第33話 兄と妹

 そんな複雑な思いを抱えていたある日、お兄様が私の部屋を訪れてきた。


「ミレニア」

「エドお兄様。今日はどうしましたか? お茶でも用意させましょうか?」

「いや、そういう用じゃないんだ。……君に、伝えたいことがあって」


 三歳年上のお兄様は、十三歳になっていた。

 私たちの国(ダルケン王国も)では、成人年齢は十五歳と定められていて、十五歳になれば、結婚していても当たり前である。むしろお兄様のような王族の王太子ともなれば、世継ぎの問題もあるので、早々に結婚することを求められる。


 けれど、お兄様は提示される婚約者たちを断り続けて、いい加減に決めろとせっつかれている身であった。


 私もそうだけれど、お兄様も。

 王族や貴族というものは、その人生も自分の思うままにはならない。


「じゃあ、ご用件をお伺いしたら良いかしら?」

「ああ、私は、ミレニア、君に告げたいことがあるだけだからね」

 お兄様は、いつの頃からか、自分の呼称を年相応に僕から私に改めていた。


 私はそんなお兄様に、ソファに誘い、並んで座る。

「マリア、少し部屋から出ていてもらえないかな?」

 お兄様が告げると、義理とはいえ兄妹だから大丈夫と判断したのか、マリアが一礼してから部屋を辞した。


「ミレニア。私に縁談が上がっているのは、知っているよね」

「……はい」

 そして私は彼がそれに乗り気ではないのも知っていた。けれど、それは口にしない。


「私には、心に決めた人がいるんだ」

「え?」

 突然の、そして驚きの告白に、私は目を見開いた。


「その人はね。類い稀な能力を持っていて、その力を国民のために使おうと自らが動くような、そんな心の清らかな人なんだ。……私は、彼女を敬愛するとともに愛しいと思うし、そして彼女こそ、このユーストリアの未来の国母に相応しいと思っている」

「……エドお兄様?」


 ……それは私だろうか?


 そう思ったけれど、この時点で自分で口にするのも烏滸がましいかもしれない。

 だから、私はお兄様の告白を静かに聞いていた。


 すると、私の両手はお兄様に掬い取られ、お兄様の両手に包み込まれた。


「ミレニア。私は、君を妻にしたい」

「でもエドお兄様。私とお兄様は兄妹です」

 私は、ただただ動揺して事実を口にする。


「そうだね。今のままでは兄妹だ。けれど、血縁上は従兄妹いとこだ。ミレニアが王家の養女でなくなれば、宗教上も結婚可能。そして、私の婚約者、未来の王妃になる前提であれば、どんな貴族でも養女として君を喜んで受けれるだろう。……まあ、そもそも君自身が全国民に敬愛される存在だしね」


 私は、お兄様の気持ちと、すでにそこまで考えていたということに驚きを隠せなかった。


「……エドお兄様。お兄様は、あなたに相応しい令嬢を大勢勧められていると聞いています」

「私は、……ミレニア。君がいいんだ。……私が愛しているのは、君なんだ」

 そう言って、お兄様が、私の手を包み込んだ手から覗く、私の指先に、そっと唇を触れさせた。


「でも、仮に……仮にです。私がエドお兄様の想いに応えたとして。……お父様がそれをお許しになるでしょうか?」

 それは私の疑念だった。


 六歳で引き取られてから数年経ち、私はお母様の面影を残したまま、いや、そっくりな容姿を維持しながら成長していた。


 お父様は、ことあるごとに私への執着のような言葉を口にし、そして、彼が私を見る目線が変わってくるのを感じていた。

 もちろん、彼が見ているのは私自身ではなく、お母様の面影なのだろうけれど。


 そう考えてみると、お兄様への想いは別として、他家へ嫁いで、お父様との距離をとったほうが良いのではないかという懸念も私は抱いていた。


「確かに、あの人が妨害に出てくることは予想できるよね」

 礼儀正しいお兄様にしては珍しく、苦々しげに、吐き捨てるように言い放つ。

「……ええ」

 私は俯いた。私の顔は、多分憂いに曇っていることだろう。


「ミレニア。君のことは、私が全力で守ろう。あの人の思惑からもね。……だから私を信じて。そして、今答えを出すことを無理強いしたりはしない」

「……エドお兄様」

 私が顔を上げると、私とお兄様の視線が絡み合った。


「……いつまででも待とう。そして、ミレニア、君が結果として他の男を選んだとしても、それを恨むことはしない。誓うよ。……だから、私との将来も、君の未来の選択肢の中に入れて欲しいんだ」

「……まだ、そういうことはわからないのです。いつまでお待たせするか……」

「それでも構わない。……私の心は、君のものだ」


 お兄様はそう告げて、私に蕩けるような微笑みを向けるのだった。

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