第40話 ミレニアと王太子カイン④
「そろそろ一度、休憩をとりましょうか?」
「そうですね。姫様にも外の空気を吸っていただいた方が、気分転換になるでしょう。それにここは見晴らしがいい。気晴らしに良いでしょう」
私たちを護衛するルークと、ダルケン王国の騎士がそう決めて、休憩を取ることになった。
確かに急を要する事態だけれど、護衛する彼らにも休息は必要だろう。
例え私が回復魔法で体の疲労をとったとしても、体と心は別物なのだから。
「ミレニア姫、足元にお気をつけて」
馬車から降りようとする私に手を差し出してくれるのはカインだ。
「殿下、ありがとうございます」
私は彼の手に私の手を載せて、置かれた昇降台を踏んで、馬車を降りた。
「わぁ……!」
私は思わず歓声をあげる。
護衛の騎士が言っていたとおり、そこに広がる光景は素晴らしかった。
そこは少し小高い丘陵で、一面を白詰草の絨毯が大地を覆う。濃い緑と白のコントラストが美しい。
そらは住んで青く、白い雲がゆっくりと流れていく。
ぐるりと一回転して遠くを見渡すと、ダルケンの都市や街といった、人々が住まう集落が見えた。
「すごい光景だな。綺麗だ」
「そうですね」
カインに手を取られながら、私たちはゆっくりと歩く。
丘陵の一番高い部分にある平らな場所に、騎士が敷物を敷いてくれたので、私とカインはそこに腰を下ろした。
聖騎士や騎士たちも思い思いの場所に腰を下ろし、マリアは白詰草の絨毯の上に腰を下ろして、何やら手作業を始めていた。
「ねえ、カイン殿下」
「どうした?」
「教えて欲しいのです。昔の私たちの間に何があったのかを……」
そう。私が四歳、彼が六歳のときに私たちは偶然出会って、そして、カインは私に恋をしたのだという。
その理由を知りたくなったのだ。
そして、トレド公爵領でカインが口にした言葉、その意味を。
「俺が六歳のときに、外交で父とともにユーストリアに行ったんだ。俺は社交話に飽きて、護衛の目を盗んで、城の中庭に逃げ出した。そして、躓いて転んで膝を擦りむいてしまった」
カインは、片膝を立てて座っているその膝を撫でた。
多分、そこを擦りむいたということだろう。
「そのときに、まだ幼かった君が俺の前に現れたんだ」
「……私、が……」
やはり、その話を聞いても、記憶の中からそれは見つけられなかった。
「君は、心配そうにまだたどただしい俺に声をかけて、『いたいの、なおったら、いいのに』ってそう言ったんだ。……そうしたら、俺の擦りむいた膝の傷が跡形もなく消えてしまったんだよ」
「……え、それって……」
「治癒魔法じゃないかな? 雰囲気が、トレドを癒していたときに似ていた。……俺には、俺の膝を治してくれたときの君が重なって見えたよ」
……じゃあ、私はもしかしたら幼いときに無意識に魔法を使っていたということ?
「でも、どうして……手紙ででも、それを。婚約を申し込んだその意味を教えてくれなかったのですか?」
……それを教えてくれていれば、もしかして、そもそも私たちの関係は違ったかもしれない。あくまでも、可能性の話だけだけれど。
「だって、まるで俗にいう『一目惚れ』のようなものじゃないか。軽薄に思われるのも嫌だったし、……何より、君に好きだと伝えるのは恥ずかしかった」
「カイン、殿下……」
私は言葉を失った。
ならば、私たちの過去のあの冷たい関係は、彼が婚約を申し込んだ経緯を伝えることができず、そして、私が政略結婚の駒にされたと勘違いしたからということ?
そして、そう思い込んだ私が、私を慕っているカインに対して、冷たい態度を取り続けたからだったのか?
私たちの合間に沈黙が支配する。
彼は、気持ちを伝えた気恥ずかしさから。私は、衝撃の事実と、過去の我が身の在り方に罪悪感を感じたからだ。
そんなとき、その沈黙を破るかのようにマリアが私たちのもとへやってきた。
「まあまあ。お二人とも黙ってしまってどうしたのですか?」
その声に、私とカインが彼女を見上げた。
彼女の手には、白詰草を編んだ輪っかがかけられている。
「マリア、それは何?」
「花冠、というのですよ」
私がマリアに尋ねると、彼女が答えた。
「花畑での女の手遊び、ですかね。殿下、これをどうぞ」
「え?」
花冠をマリアから手渡されたカインが、戸惑いながらもそれを受け取った。
「ミレニア姫様の頭に、飾って差し上げてください。野に咲く花に過ぎませんが、その白い花は、きっと姫にお似合いでしょう」
そう説明されて、カインが手に持つ花冠と私を交互に見比べた。
「ミレニア姫、載せてもいいか?」
「はい」
私はそう答えると、その花冠を載せやすいようにと、彼の方に少し頭を傾けた。
カインの手で、私の頭にそっと花冠が載せられる。
私は、それを感じると、顔を上げてカインをまっすぐに見た。
「似合っている。可憐な君に、白い花がよく似合う」
「……ありがとう、ございます」
私を直視して、まっすぐな言葉をくれるカインに、私は気恥ずかしくなって、頬が熱くなるのを感じた。
私はそれを隠そうと、自分の頬に両手を添えて隠す。
「ミレニア姫。今すぐに回答はいらない。けれどいつか、その頭に本物のティアラを飾ることを、考えてくれないか?」
「……カイン、殿下……」
私たちは、再び沈黙する。そして、見つめ合うのだった。
◆
そうして、私たちは残りのバルム侯爵領にも無事に到着し、領都の民を癒すことができた。
私とマリア、そしてユーストリアからともにやってきたルークを含めた騎士たちも、国に帰ることになった。
「ミレニア姫。……また、手紙を送る」
「はい」
帰国する馬車を前にした私を、カインは見送りに来てくれた。
そうして、私は国に帰ったのだった。
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