第32話 ミレニアの領都訪問③

 そんな、驚きの愛の告白を(告白よね?)を受けると、ルークはそのあと何事もなかったように、いつもの礼儀正しさで部屋を辞していった。


「……驚いてしまったわ」

「……ですが、姫様はまだ幼いとはいえ、心優しく、稀有なお力をもち、そして何よりとてもお美しい。殿方が惹かれるのも仕方がないのかもしれません」

 私とマリアだけが残された部屋で、先程の出来事について語った。


 ……でも私、今まで誰かに女として愛されたことはなかったわ。


 お母様譲りのこの容姿は同じなのに。

 そうすると、人が誰かを愛するというのは、その見た目も要素だとしても、大事なのはその人のありようということだろうか?


 ……やはり、私の運命は変わろうとしている?


 そんな希望の光が見えてきたような気がした。


 そうしてマリアと部屋で休んでいると、しばらく経ってから、またドアがノックされた。

「ミレニア姫様。公爵閣下から、準備ができたのでテラスまで移動いただきたいとの申し出です」

「わかりました」

 私は、ドア向こうで用件を伝える男性の声に、返答した。


「マリア。行きましょうか」

「はい、姫様」


 マリアが先回りして、部屋のドアを開けてくれて、私は廊下に出る。

 外にいたのはこの城の執事のようで、テラスまで案内してくれるそうだ。

 私たちは、彼のあとに続くようにして、テラスに向かうのだった。


 テラス前に着くと、公爵がそこで待っていた。

「ミレニア姫。まだ公示を出して間もないというのに、こんなに領民が集まっています!」

 私が、テラスの両脇にあるカーテンに隠れてチラリと城の前に広がる広場を覗き見ると、大勢の人たちがひしめき合っていた。


「家にいたら急に光が見えたかと思うと、あの厄介な病が一瞬で治っていたんだ!」

「商人に聞いた話なんだが、王都はこの国の姫が魔法を使って王都全体を一瞬で治したと聞くぞ」

「だが、その姫がわざわざ、王都の城を離れてここに来たりするか?」

 喜びと期待、そして噂話が広場に満ちている。

 そんな人々を、「押すな押すな」と警備兵が整理していた。


「ミレニア姫。姫様は、お呼びしたら、後からお出ましください」

 公爵がそう言って、先にテラスから民衆に姿を見せた。


「公爵様だ!」

 わっと人々が口々に叫ぶ。


「静まれ、皆のもの。まずは、この領都を悩ませていた病は去ったと宣言しよう!」

 公爵が高らかに宣言すると、民衆が「わっ!」と沸く。


「どうやって、あれを退けたんだ?」

「やはり例のあの光か⁉︎」

 そして再び民衆から疑問の声が上がる。


「落ち着け、民よ。この災いを退けてくださった方を紹介しよう! ユーストリア王国の王女にして、奇跡の技を行使する聖女、王女ミレニア様だ! 王女という尊い身分ながら、我々のためにこの地に足をお運びくださったのだ!」

 すると、「わぁぁっ!」と下にいる人々が沸いた。


 ……ちょっと口上が、大袈裟というか、ものものしすぎないかしら?


 驚いたものの、公爵がテラスのそばの室内で待っている私の方を振り向いたので、私は歩いて、公爵の隣に並ぶようにしてテラスに姿を現した。

 太陽の光がやや斜めから差し込んで、私を照らす。


「おおお! 太陽の光に金の髪が輝いて、まるで女神のようだ!」

「いや、我々を救ってくださったんだ、聖女だろう!」

「奇跡の人だ!」

「尊い志を持った聖人だ!」


 わぁっと私に向けて沸き上がる声を、私は一身に受けて、驚きに目を見開いた。

 憧れや尊敬、そして敬愛といった、私を肯定する感情だけが、私に注がれる。


 ……旅は大変だけれど、こんなに喜んでもらえて、よかった!


 ちょっと恥ずかしいけれど、この多くの人々に声をかけたい。

 そう思って、私は口を開いた。

「みなさん! この街を襲った病は去りました!」

 私の言葉に、人々が歓声をあげる。


「この先、万が一、再び同じ災いが襲おうとも、この国には私がいます!」

 わぁぁっ! とさらに歓声が大きくなった。


「この国を支えてくれるのは、私たち王家を支えてくれるのは、みなさんなのです。だから、私で出来ることがあれば、私はこの街に、あなたたちのもとに、また訪れましょう!」

「ミレニア様ー!」

「この国の王女は民衆を救ってくださる!」

「救国の聖女だー!」

 口々に私に注がれる、歓喜の声に、私は笑顔を浮かべて手を振って応えた。

 そうして、ひとしきり人々に応えてから、私はその場を後にしたのだった。


 その夜は、当初の約束どおり公爵家の城に逗留できることになった。憂いが去って喜ぶ公爵が、使用人たちに命じたらしく、夕食は、その領地の特産品などをもとに作った贅沢な食事だ。


 公爵やその妃はワインを飲み、公爵の子女や十歳である私には果実を絞った飲み物が供される。


 弦楽器を手にした楽団たちが音楽を奏で、道化師がその技を披露する。

 灯された蝋燭の光が、シャンデリアに煌めき、美しい。

 賑やかな時間が過ぎて、私は、ベッドに就くのだった。


 その後、残りの三つの領都にも無事到着して回復することに成功して、私は王都へ帰途につくのだ。その他の小さな町や村に派遣された治癒士たちも、そう手間取らずに収拾がつきそうだという。

 そうして、今まで四回の記憶の中では、国民の三分の一の人々の命を奪った流行り病は、ごくわずかの被害者数に留めることができたのだ。


 本当であれば、全ての命を救いたかった。

 けれど、どうしても対処が間に合わず、残念な結果になった人も、現実にはいる。彼らを救いたいと思っても、人の生死、すでに神の手に委ねられた人の魂を復活させることは、禁忌。そこは人の範疇ではなく、すでに神の範疇だった。


 私は、教会で治療を手伝いながら、救えなかった人々に、祈りを捧げることしかできなかった。

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