第37話 ダルケン城での歓待

「すごい! すごいよ、ミレニア姫!」

 かつての私が出会ったことのない、まだ十四歳のカインが、私のもとに駆け寄ってきて、私の両手を掬い取って、私より大きな手で包み込んだ。


 ……大きくて、温かい。


 血も通っていない冷酷な(未来の)王なのだろうと思い込んでいた彼は、年相応の少年そのもの。感動に瞳を輝かせ、頬を紅潮させながら、私のことをまっすぐに見つめていた。


「カイン殿下……」

 まっすぐな瞳と、私の手を包み込む大きな手の感触。剣が好きだという彼の手に感じる剣だこ。

 私やマリアの手とも違う、その感触に、私は瞬間的に気恥ずかしさを感じた。


「カイン! ミレニア姫ではなくては嫌だと散々困らせただけあって、積極的だな!」

 ひとまずは王都の危機が去って、そして、これからの光明に希望を抱いたのか、陛下は上機嫌だった。

 でも気になったのは、そこじゃない。


 ……今の、私でなくては嫌だ、というのはどういうこと?


 私たちの間に結ばれるのは、政略結婚の契約ではなかったのか。

 そう、驚きの言葉に私が固まっていると、その発言を漏らした陛下に対して、カインが猛抗議をしだした。


「父上! 勝手にそんなことを言わないでください! ……本人の前で恥ずかしいじゃないですか……」

 最後は言葉尻を窄ませる。恥ずかしさからか、彼の目元が赤らんでいた。


「これから、ミレニア姫にはトレド公爵領、バルム侯爵領に赴いていただき、奇跡の力を奮っていただく予定だ。……そうだ、そなたは姫に同行して、姫に男らしいところの一つでも見せてくるがいい! そうだ、それがいい!」

「ちょ……、父上! いい加減にしてください!」

 私に関する話なのに、なぜか私を置いておいて、父子の間で話が進む。

 抗議するカインの顔が真っ赤だ。


 ……やはり、よくわからないわ。


 そう思って、ポツンと佇んでいると、賑わう父子の脇を歩いて宰相閣下が私のそばにやってきた。

 そうして、彼らには聞こえそうもない小声で、私に告げる。


「カイン殿下は、もともとこの国の貴族令嬢を未来の妃にと勧められていたのです。ですがそんな中、思い人が人がいると白状しましてね。……それが、ミレニア姫、あなたなのです。……この婚約依頼には、カイン殿下の想いがきっかけで始まったことなのです」


 思いもかけない告白に、私は驚きを隠せなかった。

「彼の国では、知らされてはいませんでしたか?」

「……ええ」


「我々も、ユーストリアの国王陛下が、頑なに拒んでいると聞いていて、それに苦慮しているところです。ですが殿下にとって、あなたは初恋の人だと聞いています。……そこに嘘偽りはありません」


 私は、あまりの衝撃の事実に、しばらく身動きが取れなくなってしまった。


 ◆


 そうして夕食の時間を迎えた。

 祝い事を行うときの大食堂だという、長いテーブルと、それに、ずらりと椅子が並べられている。


 そのテーブルを侍女であるマリアを含め、この遠征に参加したものたち全員と、ダルケンの王家の人たちや有力貴族らしい人たちが囲む。


 そのテーブルには、中央を飾るように、焼いた大きな肉の塊や、フルーツ、潰して滑らかにした芋などの副菜が載せられた皿が並ぶ。


 ダルケンの大人たちは、赤いワインを注いだグラスを片手に、今日の私の治癒の技を褒め、「まずは王都は病から逃れられた」と「ユーストリアと同じく、我がダルケンの将来も明るい」と陽気に騒いでいる。


 楽団が陽気な音楽を奏で、道化師が不思議な技を披露したり、バク転しながらフロアを移動して回るとか、派手なパフォーマンスをしている。

 吟遊詩人が竪琴を奏でながら、今日の出来事を歌にして物語っていた。


 マリアやルークたち聖騎士や騎士、魔導士も、酒量は控えめにしながらも、楽しそうにその様子を眺め、みなで語らっている。

 国王陛下が、私とカインの後押しをするような言葉を度々発するので、以前私に愛を誓ってくれたルークは不快な思いをしていないだろうかと、私はチラリと彼を見た。けれど、彼は大人だからだろうか、落ち着いた顔をしていて、私は安堵した。


 そして私はカインと席が隣り合わせ。

 私たちの間に婚約を締結させたいという、ダルケンの大人側の思惑でもあるのだろうか?


 けれど、そんな思惑は放っておいても、カインは私にとても気を配ってくれて、親切で、優しい。

「ミレニア姫、ダルケンの食事は口に合うか? 飲み物はそろそろ器が空になりそうだな……ああ、そもそも、旅の疲れで退室したかったりはしないか?」


 なんやかんやと慌ただしく気を配って、彼自身があまり食事を口にしていないように思える。

 私は、そんな彼の様子に、クスクスと小さく笑いを漏らしてしまった。


「ミレニア姫?」

 甲斐甲斐しく世話を焼こうとしていたカインが、不思議そうに首を捻った。


「いいえ、笑ってしまってごめんなさい。カイン殿下、私は大丈夫よ。さっき王都に施した治癒魔法は、疲労の回復効果もあるのです。だから、私の旅の疲れも消えています」

「……そうか、よかった!」

 カインは、まるで大きなひまわりの花が咲くかのように、明るく爽やかな笑顔を見せる。


 ……カインって、こんな顔も持っていたのね。


 私は、なぜ四回目までの彼と、今回の彼がここまで違うのだろうと考えてしまった。


 私たちは、過去四回の時は、結婚のその準備のために私がダルケンに来るまで、直接会ったことはなかった。接点は、あの手紙だけだ。


 けれど、手紙のやりとりは、以前と今回で違う。

 過去四回では、私は一度も自筆で返したことがない。多分、代筆を押し付けられたマリアは、困って当たり障りのない社交辞令的なものを返すほかなかったかもしれない。


 でも今回は、私が自分で手紙を書くようにした。

 一回目の手紙の返事も、婚約については触れないでおいたものの、「あなたのことが知りたい」と書き添えて、二通目からは、今までに見たことがなかったような内容に変わっていった。


 ……カインとの関係性は、手紙あれが最初の原因だったのかしら?


 ダルケンの宰相がいうには、彼は私を婚約者にしたいと自分から望んだらしい。なぜ、と問われると、その理由は私にはわからないのだけれど。

 けれど、それが真実であるとしたら、過去四回の彼は、そもそも初めから私に酷い仕打ちを受けていたことになる。


 ……結婚相手にと望む相手に、完全に相手にされなかったとしたら。


 好意の反対語は、嫌悪ではなく、無関心だという考えもあるのだ。

 それを、彼が初めから私に受け続けたとしたら。


 ……傷つくし、それが嫌悪に変わっていくことだって……。


 私は、思案に耽るのだった。

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