第41話 カインの思い(過去編)

(注意:これは四回目までのカインの話です。今までの記述との対になっています)


 俺はカイン。ダルケン王国の王太子だ。

 俺は、望みどおり、ユーストリア王国のミレニア姫に婚約の申し込みをすることができた。


 けれど、彼の国の国王陛下、彼女の義父が婚約に難色を示していると宰相に聞かされた。そして、宰相に「ミレニア姫自身に、手紙を送ってみては」と提案されて、彼女に手紙を送ったのだ。


 返事は二ヶ月もかかってから到着した。

 宰相が、俺のもとにその手紙を持ってきたが、その顔はあまり浮いた顔ではなかった。

「殿下、ミレニア姫からお返事がまいりました」

「ミレニア姫から⁉︎」

 俺の心が期待に湧いた。


「殿下、とっくに返事が来ていても良い日数をとうに過ぎています。まだ八歳と聞いておりますが、国家間の礼節というものをご理解なされておられないのでしょうか」

 子供同士の手紙とはいえ、俺は王太子。そして将来国王となる身。それを考えれば、相応の配慮するのが望ましく、彼女はそれができていないという宰相は、曇り顔だ。


 なんだか、俺の心も微妙に沈んでいく。なんだか、嫌な感じがした。

「……手紙を、見せてくれないか」

 俺が宰相を急かすと、微妙な顔をして、彼がペーパーナイフと一緒に彼女からの手紙を手渡してくれた。


 封蝋を押された封筒に、宛先に俺の名が、差出人に彼女の名がしたためられている。

 まだ八歳のはずの彼女。けれどその字は、年相応の幼さを感じさせない、しっかりと整った大人の字だった。


 ……まさか、代筆⁉︎

 その文字に、俺は唇を噛み締める。


 俺はペーパーナイフを使って、封を切った。

 手紙を取り出し、半分に折られた手紙を開くと、先程の封筒と同じ字で、文字がしたためられていた。


 ……明らかに、代筆の手紙。


 そう思うと、ショックに胸を打たれたようだった。

 その手紙には、当たり障りのない社交辞令しか書いていなかった。

 拒絶されている。俺はそう思った。


「お返事の内容は、どうでしたか?」

 宰相が俺のに尋ねてくる。その顔は痛々しいものを見るようだ。

 おそらく、俺の心が衝撃に打ちひしがれているのが、顔に出てしまっているのだろう。


「……この文字は、代筆だな?」

 俺は宰相に尋ねた。

「はい、おそらくは……」

 彼女からの仕打ちに、俺は心を打ちひしがれた。

 宰相も、あまりの出来事に言葉も出せないでいる。


 その後の手紙のやりとりも、ほとんど進展はなかった。

 俺から季節のことや婚約のこと、そんなことに触れても、彼女からの手紙には碌な反応はなかった。


 そうして、虚しく年月だけが過ぎていく。

 見かねた宰相から「ミレニア姫との婚約を見合わせては」という提案もあったけれど、それでも俺は最初に出会ったときの彼女の笑顔を忘れられず、それを拒んだ。


 俺が十五歳になり、彼女が十三歳を迎えたとき、正式に国同士の取り決めとして婚約が成立する。

 そして、彼女が十五歳を迎える数ヶ月前に、彼女が輿入れ準備のためにダルケン王国にやってきた。


 ……これは誰だ?


 髪も、瞳の色も、その容貌も。

 それは確かに昔見た、俺が恋した彼女のもの。

 けれど、彼女の顔は冷たく凍りついていた。

 その瞳はまるで無機質で透明なガラス玉を思わせる。

 そして彼女は、その瞳に、俺を映そうともしなかった。


 もう一度会えば。

 そう思っていた俺の僅かに残されていた希望も、粉々に打ち砕かれた。


 俺を顧みない彼女への当てつけのように、俺は、俺の地位に群がる女たちを相手にするようになった。

 貴族の娘だと、やれ第二王妃にしろだの、後見する親たちが口うるさく面倒だ。だから、高級娼婦たちを戯れに相手した。


 そうして結婚の日を迎えても、彼女の冷たい顔は変わらない。そして相変わらずまともに俺を見ようともしない。


 嫉妬をさせようと、結婚初夜に彼女を放置して、他の女を相手にしても、彼女はなんの反応も示さなかった。


 苛立ちが募っていく。


 俺が戯れに相手をする女たちは、何を勘違いしたのか、ミレニアの讒言を俺の耳に囁きかける。

 その頃には、父上も亡くなり、俺が王になっていた。

 女たちは、俺の心が自分にないことを感じ取っているのか。

 女たちは気を引こうと、俺に有る事無い事を囁きかけた。


 そうして、ある日、聞かされたのだ。

「ミレニア妃は、男と通じている」と。


 俺はもう限界だった。

 そうして、彼女の心が永遠に俺のものにならないのならば、彼女を俺の命によって亡き者にして、誰の手にも届かない、俺だけのものにすればいいのではないか、と。

 すでに俺はおかしくなっていたのだろう。


 俺は、女が手引きする貴族の提案を、彼らの思いどおりに受け入れていく。

 そうして、彼女、ミレニアは、自分を寵姫だと思っているその女を毒殺しようとした犯人だとでっち上げられて、断頭台へ送られることになったのだ。


「ミレニア。其方は私が愛する寵姫エレナに嫉妬して毒を盛り、暗殺しようとした。それをもって死罪に処す」

 城の大ホールで俺はミレニアに最後通告をした。

 もちろん、女を愛してもいないし、など笑ってしまうが。


 そして数日後。

 王都の広間に置かれた断頭台に据えられた彼女を、俺は建物の上階のテラスから見下ろした。


 ……今からでも、泣いて、俺に縋ってくれれば……!


 最後まで、俺は願っていた。

 そうしたら、何かが変わったのかもしれない。


 けれど、彼女は変わらなかった。

「やれ!」

 俺は処刑人に向けて、手を振り下ろす。


 俺は、一度は恋した彼女が命を奪われる瞬間を見ていられず、心を支配する諦観ていかんとともに、マントを翻して彼女から背を向ける。

 俺にに腕を絡ませようとした女の手を払い退けて、一人で室内に向かった。


 ……どうしてこうなってしまったのか。


「来るな!」

 俺は、追い縋って媚びようとする女を一喝する。


 俺には、もう何もわからなかった。

 ただ静かに、たった一筋、俺の頬を涙が伝っていった。

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