。
私が魔法を使ったことがあると言いかけて、訂正したことを思い出す。
「でも、でも! ……あなたが、この運命を作り出したの⁉︎ そして私に、あの惨い仕打ちを受け続けさせたの⁉︎ それが愛だというの⁉︎」
私は怒りの混ざった震える声で怒鳴り、彼に尋ねた。
「あの、恐怖を何度も味合わせたというの……」
彼に掴まれた手はそのままに、私は脱力してその場にしゃがみ込んでしまう。
……恋? その仕打ちがこれ?
意味がわからない!
「そんなに怒らないで、ミレニア」
「あなたに、呼び捨てにする許可を出した覚えはないわ!」
あまりのことに、涙が頬を伝う。
「あなたが四歳のときに、聖魔法を行使した。言ったでしょう? 魔法は想いから生まれるもの」
「……だからなんだというの? それは何度も聞いたわ。それと、あなたが四歳の私に恋をして、この繰り返しの世界に閉じ込めた? ……理解、できないわ」
「聞いてください。……あなたは聖魔法という、心の中の良心や慈愛といった想いから生まれる魔法を行使した。あのときのあなたは、その心が産んだ、まるで太陽のような光を体の外にまで溢れさせていた。それが私の心を大きく揺さぶったのです。……歳など、関係なかった」
そう言って、フィレモンが一度言葉を区切る。
そして、続けた。
「そうして、私はあなたに恋をした。だから、そばに置いておきたくて、陛下に進言したのです。『あなたを王家に迎え入れるように』と」
私は、もうその先を何も聞きたくなくて、首を横に振るだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。