第38話 王太子カインの真実

「ミ……ア姫、ミレニア姫?」

 思案に耽って、ナイフとフォークを持った私の手が止まっていた。それを訝しがって、カインが声をかけてきたのだ。


「……っ! カイン殿下、申し訳ありません」

 私は、弾かれたように顔を上げて、カイン殿下をおそらく無視していたであろうことを詫びた。


「ああ、いや、大丈夫。ただ、やはり疲れが出たのかな、と……」

 そう私に告げるカインの言葉に嘘がないことは、彼の心配そうな顔が証明していた。


 私は、私にこんなにも気遣ってくれる、今まで見たこともない彼に、私の心は次第にほぐされていった。

「カイン殿下。お気遣いありがとうございます。でも今は、皆が楽しんでいる場。そして、私も殿下と一緒にお話ししていたいですわ」

 そう伝えて、私は彼に向かって微笑んだ。

 それを見たカインの目元は、ほんのり赤く染まっていた。


 そんな時、近くの席に座っていた国王陛下から、声をかけられた。

「おお、ミレニア姫。楽しく過ごせているか? 食事は口に合うか? 今日は王都を救ったあなたが主賓だ。あなたが楽しめていないと、宴の意味がない。どうだ? カインはあなたに気を配れているかな?」


「はい。カイン殿下は私にとてもよくしてくれています。お優しい方。それに、食事も美味しく、音楽もとても素敵です。陛下、ありがとうございます」


 私の返答を聞くと、陛下が満足げに頷く。そして彼は視線を息子カインに移した。


「お前は、ミレニア姫以外は娶りたくないと、散々我々を困らせてきたな。で、そう言い出したお前は、姫にちゃんと楽しんでいただけているのか? わざわざお前の希望どおり、姫と隣の席にしてやったんだぞ?」

 酔って上機嫌なのか、やや赤らんだ顔を愉快そうにシワを寄せながら、陛下が訪ねた。


「……ちょ! 父上! 何でもかんでもそうやって話さないでください!」

 ガタンと椅子の音を響かせて、カインが立ち上がった。両手はテーブルにつけている。恥ずかしさからなのか、彼の頬から耳にかけてが赤くなっていた。


「何をいう。本当のことだろう? なんならお前のためにもっとはっきり私が言ってやろうか。なぜお前がミレニア姫を名指ししたのかもな」

「……もう、恥ずかしいから、やめてください!」

 バン! と抗議の意を込めてカインがテーブルを叩く。けれど、陛下を含め、ワインと国に差し込んだ希望に酔いしれる大人たちには、あまり響かなかったようだ。


「全く。その様子だときちんと話していないな? ミレニア姫。こいつはな、六歳のときに外交でユーストリアに赴いたときに、偶然姫に出会い、そして、そのあなた以外とは結婚したくないとごねたのだ。全く、惚れたから結婚して欲しいというなら、はっきり言えば良いものを」

 陛下は、悪意はないのだろう。そう彼の秘密を暴露すると、陽気に笑った。


 私は、知らされた真実に、瞳が大きく見開いてくるのを感じた。

 彼が六歳ならば、私は四歳。

 元の父母に愛され、まだ幸福な人生を謳歌していた時期。

 そして、別の意味でも私を衝撃が襲う。


 ……この婚姻は、やはりただの政略だけじゃなかったの⁉︎


「……父上! ……やめて欲しいと言ったのに」

 自然とカインへと目線が移って、その私の視線を浴びる彼の顔は真っ赤だ。そして、それを自分でもわかるのか、手のひらで口元を隠している。


「……殿下? それは……」

「真実なのですか?」と問いかけたかったけれど、衝撃と、俄かに信じがたくて自信が持てず、私の言葉の最後はすぼんでしまう。


 本来なら不躾なのだけれど、驚きのあまり大きく開いた瞳で直視する私の方に、カインが視線を戻し、そして苦笑する。


「……父上がいったことは本当です。ミレニア姫」

「でも、私……。ごめんなさい。覚えて……」

 それが記憶にないことを、カインに対して申し訳ないと思って、私は顔を俯かせた。

 そんな私たちを、再び賑わいだした大人たちの陽気な声がかき消していく。会話は、私たちの間にしか聞こえない。


「いいんだ、ミレニア姫。あなたがまだほんの幼い頃に出会って、そして俺が勝手にあなたに……こ……い、しただけ」

 彼が手で覆い隠そうとする赤くなった顔が、朱に染りさらに赤くなる。彼が手で覆っても、それでは隠しきれていなかった。


「……殿下。私、は……」


 私が四歳、彼が六歳だったときに、何があって、なぜ彼は私に恋をしたというのだろう?

 それを問いたかった。

 けれど。


 ……彼の気持ちに応える覚悟がないのに、それを問うのはどうなのだろう?


 そう思って、私は彼に問いかける言葉を引っ込めた。

 そうして、私たちの間をしばしの沈黙が支配する。

 それを打ち破ったのは、陛下の言葉だった。


「そうだ、カイン! お前はミレニア姫に恋している。そして求婚している身だ。ならば、やはり姫のこの後の旅に同行し、彼女の身を守ってくるが良い! そして、その献身をもって、愛を勝ち取って来い。それが男というものだろう!」

 酔っている陛下は上機嫌である。

 再び王太子であるカインに外に出ろなどと言いだした陛下を、宰相閣下が窘めようとしていた。


 ◆

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